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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第三章 学院にて、黒は笑う。

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第十九話 「気づいた時にはもう、みんな知っていた。」


──時間が経つのは、あっという間だ。


 気づけば、僕は学院の廊下を全力で走っていた。


「フレイ! 遅刻するわよ!」


 前を走るメリア──いや、王立エリュシオン学院生徒会長様が、長い髪を翻して振り返る。


 十七歳になった今でも、メリアは昔と何も変わらない。


 よく笑って、よく怒って、よく目立つ。


 ただ、変わったことがあるとすれば。


 その剣も、風魔法も、誰もが認めるくらい強くなったことと──本人が、ものすごく偉くなってしまったことくらいだ。


「ごめん、ちょっと準備が……!」


「また魔法でしょ」


「……うん」


 即答すると、メリアが盛大にため息をついた。


「はぁ……ほんと、副会長がそれでいいの?」


「メリアだって会長でしょ……」


「私は余裕あるの。違う?」


 ぐうの音も出なかった。


 王立エリュシオン学院。


 王国中から優秀な人間だけが集められる場所。


 その中でも、生徒会は選ばれた人間しか入れない。


 僕とメリアは、その生徒会に所属している。


 ……いや、“所属している”なんて言い方じゃ足りない。


 会長と副会長。


 気づいた時には、そうなっていた。


 最初は、メリアだけが目立っていた。


 剣も魔法も飛び抜けていて、誰とでもすぐ仲良くなって、気づけばみんなの中心にいる。


 僕は、その隣にいただけだ。


 そう思っていた。


 でも、気づいたら周りが勝手に「副会長はフレイしかいない」なんて言い出して、逃げる間もなく今に至る。


 ……納得いってない。


 絶対、向いてない。


「ほら、急ぐわよ」


 メリアが先に行く。


 その背中を追いかけようとして──


 ふと、足が止まった。


 ざわり、と。


 空気が揺れた気がした。


 肌に触れる空気が、ほんの少しだけ冷たくなる。


 周囲も、同じように何かを感じたのかもしれない。


 ざわざわと、人の声が広がった。


「……ねえ、あれ」

「黒……?」

「まさか……」

「うそ、今年の新入生?」

「でも、あの色……」


 視線が、一斉にある一点へ集まる。


 その先に、いた。


 黒い髪。


 黒い瞳。


 見慣れている。


 ずっと、見てきた。


 ……見慣れているはずなのに。


 胸の奥が、ざわついた。


「……トール」


 気づけば、名前を呼んでいた。


 トールが、ゆっくり振り向く。


 少し背が伸びた。


 昔みたいに、僕の腕の中にすっぽり収まるような小ささじゃない。


 でも、まだあどけなさは残っている。


 柔らかそうな黒髪も、眠そうに見える目元も、笑うと少しだけ幼く見えるところも。


 ちゃんと、僕の弟だった。


 そして。


「兄さん」


 トールが、いつも通りの声で笑った。


 その一言で。


 空気が変わった。


「兄さん……?」

「え、じゃあ……」

「アークライト家の……?」

「副会長の弟!?」

「ってことは、生徒会長とも姉弟!?」


 ざわめきが、一気に大きくなる。


 トールは、そんなこと気にしていない。


 周囲の視線なんて、最初から存在していないみたいに、まっすぐこっちへ歩いてくる。


 普通に。


 本当に、普通に。


 なのに。


 なんで、こんなに目が離せないんだろう。


 歩き方。


 呼吸。


 視線。


 全部を、無意識に追ってしまう。


 あの日を思い出す。


 空を覆った魔物の群れ。


 黒い羽。


 逃げていく影。


 そして──


 小さな手が、空へ伸びた瞬間。


「フレイ?」


 メリアの声で、我に返る。


「……なんでもない」


 言えるわけがない。


 今さら。


 十一年も経った今でも、僕はまだ、あの日のことを覚えている。


 トールが、何かをしたこと。


 そして、僕がそれを見てしまったこと。


 誰にも言えないまま、ずっと抱えてきた。


「トール」


 メリアが、一歩前に出た。


 周囲の視線を遮るみたいに、トールの前に立つ。


 トールは、きょとんと首をかしげた。


 それから。


「……おなかすいた」


 ぽつりと呟く。


「は?」


「母さん、変なの作った」


 ……ああ。


 その瞬間、頭の中に嫌な予感がよぎった。


「ちょっと待ちなさい」


 メリアが、こめかみを押さえる。


「今日のお弁当、何入ってたの」


「……紫の、やつ」


「アウトね!!」


 即答だった。


 さすがメリア。


「フレイ!」


「うん、アウトだね……」


 経験が語っている。


 昔から、母さんの料理には何度も命を脅かされてきた。


 紫。


 それはもう、完全に危険信号だ。


「ちょっとトール、こっち来なさい!」


 メリアが、ぐいっとトールの腕を引く。


「売店でなんか買うわよ!」


「……うん」


 トールは素直に頷いた。


 その様子は、どこまでも普通だった。


 少し眠そうで。


 少しマイペースで。


 お腹が空くと、すぐ不機嫌になる。


 昔から変わらない、僕の弟。


 ……普通、なのに。


 違和感が、消えない。


 僕は、どうしても目を離せなかった。


 歩き方。


 呼吸。


 気配。


 全部、見てしまう。


 昔みたいな、不自然さはない。


 影も遅れない。


 突然消えたりもしない。


 空を飛んだり、落ちなかったりもしない。


 ……少なくとも、人前では。


「……やっぱり」


 小さく呟く。


 あの時と同じだ。


 変わっていない。


 いや──


“馴染んでる”。


 昔は、違和感だった。


 隠しきれていなかった。


 でも今は違う。


 まるで最初からそうだったみたいに、トールの中に溶け込んでいる。


 だから余計に、怖い。


「フレイ?」


「……なんでもないよ」


 笑う。


 いつも通りに。


 昔から得意だった。


 本当のことを隠して、笑うのは。


 だって。


 言ったって、どうにもならない。


 誰にも説明できない。


 トールは、僕の弟だ。


 それは間違いない。


 かわいくて。


 優しくて。


 大好きで。


 ……でも、それだけじゃない。


(ちゃんと見なきゃ)


 心の中で、繰り返す。


 六歳の頃から、ずっと。


 目を逸らさない。


 どんなに、怖くても。


 その時。


 トールが、ふと振り向いた。


 黒い瞳が、まっすぐ僕を見る。


 どきり、とした。


 ── 一瞬だけ。


 その瞳に、赤が混じった気がした。


「……っ」


 息が詰まる。


 瞬きをする。


 もう、いつもの黒に戻っていた。


「兄さん?」


 不思議そうに、トールが首をかしげる。


「……いま行くよ」


 頷く。


 大丈夫。


 まだ、何も起きていない。


 ……そうだ。


 まだ。


 きっと、まだ。


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