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「タオ、ひとつ聞いていいですか」
私はあまり見慣れない天井を見上げながら、となりで退屈そうに座っているタオに声をかけた。
今私は、母がずっと眠っていた部屋で療養している。
骨はいくつか折れていたし、 傷は内蔵に迫っていたりした。
それでも命があったのは、運がいいとしか言いようがなかっただろう。
月並みな言い方だが、もしかしたら母がまだこっちには来るなと、私を現世に留めさせてくれたのかもしれない。
あの後、私は意識を失ったので、事の顛末を知ったのはすべてが終わった後だったが、アルバ率いる援軍約2000が入城したことにより、万全の兵が各城壁に配置され、城は守りぬかれた。
14日に及ぶ戦いは、我々ミレード城の勝利で終わった。
しかし、この戦で多くの者が傷つき、命を落とした。
私やギンも傷ついた者の一部だが、わたしは四肢を欠損したりはしなかったものの、結構重症のほうだと思う。
だがまあ、命があることには感謝しなくてはならない。そのおかげでこの家にも戻ってこれたのだから。
母が亡くなり、不気味な呪いの品々も、どこか愛おしく見えるが、猪の剥製だけはやはり気味が悪い。
私は目覚めてすぐ、タオとユイに母の葬儀と埋葬を頼んだ。
私は体を起こすこともできない状態だったが、母の遺体をいつまでもそのままにするのは忍びなかったのだ。
結果的に私は葬式という最後の見送りをしなかった親不孝者となったが、母との別れはあの日、この部屋で済ませてある。
ただ一つ謝ることがあるとするなら、死にゆく母に永遠に訂正することのできない噓をついたことだろう。
「なんですか主」
ようやくタオが口を開いた。眠たいのかして、目をうつらうつらさせながら、微妙に頭が上下に動いている。
「本当は目覚めてすぐ聞きたいくらいだったんだけど、いったいどこであんな強さを手に入れたんですか」
「⋯⋯むかし奥様に鍛えられましたので」
「母に?」
タオはうなずくと、眠そうな目を大きく開け、顔をそむけた。
「幼少のころ、主が学校に行っている時間に奥様から武技を学びました。いつか主を守ってやれと、なかなか手厳しく奥様は指導していたので、そのおかげかと」
そんなことは初耳だった。母がタオに武術を指南するというのも意外だし、タオが素直に指導を受けたことはもっと驚きだ。
「そうか⋯⋯となると私は母と君に守られたのか」
親というのは、表には出さなくても子供を守ることを最優先に考えるのだろう。
その母の想いと、それに応えたタオによって、私は守られていたのだ。
「もし⋯⋯あそこで本当に死んでいたら、親不孝どころではなかったですね」
「ええ。主があのまま死ぬために戦っていたら俺の幼少期からの努力も奥様の愛情も踏みにじることになっていましたね」
珍しく饒舌に語ると思えば、恐ろしい毒舌が飛んでくる。
「私が死ぬつもりだとわかっていたのかい?」
「ええ。あの死んだ目を見ればわかります。だから俺も、主が死んだら後を追うつもりでしたよ」
「⋯⋯死ななくてよかったよ本当」
日差しが差し込む格子窓から、待ちを闊歩する人の声が入ってくる。
まだ平穏が戻ったとは言えないこの城だが、人々の生活は取り戻されつつある。
この平和を守った一端を自分が担ったと思うと、誇らしくて鼻が高くなる、
これが愛国心なのか、それともただの達成感からくるものなのか、それはどちらでもいい。
タオがこれ以上話そうとしないので、静かになった部屋でぼんやりと天井を眺めていると、しばらくして廊下から足音が聞こえてきた。
ユイの足音ではなかった。彼女は母がここにいた時もそうだが、患者が眠っていると考えてほとんど足音を立てずに歩くのだ。
