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白薔薇王入陣曲

 この日が最後の戦いになると、城壁に掛かる梯子の数と登ってくる敵兵が増え、皆が察していた。

 敵は形の上では援軍が睨みを利かせていることを意識しているのか、夜中の間に東の兵を南と西に分けていたようだ。


 どうやら東には白薔薇王と戦うだけの部隊を残し、完全に静観を決め込んでいる。

 南と西への攻撃が苛烈を極めている。

 もはや温存を考えていないのか、波のように敵が打ち寄せてくる。

 東の敵兵が少なくなっても、こちらに打って出る余裕なんてものは無い。

 今皆で守っている城壁から少しでも兵を移動させると、それだけでこの城は陥落するだろう。


「皆殺しだ⋯⋯あの子達の所には⋯⋯絶対に行かせない!」


 気がつくと私は、数日前の脇腹の傷が開いたのも無視して、武器を振るい続けていた。


「うわああああっ!」


 獣のような、それでいて子供のような雄叫びを発しながら、味方に襲いかかる敵をひたすら突いては斬り、突いては斬りと繰り返していく。

 この戦いが始まってから、家宝の偃月刀は本当によく無事でいてくれている。

 今この偃月刀を失う訳には行かない。

 これは後でタオに運んでもらうのだ。母の亡骸のところまで。


 そしてこの城を守った偃月刀と共に、私は母と永遠の国へと旅立つ。

 最後まで私が立っている必要は無い。あの子達を、皆を守れるなら、それ以上に望むものは最早ない。

 アルバと会えないことが心残りだが、今の私が彼にあっても、心の底から喜べる自信が無い。


「あああっ!」


 敵を城壁から突き落とし、息を整える。

 南の丘に目を向ければ、やはり白薔薇王が動く素振りは見えない。

 むしろ、寡兵であるがゆえ、敵からいつ攻められるか備えるのに精一杯といった様子だ。


 輪郭しか分からないが、最後にあの人の姿を見ることが出来ただけでも、私は幸せなのだろう。

 母を見送り、大切なものを守り、そして想い人の姿を見て死んでいく。


 今この城に、この国に、私より満ち足りている人間がいるだろうか。

 だが私が満ちたまま死ぬには、まだ条件がひとつ。


 それが、目の前の敵兵を一兵たりとも城壁の向こう側へと行かせないことだ。

 もはや城壁の上に陣形も何も無い。

 先日までは辛うじて生きていた盾兵の密集隊形なども消え失せ、両軍乱れての大乱戦だ。

 そのせいで、長物を奮っている私の周りは、良くも悪くも敵も味方も、全体と比べると少ない。

 皆巻き込まれることを恐れているのだ。


 肩がちぎれそうになりながら、何も考えなくとも、私の身体は勝手に敵の命を奪う為だけに動いた。

 

