火曜日のヒビ
年明け一発目でございます。
今後ともこの『勝ち確チート』をよろしくお願いします。
俺の名前を呼ばれた気がした。
ああ、気がしただけだ。
どう間違っても俺の名前が呼ばれる筈なんてない。
選ばれるのはクラス内で上位五人なのだから、俺が呼ばれるなんてことはあり得ないはずなんだ。
だとすれば、これは夢か……?
……いや、現実逃避は辞めよう。
認めようじゃないか。
ああそうだ。何の因果か最後の最後、五人目に俺は選ばれた。選ばれてしまった。
「……あの、なんで俺が?」
けれども認めることと納得することは別だ。
だからせめて何かしらの救いを求めて、抜け道を探すようにして俺は後藤先生に質問を投げつけたのだった。
「単純だ。このクラスの上位五人の内に入っていたから。それ以上でもそれ以下でもない」
「……マジ?」
いやいや、俺が上位五人の内の一人だ?
そんなはずはない。有り得ない。
何せ俺は学校へ来てから数回しか勝負を………、ん?
「なあ遠見」
「ハイ」
「知っててやったか?」
「あー……えっと、まぁ……うん」
「―――はぁぁぁ………」
深く、深くため息をつく。
要するに金曜日、遠見との「ランキングバトル」で俺が手を抜いて負けていれば、上位五人に入ることはなかったのだ。
あの日俺が遠見に勝ってしまったから、俺と遠見の順位は入れ替わり、ギリギリ俺がクラス内上位に入ってしまった。
その時はクラス対抗戦のメンバーが確定していなかったから、その日に入れ替わりが起これば必然と入れ替わった方が駆り出される。
その結果俺がこのクラスの代表となってしまった、という因果関係だろう。
正直、代われるのなら代わりたい……。
だが、
「おお黒谷が選ばれるとかスゲェな、頑張ろうぜ!!」
一条駆。
クラスメイトの中で唯一、十六位という高位に位置するこの男がそれを許さない。
俺がモブ、遠見はムードメーカーだとすれば、一条は所謂クラスのリーダー的な存在だ。
そんな一条が俺と言う存在が上位に選ばれたことを承認してしまえば、途端に俺の拒否権はなくなる。
クラス全体が一条の一言によって意思そのものが一つになってしまう。
一つになっているクラスに俺のようなモブが一石を投じても、それは湖に小石を投げるようなものだ。
どうやったって俺が出る以外の選択肢はなくなる訳だ。
一条はクラスによくいるリーダーの様な存在だ。
顔が良く、勉強もできて、そして能力だって強い。
コミュニケーション能力だって俺とは比較にならない程度にはずば抜けている。
よくいる、人の上に立つために生まれてきたような男。
それが俺の抱く、一条駆の印象だ。
同時に、俺はそんな人間性を持つ奴が酷く憎らしい。
「こりゃすごい事になったね、黒谷君」
「……ああ、ほんと嫌になる。まぁそれより菱田が上位に入ってることの方が意外なんだが」
「そうでもないよ、私の能力は『獣化』だから」
それを聞いて、ああそうかと納得する。
そういった人の姿から変身する系の能力は大体強いと相場が決まっているからだ。
例えば、周りにいる小動物が人間の大きさ程になったとすれば、よくよく考えなくてもその身体能力が強大であるということは想像に難くないだろう。
例えそれが小さなネズミの力だとしても、人間大サイズにまでなれば腕、足、牙、どれをとっても人には脅威的だ。
そんな能力を持っている菱田が上位五人に入っているのは当然の結果であると言える。
「なるほど、因みに種類は?」
「犬だよ!かわいいでしょ?」
答える菱田を見て、更に納得する。
菱田の行動の節々に犬っぽい所があるなぁと思えば、能力からして犬だったとは。知らなかったにしろ、俺が菱田に抱いていた「犬」のイメージは間違いじゃなかった。
お手をせがめば菱田はやってくれるのだろうか……いやせがまなくても菱田だしやるかもしれない。