では誰なのかと思っていると、数珠の簾の向こうから現れたのは、愛しの白薔薇王だった。
やや臭いことを考えてしまったが、今では本当に愛しの人なのだ。
彼のことは出会った時から好きだった。もっと彼を知りたい思っていた。
それが愛情へと変わったのは、やはりあの戦いがあったからだろう。
アルバはモルトを連れてやってきた。
それにしても、モルトはあの戦いの中で文字通り先頭に立って敵陣に突入していたのに、ほとんど怪我をしていないのは一体どういうことなのか。
タオもそうだが、この人もかなりの怪物だ。
「セシル⋯⋯怪我の具合はどうだ?」
アルバは私のそばに立つと、そっと伸ばしていた手を撫でた。
「すこしは歩けるくらいに回復しました。まだ折れた骨は痛いですが」
「そうか。それならよかった」
アルバは私の手を握りながら、そっと持ち上げた。
そのまま何かするわけでもなく一呼吸置くと下した。
手を持ち上げられ少し肩が痛かったのは内緒だ。
「セシル様、僕は少しタオさんをお借りするので失礼します」
モルトはわざとらしく頭を下げながら、戸惑うタオの腕を引いて部屋から去っていった。
モルトは飄々としていて、少し子供らしさがあるが、気遣いができる。余計かもしれない。
「まったくあいつは、あからさまに気を使ったな」
アルバが入り口のほうを見ながら苦笑いする。
「ですねえ。べつにふたりきりになる必要はないのですが」
「いや、実は俺からするとありがたい」
アルバが私を見る。少々深刻さを感じさせるように、顔に影ができる。
「どうかしたのですか?」
アルバは目をあちこちに動かし、私のほうへと戻してから、唇をかんで口を開いた。
「これからの身の振り方をセシルに相談したかったのだ」
「身の振りですか」
想像を大きく外れる問いかけに、私はぼんやりと右手の包帯を確認しながら考えた。
アルバが女性として生きていたことは、目覚めてすぐ聞いた。
アルバはもともと、とある国の王族だったが、赤子の時に国を滅ぼされ、身内のほとんどが処刑か丸裸で追放されたらしい。
乳飲み子を抱えたアルバの母は、アルバは女で将来の脅威にはなりえないと、当時のカリスタン王に助命を嘆願し、なんとか親子は処刑を免れたらしい。
だがアルバの父や兄は殺されてしまったという。
アルバが幸運だったのは、その容姿が一目では男か女かわからないくらい美麗に育ったことだろう。それに声も中性的で、男だといわれても女だといわれても納得できてしまう。
そんなアルバを、現国王は昔から自分のものにしようと狙っていたらしく、秘密を明るみに出さないため、アルバの性別を知っていたのは母とモルトを含む僅かな部下だけだったという。
しかしながら、どうやら援軍やこの城の者たちに白薔薇王は男だったと露になってしまったようだ。
まあ、突然一人称を俺にして彼が取り繕って守ってきた女性らしいしぐさや言動を捨ててしまったのだから仕方ない。
「このまま王都に帰ればただでは済まないだろうし、ここにいてもいつか強制送還は免れない。となるとどうするべきか。セシルはどう思う」
アルバはまるで子供だ。いや、母も似たようなことをしたし、ユイもギンもレナンも同じことをしている。
ただ自分が考えていることを口にするのが怖いのか恥ずかしいのか、自分と同じ答えを私の口から聞きたいのだろう。
まあ、いじわるする理由もないし、私も同じことを考えてはいた。アルバが本当に私の思ったことを考えているならの話だが。
私も療養中に考えたのだ。もうこの国にはいられないかもしれないと。
「なら、私と国を出ましょうか。どこか遠く、あなたの名前を聞いても嫌な顔をする人がいないところまで」
