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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第三章 学院にて、黒は笑う。

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第二十話 「嫌われたわけじゃない。」


 ──トールが学院に来てから、まだ半日も経っていない。


 なのに、もう学院中がざわついていた。


「見た? 生徒会長の弟」

「副会長の弟でもあるんでしょ?」

「黒髪って珍しいよね……」

「すごく綺麗な顔してた……」


 廊下ですれ違うたびに、ひそひそと声が聞こえる。


 トール本人は、たぶん全然気づいていない。


 いや、気づいていても、気にしていない。


 昔からそうだ。


 人にどう思われるかなんて、あまり気にしない。


 マイペースで。


 眠そうで。


 お腹が空くと、ちょっと不機嫌になって。


 家族といる時だけ、よく笑う。


 そんな、僕の弟。


「……兄さん」


 不意に、袖を引かれた。


「なに?」


「……おなかすいた」


「さっき食べたよね?」


「売店のパン、小さかった」


 隣で聞いていたメリアが、呆れたようにため息をつく。


「トール、あんたねぇ……」


「だって、朝ごはん少なかった」


「母さんのお弁当が原因でしょ」


「……紫だった」


「だから何で食べたのよ!!」


 メリアが頭を抱える。


 それを見て、トールがちょっとだけ首をすくめた。


「……兄さん」


「うん?」


「姉さん、今日ずっと怒ってる」


「誰のせいだと思ってるの」


「……母さん?」


「半分正解」


 思わず笑ってしまう。


 その瞬間だけ、不安とか違和感とか、全部忘れられた。


 やっぱり、トールはトールだ。


 昔と変わらない。


 そう思った。


 ……思おうとした。


「きゃあっ!?」


 突然、悲鳴が響いた。


 びくりとして振り向く。


 学院の中庭には、小さな魔獣や使い魔が何匹か放し飼いにされている。


 その中でも特に人気なのが、“セラフィル”と呼ばれる白い使い魔鳥だ。


 ふわふわした白い羽に、金色の小さなくちばし。


 人に慣れていて、普段は生徒に撫でられて喜んでいるような、おとなしい鳥。


 初等部の頃は、メリアなんて「かわいいー!」と抱きつこうとして逃げられていたし、僕も何度か餌をあげたことがある。


 そのセラフィルが。


 トールを見た瞬間。


 ばさっ──!!


 羽を逆立てた。


「……え?」


 トールが、立ち止まる。


 セラフィルは、明らかに怯えていた。


 細い足を震わせて、後ずさる。


 それでも目だけは、トールから逸らせないみたいに、じっと見ていた。


 まるで。


 何か、とんでもないものを見るみたいに。


「どうしたの、あの子……」

「セラフィルが怯えてる……?」

「珍しい」

「いつもおとなしいのに」


 周囲がざわつく。


 でも、誰も理由なんて分からない。


 分かるはずがない。


 僕だけだ。


 あの日。


 空を覆ったナイトレイヴンたち。


 黒い羽。


 逃げていく影。


 そして──


 小さな手が空へ伸びた瞬間。


 ──逃げていた。


 あれも。


 今も。


「……っ」


 息が詰まる。


 嫌な汗が、背中を伝った。


 その時。


 ばさばさばさっ!!


 セラフィルが、悲鳴みたいな声を上げて飛び去った。


 ものすごい勢いで。


 逃げるみたいに。


 中庭の向こうへ。


「…………」


 トールが、何も言わずに立ち尽くしている。


 黒い瞳が、飛んでいったセラフィルを見つめていた。


「……嫌われた?」


 ぽつり。


 小さな声だった。


 その顔が、少しだけ寂しそうで。


 胸が痛くなる。


 違う。


 違うんだ。


 嫌われたわけじゃない。


 でも。


 じゃあ、何だっていうんだ。


「違うわよ!!」


 メリアが、勢いよくトールの肩を抱き寄せた。


「あいつがおかしいの! トールは悪くない!」


「……でも」


「でもじゃない!」


 メリアは本気で怒っていた。


 セラフィルに。


 いや、トールをそんな顔にさせたもの全部に。


「見る目ないわね! あんな鳥!」


「メリア、落ち着いて」


「落ち着けるわけないでしょ!?」


 そんなメリアに、トールは少しだけ笑った。


「……姉さん、変」


「うるさい!」


「ふふ」


 いつものやり取り。


 いつもの空気。


 なのに。


 僕だけが、笑えなかった。


 だって、分かってしまったから。


 あれは、嫌っていたんじゃない。


 怖がっていた。


 十一年前のナイトレイヴンたちと同じように。


 トールは何も知らずに笑っている。


 自分が何を怯えさせたのかも。


 どうしてみんなが、自分を見てざわつくのかも。


 きっと、何も知らない。


 でも。


 いつまで、本当に知らないままでいられるんだろう。


「……兄さん?」


 不意に、トールが振り向く。


 黒い瞳が、まっすぐ僕を見る。


 どきり、とした。


 何かを見透かされた気がした。


「……どうしたの?」


「……なんでもない」


 まただ。


 また、笑って誤魔化す。


 昔から、ずっと。


 六歳の頃から。


 僕は、そうやってきた。


 でも。


 いつか。


 きっと。


 誤魔化せなくなる日が来る。


 そんな気がしていた。


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