 だがそれでも、五体満足な兵士の数が、こちら側と敵とでは違いすぎる。

 太陽が刻刻と登っていく中、遂に城壁の上では、敵の数が上回っていた。

 もはや形勢不利とみて、味方の士気は落ち、中には無抵抗に殺される者まで現れる始末だ。


「まだだ⋯⋯まだ負けてない⋯⋯」


 それでも、私に出来ることなんてひとつしか無かった。

 昨日誓ったように、この命が途切れるその瞬間まで敵を殺すこと。ひとりでも多く永遠への旅の道連れにすることだった。


「この先へは行かせません⋯⋯誰であろうと⋯⋯あの子達に⋯⋯ユイに⋯⋯母さんに⋯⋯手出しはさせない」


 血で滑ってしまったのか、敵の体を指すと、偃月刀が手から離れてしまった。

 私は、まだ生きのあるその敵を押し倒し、馬乗りになりながら、直接両手で首を絞めた。


「ああああああっ!」


 敵兵の顔が青白くなり、苦しそうな掠れた息を吐きながら、動かなくなった。

 だが、肉弾戦をするのは悪手だった。

 敵はあちこちにいる。すぐ隣にもいる。

 手の空いた敵の剣が、私に向かって突き出される。

 しかしながら、私はまたもやあの男に命を救われた。


「タオ⋯⋯」


 その従者は敵の剣を跳ねあげると、心臓を一突きにし、私の腕を掴んで後ろへと下がった。


「主⋯⋯それ以上の無茶はお辞めを」


 珍しく饒舌に、タオは頬に付着した血を拭いながら言った。


 私は答えなかった。正確には声を出さなかった。

 だがタオは私の目を見ただけで察してくれたのか、何も言わず小さく頷いてみせた。


「ありがとうタオ⋯⋯でも君は生きてください。私と母の葬儀の喪主は貴方に任せます」


 一昨日、親友の喪主になることを拒んだ私が、幼なじみの従者にそんなお願い事をするとは、なんたる皮肉だろう。


 ユイに言伝を頼めばよかった。

 ギンへ。君の葬儀の喪主に、やはり私はなれないし拒否させてもらう。代わりに私の葬儀に出席してくれと。



 ────




 一夜明けても、状況は変わらない。いや、むしろ悪化している。

 シーナの軍勢はアルバ達援軍に対する備えだけを残し、城壁への攻撃を東を除いた三方向へと集中させ始めた。

 それでいてどこの城壁の部隊にも、予備軍はしっかりと残されていて、アルバ達の数ではどうしようも無かった。


(セシル⋯⋯ダメだ⋯⋯セシル⋯⋯死ぬな死ぬな⋯⋯死んではならないぞセシル⋯⋯)


 寝ずに考えても、打開策は何ひとつ浮かんでこなかった。

 唯一できることがあるとすれば、玉砕覚悟の突撃をしかけ、城内に入ることくらいだ。

 しかし突撃を行えば、どれだけの被害が出るか分からない。

 それにもし自分に何かあれば、モルト他部下が王に殺される恐れがある。


 戦闘が始まってから、アルバの中で何度も何かが壊れる音がした。

 それは骨が折れるような音でもあり、皿が割れるような音でもあり、はたまた布が引き裂けるような音でもあった。

 城壁から聞こえる敵の矢叫びが大きくなる度、アルバの中で何かが壊れていくような気がした。


 最早ここから退却し、王都へと逃げ帰りたい気分だった。

 王都に逃げ帰り、セシルのことを全て忘れるため、自ら命を絶ちたかった。

 しかし、足は逃げることも進むことも許してはくれなかった。

 自らが葬ってきた幾千の屍達が、自分の身体を拘束してこう囁いているように思えた。


「その目で地獄を見届けろ」と。


 アルバは自分の無力さを呪った。


(私に力があれば⋯⋯セシルが死ぬことはなかった。セシルを危険な目に合わせることもなかったのだ。私が⋯⋯もっと早くセシルを迎えに来ていれば、せめて彼と共に死ぬことが出来たのに。いや違う⋯⋯セシルを不幸にしたのは私だ。私のような人間の怨嗟を滝のように浴び、呪われた存在と出会ったから、セシルは死ぬことになった)