風が部屋に入ってきて、剥製の毛が揺れた気がした。
アルバは目を輝かせながら私を見つめている。
アルバはもっと思慮深く感情を顔に出さない人種だと思っていたが、これが彼の本当の姿なのだろうか。
「ああ。俺もそうしたいと思っていた」
なら最初から言えばいいのに。と口に出すのは野暮極まりない。
大きく深呼吸した。この家の思い出、匂い、そして母の記憶すべてを体の中に取り込むように、深く長い深呼吸を。
「守ってくださいね。道中」
「ああ。決して放さないぞ」
翌日の夜。私は部屋を出て散歩した。
まだ体は痛むし、折れた骨は治ってはいないだろうが、どうしても外に出たかったのだ。
というのも、ユイから面白い話を聞いたのだ。
「あの戦いの後から、ギンさんが夜になると不思議な曲を演奏するんですよ。誰も聞いたことのない曲を」
ギンが演奏できるくらいの元気があったのも驚きで、すぐにその顔を見たいと思っていたし、その曲の音色もどうしても気になった。
何しろ、私は時期にこの国を去るのだ。ギンに会えるのも残りわずかだ。
外に出るならまず母の墓参りをしろと自分でも思うが、やはり私の本質は親不孝者だったらしい。
街は夜になってもそれなりの活気があった。
援軍の2000人がまだ残っているからだろうか。
大体の家では、亡なくなった者の葬儀も済ませているらしい。
といっても、戦の最中に亡くなった者たちは、疫病蔓延を防ぐためすぐ地中深くに埋葬されていたから、亡骸はすぐに失われていたのだが。
ギンがいる場所には思い当たる節もないので、とにかく歩き続けた。
足はほとんど無事でよかったと思う。
そして歩いていると、どこからか笛の音色が聞こえてきた。
掠れたような高音の笛の音色が、どこからともかくやってくるが、音が反響しているのか、それがどの方角から来るのか掴みきれない。
音色はどこか懐かしい郷愁を感じさせるかと思いきや、転調して雄々しい英雄の吟遊へと変化する。
たしかに、聞いたことのない曲だ。少なくとも私はこの城でも都でも聞き覚えがない。
例えるなら、人知れず過酷な運命を背負った英雄が、安寧の場所を見つけて全てを投げ捨てるため、運命と決着をつける。そんな雰囲気の局長だろうか。
気が付くと私の両足は意識する間もなく進み、まるで餌におびき寄せられる獣のように、小さな木の箱に腰かけてその音色を奏でるギンの前に立っていた。
待ちゆく人も何人かは足を止めているが、ほとんどは素通りしていく。
なかなかに心を打つ演奏だと思うが、連日の演奏だからだろうか。
ギンは一瞬、瞼を上げた。私たちは目が合ったが、ギンは気にせず演奏を続けていく。
曲を聴いていると、曲の素晴らしさよりも、ギンが元気そうでよかったという安ど感が強く沸き起こってきた。
静かな音色が続き、曲は終了した。
何人か立ち止まっていた人たちが拍手をしたので、私も控えめに手をたたいた。やっぱり肩が痛かった。
ギンは満足そうに立ち上がると、私に向かってきた。
着物の襟の向こうには手当の跡が残っている。
胸の近くにも傷跡があるが、よく笛を吹けたものだ。
「ようやく来たかずっと待ってたんだぞ」
「ずっと動けなかったもので」
ギンは微笑みながら顎をしゃくり、後方を示した。振り返れば誰もいなさそうな暗い路地がある。
と思いきや、立ち止まって聞いていた聴衆たちがなぜかまた拍手を送った。
静かな拍手で、まるで何かを祝っているようだ。
「どうしたんでしょう皆さん」
私の思い上がりでなければ、拍手は私に向けられていると思う。
なぜかみんな私を見て、足を止めてまで拍手する者さえ表れている。
ギンに尋ねると、彼は口を開けて笑った。
「この曲の主役のひとりがようやくお出ましになったから、みんな祝ってるんだよ」
