第二十二話 「トールに友達ができた。」
トールが学院に入学して、数日。
「トールくん! 一緒に食べよー!」
「今日、売店の新作パン出るんだって!」
「なぁ!黒猫また連れてきて!」
トールに友達ができていた。
しかも、ものすごく自然に。
──中庭のベンチ。
昼休みになると、トールの周りにはいつの間にか何人かの生徒が集まっている。
主に女子。
あと、動物好きの男子が一人。
トール本人は、そんなこと全然気づいていない。
「……?」
周りが会話を進める中でパンを食べながら、きょとんとしている。
「ねえ、聞いてる?」
「……聞いてる」
「絶対聞いてないでしょ!」
「聞いてた。パンの話」
「今、恋愛の話してたの!!」
「……パンじゃなかった」
周りが吹き出す。
トールは首をかしげて、またパンを食べ始めた。
「トールくんって、面白いよねー」
「かわいいし」
「なんか放っておけない!」
放っておけない。
それは、ちょっと分かる。
昔からそうだ。
トールは、どこか危なっかしい。
ぼんやりしていて、何を考えてるか分からなくて。
でも、目を離すと、ふらふらどこかへ行ってしまいそうで。
僕とメリアは、生徒会室へ向かう途中の廊下から、その様子を見ていた。
「副会長、弟くん心配しすぎじゃない?」
後ろからついてきていた生徒会書記が、くすくす笑う。
「会長もだけど」
「だってトールだもの!」
メリアが、ばんっと壁を叩いた。
「この前だって、階段で寝そうになってたのよ!?」
「あれは……眠かったんだろーなぁ」
「あと学院の池に落ちかけた!」
「あの時はトール、魚に夢中だったから」
「魚見て前見てなかったの!!」
メリアが頭を抱える。
周囲が笑う。
その時だった。
中庭を横切ろうとした、馬車用の魔獣──グランホースが、ぴたりと足を止めた。
学院で飼われている、大人しくて賢い魔獣。
人にもよく懐くし、滅多なことでは暴れない。
そのグランホースが。
トールを見た瞬間。
ぶるり、と全身を震わせた。
「……え?」
御者の生徒が、目を丸くする。
グランホースは、怯えたように耳を伏せた。
そして。
ずるずる、と後ずさる。
まるで。
目の前にいる何かから、必死で逃げようとするみたいに。
「おい、どうした!?」
御者が慌てる。
でも、グランホースは止まらない。
視線だけは、ずっと。
トールに向いている。
「…………」
トールが、顔を上げた。
黒い瞳と、魔獣の怯えた目が合う。
その瞬間。
グランホースは、悲鳴みたいな声を上げて駆け出した。
「うわっ!?」
「ちょ、止めろ!!」
中庭が、一気に騒がしくなる。
さっきまで笑っていた生徒たちが、驚いたようにトールを見る。
トールは、何も言わない。
ただ。
少しだけ、寂しそうな顔をした。
「……また」
ぽつり。
小さな声だった。
胸が、ぎゅっと痛くなる。
「違う!」
メリアが、勢いよく駆け出した。
中庭へ向かう。
「メリア!」
慌てて、僕も後を追った。
「トールは悪くない!」
トールの前まで行くと、メリアはその肩を抱き寄せた。
まるで、自分に言い聞かせるみたいに。
強く。
強く。
でも。
その声は、少しだけ震えていた。
……メリアも。
もう、気づき始めている。
認めたくないだけで。
「……姉さん」
トールが、小さくメリアを見る。
「僕、なにもしてない」
「分かってる!トールは何も悪くない! だからそんな顔しないの!」
トールが、少しだけ目を丸くする。
それから。
「……うん」
小さく、笑った。
その笑顔に少しだけ安心する。
でも。
僕だけは、笑えなかった。
トールは何もしていない。
悪くない。
悪くなんて、ない。
なのに。
どうして。
どうして、みんな逃げるんだ。
答えを僕は知っている。
知っているのに。
言えない。
「……兄さん?」
不意に、トールが僕を見た。
不安そうに。
助けを求めるみたいに。
「……大丈夫」
だから、また。
嘘をつく。
「僕がいるから」
その言葉に、トールは安心したみたいに笑った。
……やめて。
そんな顔で、僕を信じないで。
僕は。
本当は。
ずっと前から、怖いんだ。