 もはや、アルバの中でセシルは死んでいた。

 まだ生き残っていたとしても、死ぬことは確定事項となっていた。

 今すぐ背中の槍で自分を突き殺したかった。

 腰に刺した短剣で自分の喉を掻き切りたかった。

 だが亡霊達はそれを許してはくれない。


「死ぬなら全てを見届けてからにしろ」


 亡霊が叫ぶ。幾千の老若男女の亡霊が。アルバをできるだけ苦しめてから自分達の元へと引きずり込もうとしていた。


「待っててくれセシル⋯⋯私もすぐにそちらに行く⋯⋯だから⋯⋯」


 アルバはその場で小さく呟いた。

 それを聞き取ったのは、モルトただひとりだけだった。


「アルバ様! アルバ様!」


 アルバが半ば放心状態になっていることを悟ったモルトは、アルバの肩を揺らしながら何度も叫んだ。


「も、モルト⋯⋯」


 光が失われていたアルバの双眸に、僅かな明かりが灯った。

 だがモルトを見ているはずの目は焦点が合わず、怯えるように瞳その物が震えている。


「アルバ様! 早く御下知を! このままでは本当に手遅れになります!」


 必死の思いで、モルトは叫んだ。

 アルバは俯き、微かに笑ったように見えた。


「もういい⋯⋯あの城は落ちる⋯⋯私達にできることはない」


「⋯⋯はっ?」


 アルバがなんと言ったのか、モルトは理解するのに少しの時間を要した。

 アルバが項垂れることは何度もあった。

 しかし、今だけは落ち込んでも絶望してはならないのだ。

 モルトは、アルバなりのセシルへの一世一代の告白をその場で聞いている。

 だからこそ、アルバにはセシルと共に暮らして欲しいと、心の底から願っていた。 


「⋯⋯っ! ならあの人は! セシル様はどうなるのですか!」


 声を張り上げ、アルバの肩を掴んだ。

 モルトの目には熱い水滴が滲み、今にも零れそうになっている。

 対照的に、アルバは乾いた目で淡々としていた。


「セシルはもう死んでいる⋯⋯いや、たとえ生きていたとしても、もはや死ぬのは時間の問題だ⋯⋯私は⋯⋯死者の為にお前達の命を奪うことなんてできない⋯⋯」


「命を⋯⋯奪う⋯⋯?」


 また言葉を理解するのに、モルトは時間を要した。

 それもさっきよりも長く、モルトの脳内で、アルバの放った言葉が何度も響いた。


「まさか⋯⋯国王がなにか⋯⋯?」


「⋯⋯」


 アルバは答えず、沈黙を貫いていたが、モルトの予感は確信に変わっていた。

 そして、その沈黙に対して、全身から沸々と怒りが沸き立つのを感じた。

 今まで、アルバに対して怒りを抱くことなんて、ほとんど無かった。

 せいぜいが、取っておいた菓子をアルバが知らずに食べた時くらいだ。


 だが今モルトの中で芽生え、湧き上がる怒りは、そんなものとは桁違いの、殺意に近い衝動だった。


 次の瞬間には、モルトはアルバを殴っていた。



 左手でアルバの仮面を剥がし、右の拳で頬を叩いた。

 乾いた音が、陣内に響き渡る。城壁の壁まで届き、跳ね返ってくるような、そんな鈍い反響音まで聞こえてくるようだった。

 篭手を付けた手で叩いたせいで、アルバの頬が赤く腫れた。

 

 殴ったモルトも、殴られたアルバもお互い初めてのことに戸惑っていた。 


「モルト⋯⋯?」


 アルバは目を見開きながら、子供のように、目を潤ませていた。

 そしてモルトは、右手の拳を力いっぱい握りしめながら、大きく息を吐いて顔を強ばらせた。


「アルバ様⋯⋯僕が⋯⋯いや、僕達がいったいいつ死にたくないと貴方に懇願しましたか。我々がいちどでもあなたに向かって命が惜しいと吐きましたか!」


 今までにないモルトの威圧感を、アルバは顎を引いて真っ直ぐ受け止めた。


「少なくとも⋯⋯あなたと共に戦ってきた我々の中に、あなたのために死ぬことを惜しむ者はただのひとりとしていませんよ⋯⋯あなたが! 我らの主が皆の覚悟を愚弄するのはおやめください⋯⋯」


 歯軋りを鳴らしながら、モルトは振り返って城に目を向けた。

 城ではまだ、決死の想いで敵を進ませまいと、兵士達が命懸けで戦っている。

 そしてそこに、モルトはセシルの姿を見た気がした。

 ひ弱な印象しかなかったセシルが、城壁の上で戦う姿を。


「アルバ様⋯⋯貴方は⋯⋯あなたの思うまま、自分のために生きるべきです。アルバ様はあの人が⋯⋯セシル様が欲しいのでしょう? ならば、どんな犠牲を払ってでも、貴方はあの人を追いかけるべきです。たとえ、再会したセシル様が亡骸になっていたとしてもいいじゃないですか。その時は⋯⋯あの人の後を追って命を絶てばいい。そして、あの人の御霊を永遠に探し続ければよろしいではありませんか。そのためのお供なら、僕達は喜んでお引き受けいたしましょう」


 モルトの見た景色と同じようなものが、アルバにも見えた気がした。

 本当は人の顔なんてこの距離から見分けられるはずもないが、確かにアルバの目には、西の城壁で戦うセシルの姿が見えた。

 血まみれになりながらも、偃月刀を振るう姿が、何故か映し出される。


「⋯⋯モルト。決めたぞ⋯⋯私は⋯⋯いや、俺はセシルの元へゆく。俺は⋯⋯セシルと共に生きる」


 仮面を拾い上げ、溢れんばかりの力で握りしめながら、アルバの視線はただ一点を見つめていた。

 目指す場所はひとつ。セシルの待つあの城だ。


「すまない皆の者。俺と共に死んでくれ」


 後ろに控えている部下へと微笑みかける。

 部下達は皆、初めて耳にしたアルバの個人的な願いに心を踊らせた。


 承諾の雄叫びを一斉に上げると、モルトが騎乗して部下達の前に立った。


「皆聞いたか! ついに我らが白薔薇王の輿入れの時が来たぞ! お相手はあの城に住まう教師、セシル・グリヴァン! いいか皆! 我らが主の輿入れまでの道のり、紅で染め上げてやろうではないか!」


 モルトの一声で、さらに雄叫びが連鎖した。

 

 アルバは感極まりそうになるのを必死に堪えながら、そっと仮面を装着した。

 心臓が高鳴る。

 いつも戦に出る時の怯えとは違う鼓動を、手のひらでも感じ取った。

 もう、身体はセシルへの想いを誤魔化すつもりはなかった。

 そして心も、はっきりとセシルへの想いを認識していた。

 


「モルト⋯⋯先陣は頼んだ」


「ええ⋯⋯お任せ下さい。僕と奴らの血でアルバ様の為の絨毯を作って差し上げましょう」


「ああ、任せたぞ」


 仮面の下で微笑みながら、愛馬に跨り、そのたてがみを馬鎧の上から撫でた。


 


 

 

 



 

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