「どういうことです?」
ギンは答えず、私の周りをゆっくりと歩きながら、笛を持ったまま手を後ろで組んだ。
「この曲はな、とある将軍としがない教師の物語を題材にして俺が作ったんだ」
ギンはまた私の前で立ち止まり、からかうように目を三日月のようにした。
ちなみに今日の月は弦月のようだ。今気が付いた。
「つまり⋯⋯私とアルバ⋯⋯白薔薇王を題材にしたということですか」
「察しがいい。ここでとぼけられたらちょっとビビったぞ」
「そりゃこんなに匂わせてるんですから。わかるに決まっているじゃないですか」
たしかに、さっきの曲を思い返してみれば、すぐにアルバ⋯⋯白薔薇王の雄々しい姿が浮かび上がって焼きつく。
「ていうかギン⋯⋯あれ見てたんですか」
「あれとは、お前が白薔薇王に抱きしめられていたところか? それとも、気を失ったお前を家に運ぶ白薔薇王が涙を流していたとこか?」
「全部見てたんですね⋯⋯ていうかアルバが泣いていたというのは初耳ですけど」
「いい絵だったぞ。白薔薇王がお前を抱えながら歩いていく姿は、気絶してたくせに妙に穏やかな顔してたしな。俺は一瞬セシルが死んだと思って肝を冷やしたぞ」
「それはすみません。まあ、あの日は途中まで死ぬつもりでしたし⋯⋯」
「母親の死が原因か?」
「それだけじゃありませんよ。ただ死んでもいいっておもったんです」
なんだか湿っぽい話になってしまい、方向転換しようかと考え始めると、ギンが痛む肩に手を置いた。
「まあそれはいい。こうして生きてるんだからな。しかし、俺はあの将軍が現れなければ親友をふたりも失うところだったぞ」
「それは私もですよ。君が無事でよかった」
私たちはお互い笑顔を作り、ギンは声を出して笑った。
「それでなんだがなセシル。せっかくこの曲を作ったのはいいんだが、名前が決まらないんだ」
溜息を吐きながら言う。
「俺も考えたんだぞ? 『将軍と兵』とか『城壁を越えて』とか、でもなんかしっくりこないんだ。でだセシル、せっかくだからこの曲の名前をお前に決めてもらいたい」
首を捻って考えた。いきなり曲名を考えろなんて言われても正直自信ないが、親友が私とアルバを見て作った曲なら、その名付け親になりたい。
しかし私はあまり情緒的ではないので、やはりいいのが浮かばない。
考え方を変えてみた。私とアルバを想起して考えるのではなく、私の一人称視点で考えるのだ。
寡兵を率い、命を懸けて私のもとまでやってきたアルバを。私を迎えに来た白薔薇王を。
「入陣⋯⋯」
そうだ。アルバは将軍として白薔薇王として私のもとへ、私たちが守ったミレード城へ、この城の誰もが渇望した勝利への希望そのものとなって入陣したのだ。
「白薔薇王入陣曲。というのはどうでしょうか」
これは、アルバを讃えた曲であるべきだと私は勝手ながら思った。
この曲に出てくる登場人物は私とアルバだけではない。
アルバとともに敵陣に切り込んだモルトたち、この城のため戦い続けた民や兵士たち全てが、アルバという存在のもとに集った。
白薔薇王という存在を前にし、その寵愛を受けた私も、彼に魅入られ駆け寄ったひとりに違いないのだ。
「いいなそれ⋯⋯ああ。さすが歴史家は違うな」
「私はただの編纂者ですよ。まあ、今はただの教師ですけどね。じゃあ、せっかくなのでもう一度というか最初から聴かせてくれませんか白薔薇王入陣曲」
「ん、ああわかったよ」
穏やかな顔で、ギンは先ほど演奏していた場所へ戻り、木箱へ腰を下ろした。
夜は遅いが、まあ少しくらいまだ曲を奏でても許されるだろう。
だってこれは、この城の英雄、白薔薇王を描いた曲なのだから。許されてしかるべきなのだ。
次が最終話となります。
どうぞ最後までお付き合いください。




