第十一話「聖女、鉱石を煮込む。」
王立騎士団本部――訓練場。
剣戟の音が、規則正しく響いている。
――その空気を。
「もぉーーーーー!!書類飽きたぁーーーーーー!!」
一瞬でぶち壊す声。
「……始まったか」
小さく息を吐く。
隣接する王立治癒院。
原因は言うまでもない。
騎士たちは慣れた様子で訓練を続けている。
もはや日常の一部だ。
「失礼するわね」
落ち着いた声と共に現れたのは、アイリーン。
「書類、持ってきたわよ」
「助かる」
軽く受け取りながら――
ちらりと隣を見る。
「今日はやけに早いな」
「さっきからずっとあれよ」
やれやれ、と肩をすくめる。
そして――
「うっさいわねぇ!?仕事なさいよミレイユ!!」
一転。
鋭く言い放った。
「……今の声量、必要か?」
「必要よ。あの子にはあれくらいでちょうどいいの」
さらりと言う。
だがどこか慣れている。
「アイリーン!ルシアンお弁当食べたかなぁ!?まだかなぁ!?」
……来たか。
アイリーンの眉が、ぴくりと動く。
「……お弁当?」
「作ったのよぉ!」
一拍。
「中身何よっ!?」
「レッドボアとミスリル鉱石のシチュー!」
沈黙。
す、と目を閉じるアイリーン。
「……はぁ」
深いため息。
「ミレイユ」
「何度も言ってるでしょうっ!?鉱石は、食べ物じゃないのよ!」
「煮込めば柔らかくなるわよ!お肉と同じ!」
「ならないってのよ!アンタ本気でルシアンをどうする気!?」
「愛情たっぷりご飯!」
「方向が間違ってるのよ」
ぴしゃりと言い切る。
その横に
「……」
レオンがいた。
――固まっている。
完全に。
「……レオン?」
アイリーンが首を傾げる。
「な、なんだ」
声が硬い。
「さっきから黙ってるけど?」
「いや……その……」
視線が泳ぐ。
落ち着きがない。
――分かりやすい。
「……ふふ」
アイリーンが小さく笑う。
「相変わらずね」
「何がだ」
「別に?」
さらりと流す。
……遊ばれているな。
その間に、弁当を取り出す。
「ルシアン」
アイリーンがこちらを見る。
「それ、食べる気?」
「そのつもりだが」
「やめておきなさい」
「断る」
「……本当に?」
じっと見てくる。
「ミレイユの手料理だからな」
アイリーンの表情が、わずかに緩んだ。
「……そう」
それ以上は何も言わない。
レオンが、ぼそりと呟く。
「……やめた方がいいと思うが」
小さい。
とにかく小さい。
「聞こえないぞ、団長」
「……なんでもない」
目を逸らした。
――弱い。
弁当を開ける。
どろり。
光る何か。
「……相変わらずね」
アイリーンが額に手を当てる。
もぐ。
……。
「……どう?」
静かに聞かれる。
「……愛を感じる味だな」
「味の話をしなさい」
即、修正が入る。
「……硬い」
「でしょうね」
呆れたように息を吐く。
その時。
「ルシアーン!」
駆けて来るミレイユ。
「どうだったー?お弁当ー!」
――まったく。
「美味かった」
「良かった!」
ぱっと花が咲くように笑う。
その様子を見て
アイリーンが小さく肩をすくめた。
「……甘いわね」
「そうか?」
「ええ。とびきり」
だが、その声はどこか優しかった。
「じゃあ明日は新作を――」
「やめなさい」
ぴしゃり。
「方向性をまず見直しなさい」
「えぇー!?」
騒がしい声。
その横で。
「……」
レオンは何も言わない。
ただ、少しだけ。
口元が緩んでいた。
――騒がしい。
だが、この空気が嫌いじゃないと思ってしまうあたり――
俺も、だいぶ毒されているらしい。




