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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第二章 笑っているのに

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第十八話 「僕は知ってる、でも言えない。」


──トールは、かわいい。


 ちいさくて、やわらかくて、あったかい。


「にーに!」


 元気な声と一緒に、トールがよちよちとこちらへ歩いてくる。


 まだ少しふらふらしていて、足取りも危なっかしい。転びそうになっては、慌てて両手を広げて。だけど、それでも一生懸命に前へ進んでくる。


「……トール」


 しゃがんで、腕を広げる。


「きゃっ」


 ぽすん、と胸に飛び込んできた。


 勢い余って少しぶつかったのに、トールは楽しそうに笑っている。


「……ふふ」


 つられて、僕も笑ってしまった。


 かわいい。


 ほんとうに、かわいい。


 抱き上げると、ふわりと甘い匂いがした。きっと、さっきママが食べさせていた果物の匂いだ。


 ちいさな手が、ぎゅっと僕の服を掴む。


 あったかい。


 大好きな、弟だ。


 ──なのに。


「……ねぇ、メリア」


「なにー?」


 隣では、メリアが木剣を振っていた。


 庭の真ん中で、ぶんぶんと楽しそうに振り回している。多分また、騎士団でレオンおじちゃんに褒められたことを思い出しているんだろう。


「トールって……」


 そこまで言って、言葉が止まった。


 なんて言えばいいのか分からない。


 トールはかわいい。


 いい子だ。


 笑うと、みんなが笑ってしまう。


 抱きしめると、あったかい。


 ──でも。


「ん?」


 メリアが不思議そうに首を傾げる。


「……なんでもない」


「なにそれー」


 メリアはすぐに興味をなくしたみたいで、また木剣を振り始めた。


 ぱしっ、ぱしっ、と木を叩く音が響く。


 言えない。


 だって。


 “変”なんて、言いたくない。


 トールは、僕の弟だ。


 かわいくて、いい子で、大好きな弟だ。


 だから。


 そんなふうに思ってしまう自分が、いやだった。


「にーにー」


 服を引っ張られて、はっとする。


 見下ろすと、トールが見上げていた。


「どうしたの?」


「だっこぉ」


「いいよ」


 もう抱っこしているのに、と思いながら、抱き直す。


 トールは嬉しそうに、ぎゅっと僕の首にしがみついてきた。


 軽い。


 あったかい。


 やっぱり、かわいい。


「……ねぇ、トール」


 小さな声で聞いてみる。


「さっきの……なんだったの?」


 空にいた魔物たち。


 みんな逃げていった。


 パパも、ママも、レオンおじちゃんも、変な顔をしてた。


 僕も見てた。


 トールが手を伸ばした瞬間。


 あの魔物たちは、怖いものから逃げるみたいに飛んでいった。


 分かるはずのない質問だ。


 一歳のトールに、そんなこと聞いたって。


 でも。


「……あー」


 トールは少しだけ考えるみたいに首をかしげた。


 それから。


「やー」


 そう言って、にこっと笑った。


「……そっか」


 思わず、そう返してしまう。


 分かるわけない。


 そんなこと、分かってる。


 なのに。


 ──“分かってて、言ってない”。


 そんな気がした。


「フレイ」


 後ろから、声がした。


 びくりと肩が揺れる。


「パパ」


 振り向くと、パパが立っていた。


 いつもの優しい顔。


 だけど、少しだけ疲れているようにも見えた。


「トール、どうだった?」


「……元気だよ」


 それは、本当だ。


 元気で。


 よく笑って。


 いい子だ。


「そうか」


 パパが、トールの頭を優しく撫でる。


「いい子だな」


「きゃは!」


 トールが嬉しそうに笑った。


 ──違う。


 心のどこかで、誰かがそう言った気がした。


“それだけじゃない”


 トールは、いい子。


 でも、それだけじゃない。


 あの時の空を思い出す。


 魔物たちは逃げていた。


 トールから。


「……フレイ?」


 気づけばパパが僕を見ていた。


「どうした」


「……なんでもないよ」


 慌てて笑う。


 ちゃんと。


 いつも通りに。


 パパに心配をかけないように。


 ママにも、メリアにも。


 誰にも。


 ──言えない。


 だって。


 もし言ったら。


 何かが、変わってしまいそうで。


「にーに!」


 トールが、僕の頬に顔を押しつけてくる。


 むに、と柔らかい。


「ちゅきー」


「……僕も、好きだよ」


 ぎゅっと抱きしめる。


 守りたい。


 トールを。


 この家を。


 みんなを。


 でも。


 “なにから守ればいいのか”が分からない。


 ふと、さっきの空が頭に浮かぶ。


 黒い羽。


 逃げていく魔物たち。


 怖がっていた顔。


 それと。


 腕の中にある、あたたかさ。


 ちいさな弟。


 それが、頭の中で重なる。


 繋がってしまう。


「……ちがう」


 小さく呟く。


「ちがうよ」


 自分に言い聞かせるみたいに。


 だって。


 トールは、いい子だ。


 かわいい弟で。


 大好きで。


 ──でも。


 もし。


 “もしも”。


「……ぼく」


 声が、少しだけ震えた。


「ちゃんと、見てるから」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


 トールに言ったのか。


 自分に言ったのか。


 それとも。


 まだ見えない“なにか”に向けてなのか。


 分からない。


 それでも。


 目を逸らさないと、決めた。


 トールは、何も知らないみたいに笑っている。


 きゃは、きゃは、と。


 無邪気に。


 その瞳が。


 ほんの一瞬だけ。


 まっすぐ、僕を見返した。


 ぞくりとした。


 まるで。


 ──全部、分かっているみたいに。


「……っ」


 息が詰まる。


 だけど、次の瞬間には。


「きゃは!」


 いつもの、無邪気な笑顔に戻っていた。


 ……やっぱり、分からない。


 分からないまま。


 それでも。


 僕は、目を逸らさない。


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