第十話「副団長の娘は剣を振るう。」
王立騎士団本部――訓練場。
乾いた金属音と掛け声が、絶え間なく響いている。
「副団長!!お疲れ様です!!」
門をくぐった瞬間、飛んでくる敬礼。
いつもの光景だ。
だが――
「メリアちゃん来た!!」
「フレイくんもいる!」
「トール様ぁぁ!!」
……おい。
「ちょ、順番にだ順番に!!」
「抱っこは俺が先だろ!!」
「いや俺だ!!」
騎士団、統制とは。
「お前ら仕事しろ」
低く言うと、ぴたりと止まる。
「……後でな」
――わちゃわちゃ再開するな。
「わーい!」
メリアが駆け出す。
慣れた足取りで、まっすぐ訓練場の中心へ。
ミレイユが治癒院の仕事で手が離せない日は、こうして何度も連れてきた。
騎士たちにとっても、顔馴染みどころか――
ほとんど身内だ。
「今日は剣ふっていい!?」
開口一番それか。
「仕事の邪魔にならない範囲ならな」
「やったー!」
フレイは静かに周囲を観察し、
トールは隅の木陰でご機嫌だ。
その時。
「おいルシアン」
低く、よく通る声。
「書類は終わったのか」
「終わってるわけないだろ。お前の分もあるんだぞ」
振り返る。
金髪に金の瞳、褐色の肌。
王立騎士団団長――レオン・ヴァーノン。
「レオンおじちゃん!」
「だからおじちゃんじゃない」
「レオンおじちゃん!」
「やめろと言っているだろう」
「レオンおじちゃん!」
「……」
「レオンおじちゃん!」
「……好きに呼べ」
――四連敗。
騎士たちが肩を震わせている。
「メリア、剣やるんだろ」
「うん!」
レオンが木剣を手に取り、軽く投げる。
受け取る。
その動きに、一切の無駄がない。
軽く振る。
――空気が鳴った。
「……ほう」
レオンの目が細まる。
「構えてみろ」
言われるままに構える。
小さな身体。
だがその立ち姿は――妙に“出来ている”。
「来い」
「うん!」
――踏み込む。
その瞬間、メリアの足元にふわりと風が巻いた。
「……!」
一歩が、軽い。そして速い。
「はぁっ!」
一気に間合いを詰める。
「ほう――!」
レオンが受ける。
だが、その目が鋭くなる。
「風か」
メリアの足元には、淡い風の流れ。
地面を蹴るたびに、加速する。
「パパのまねっこ!」
無邪気な声。
だが――
やっていることは無邪気ではない。
踏み込み。
加速。
間合い操作。
すべてが噛み合っている。
「おい……今の動き」
「副団長と同じだぞ……」
騎士たちがざわめく。
レオンが踏み込む。
重い一撃。
――だが。
メリアの姿が、ぶれる。
「っ!?」
風で軌道をずらした。
完全には避けきれない。それでも致命は外す。
「いいな……!」
レオンの口元が歪む。
再び打ち込む。
メリアは風を纏い、食らいつく。
小さな身体。
未熟な剣。
それでも――
“戦えている”。
「……やめだ」
レオンが剣を下ろした。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をするメリア。
その目はまだ折れていない。
「今のは誰に教わった」
「パパ!」
「だろうな」
ぽん、と頭に手を置く。
「風の使い方は粗いが――」
一瞬、間を置く。
「筋がいい」
「ほんと!?」
「ああ」
ぱっと笑顔が弾ける。
「パパ見てた!?」
「ああ。全部しっかり見てたよ」
頭を撫でる。
汗で少し湿った髪。
周囲の騎士たちも、どよめいていた。
「将来やべぇぞあれ……」
「副団長の後継ぎか?」
「いや団長級だろ……」
……気が早い。そもそも危険だから俺は反対だ。
「ルシアン」
レオンがこちらを見る。
「いい娘だな」
「ああ。自慢の娘だ」
その時。
「あぅー!」
トールが声を上げる。
いつの間にか木陰から抜け出し、よちよち歩きで進んでいた。
「おい待て」
武器棚の方へ向かう。
――その瞬間。
影が、わずかに揺れた。
「……?」
一瞬の違和感。
だが、次の瞬間には消えていた。
「トール様ぁぁ!!」
騎士が素早く回収する。
「確保しました!!」
「お前は何の報告をしてるんだ」
思わずため息が漏れる。
笑い声が広がっていた。
メリアは誇らしげに笑い、
フレイは静かにそれを見守り、
トールは無邪気に手を叩く。
騎士たちもまた、楽しそうに笑っていた。
――ああ。
ここもまた、守るべき場所だ。




