邂逅
二十日程の旅を終え、ミレード城の門をくぐったアルバは、馬車を覆う布の間から、外の様子を覗いた。
城門を潜ってすぐ、隣に沿う壁と平行に並べられた馬車の後ろから見えたのは、硬い石の壁と、何も無い砂と石の地面だけだった。
同行させた女医には十分な金銭を渡し、好きにこの城で羽を伸ばしてもらうことにした。
王の勅令とあって、無理矢理ついて来てもらった女医に、この城でも共に過ごしてもらうのは、アルバもモルトも忍びなく、離れてさえいれば秘密が露になる恐れも無くなる。
いつまでも馬車にいるのも退屈なので、アルバは馬車から降りた。
昼間とはいえ、街を歩く人は都に比べると少なく、城の規模自体はそれなりの大きさだが、建物の密度が違うとすぐに感じた。
王都が王やその側近達が暮らすための城であり都市だとすると、この城は防衛のための城なのだと、ひしひしと伝わる。
深く深呼吸をしながら、アルバは目を閉じた。
長い馬車での旅で、本当に病気になるのではと思案した。
何日も馬車で眠り、時々街で眠ることもあったが、正体を隠すため、特別待遇などは受けていない。
旅人らしくは他の旅人達と川の字になって眠ることもあれば、今まで縁がなかった大勢の民が詰めかける、上等とはいえない食事処で食事することもあった。
その間、女医の前以外では男として振舞った。
そもそも、女として振る舞うのは、王の前か注目が集まる戦場くらいで、家でモルトといる時は常に男としての姿をさらけ出していた。
大勢の前で男として振舞ったのは初めてだったかもしれない。
それでも、王都から、あの王から一時的にでも解放されたことにより、アルバの精神面は落ち着いていた。
道中、モルトもそれを察し、密かに安堵していた。
要塞の要である城壁の上に集まる兵士達を眺めながら、初老あたりの男性と何か話すモルトに目をやった。
アルバからは全く会話は聞き取れないが、モルトは男性に頭を下げると、ニコニコとしながら戻ってきた。
「アルバ様、どうやら薬草に詳しい方を呼んできてもらえるみたいです」
精神が安定しているのはモルトも同じなのか、普段より表情も声も明るい。
「わざわざ人の手を借りて探すのか?」
「まさか⋯⋯探すふりだけして王に見つからなかったと報告するつもりですか!?」
顔を引き攣らせ瞠目しながら、モルトは右足を引いて体を僅かに反らせた。
「だめなのか?」
「だめですよ。もし他の誰かが本当にそんな薬草を見つけたらどうするんですか」
「その時は⋯⋯私の目が節穴だったと話せば許してもらえるだろう」
「それはアルバ様はそうでしょうね! ですが同行した僕や女医はそうとは限らないんですよ。特に僕など王に嫌われてますから」
語気に鋭さが宿り、モルトの迫真の顔面がアルバに迫った。
アルバには大袈裟なように感じるが、モルトは至って真剣だった。
王の残虐性や非情な性格を考えると、何が怒りに触れるか分からない。
モルトとしては、本当に存在するかどうか探して選択肢を潰しておかないと、落ち着いて帰れないのだ。
「なんだかその者に申し訳ないな」
自分達の嘘に人を付き合わせていいのか、罪悪感が芽生えるが、どうやらモルトは違った。
「まあもし本当にそんな薬草があるとするなら、存在を知れる機会でもありますし。礼を弾めば文句も出ないでしょう」
「⋯⋯お前時々嫌な奴になるよな。主に私以外に」
「物質的と言ってくださいよ」
アルバは話を切りあげ、ぐるりと周りを見渡した。
初めて来た場所だが、どこか懐かしさを感じさせる。
(もしかしたら、滅んだ祖国とはこういう所だったのかもな)
城の中央に見える太守の屋敷は、王宮と比べればはるかに質樸な、慎ましやかな姿形をしている。
当然赤子だったアルバは、故郷に関する記憶など無いし、母から話を聞いたこともない。
ただ胸の中に渦巻く郷愁の意味を考えると、自然と想像の中の故郷とこの城を重ねずにはいられなかった。
しばらくすると、誰かが遠巻きにこちらを見ていることに気がついた。
藍色の髪と目を持ち、質素な麻の着物を来た青年が、じっと自分を見ている。
アルバは目を凝らして青年を見つめた。
青年の純朴な風貌が、いかにも人の良さを感じさせる。
(見ない顔だから気になってるのだろうか)
モルトの肩を叩き、顎で青年を示す。
「どうしました?」
アルバが示す方向に目を向けても、なにを知らせたいのかモルトには分からない。
不思議そうに示したものを探すモルトにため息をついていると、青年はゆっくりとこちらに向かって歩き出していた。
「あ、もしかしたらあの方かもしれませんね。こちらに向かってますし」
ようやく気づいたモルトは、遠目からでも分かりやすいように頭を下げた。
青年は真っ直ぐアルバ達の方へ向かって歩いている。
人の行き交う道を外れ、アルバ達に近づくと、青年は足を止め、息を飲んだ。
アルバと青年の目が合う。
ただ一点を見据えるアルバに対して、青年の目は泳ぎ、アルバを直視出来ないでいた。
それほどまでに青年にとって、アルバの姿は美しく、目に入れるだけでも恐れ多かった。