「可愛いかは知らないけど、イメージ的にはピッタリだとは思うぞ」
「ちょ、イメージ的にって何さ!」
プンプンと可愛らしく怒る菱田をよそに俺は本格的に状況について整理する。
対抗戦に出る上位五人に選ばれた。
他からすると名誉なことでも、なるべくひっそりとしていたい俺からするとこの状況はそんな俺の心境から真逆になってしまっている。馬鹿正直に対抗戦を行ったとして、チーム戦である以上手を抜いてわざと負ける何て真似もできない。罠と分かっている上で突っ込む冒険者がいないように、非難を受けると分かった上で手を抜こうなんて俺は考えない。
そうまでして主張を貫く程空気が読めない訳でもないし、実行したとしても悪い意味で注目を集めてしまう。
俺に許されているのは対抗戦を真面目にやり切ること、その一点のみなのだ。
「じゃあ、五人で頑張ろう。目標はあの静城さんに勝つってことで!」
「いやいやそれが出来れば苦労しないだろうが!!」
「でもやって見なきゃわからないだろう?それに、あくまでも目標は高く、だろう遠見」
そんな俺の考えを知ってか知らずか、一条はできもしない目標を掲げる。
それが一体どんな意味を持つのか分からない訳でもないのに、どうしてああいう人種は出来もしない様な事を平然とのたまうのか。
俺には理解できない勘性だ。
この分ならさっさと塚野の呼び出しに応じて逃げた方が建設的だろう。
本当に、辟易する。
「それじゃ、先生の連絡も終わったし先に帰るわ」
「え、でも黒谷だって対抗戦のメンバーだし、作戦会議はしないとダメだろ」
「……いや、そうは言っても俺が出来ることなんて少ないし、この後呼び出されてんだよ」
「あー……呼び出しか……なら、また明日な。明日も作戦会議はするからこっちは出席してくれよ」
ああ、と一条に返事を返して教室を後にする。
全く、面倒な事をしなければならなくなった。
本当に、今からやるらしい名ばかりの作戦会議に意味はあるんだろうか。
どうしてもそう思わずにはいられない。あの静城相手に勝とうというなら、まず静城に課せられた縛りの内容を把握しなければ始まらないというのに。
これは一種の憐れみだ。
無論一条達も考えなしという訳じゃないだろう。寧ろ目標を高く持ってその為に考えを巡らすというのは正しい選択だと思う。
だが、できもしないことを相談してもそれは相談ではなく、できるできないという水掛け論に過ぎないただの押し問答だ。
詳しい事なんてこれっぽっちも知らないが、こっちのできることとあっちのできる事を把握するかそれができる奴が相談の場に居なければ多分そうなる。
一条がその辺りを分かっていればもっと実入りのある話し合いにはなるだろうが、最初から静城に勝とうなんて言うくらいだから期待するだけ無駄かもしれん。
「はぁ、遠見あたりに代わってもらいてぇ……」
無理と分かっていてもそう嘆かずにはいられない。
一条が失敗するならまだしも俺が失敗して他の奴に迷惑がかかれば、俺が維持してきた平穏な生活も一気に崩れ去るだろう。
せめて一条達が現実的に考えて相談しているようにと祈りながら、塚野や静城のいる六組の方へ向かう。
だが……、
「……帰るんじゃなかったのか黒谷」
そう言って俺の右肩に手を置いて引き留めたのは、遠見だった。
「帰るつもりだ、塚野の用事が終わったらな……」
「お、何だお前も塚野に呼ばれてんのか」
「ああ、何か静城に関して話があるとかなんとか」
「え、黒谷も?」
「ん?…てことは遠見もか」
初めコイツのことだから俺にちょっかいの一つでも掛けに来たかと鬱陶しく思ったが、どうやらそれが目的でもないらしい。まあちょっかいを掛ける気はあっただろうが本命は俺じゃなく塚野の方。
つまりは俺と遠見は同じ理由で塚野に呼び出されたということだ。
だがそうなると、少し気がかりが残る。
気がかりというよりは疑問に近いのだが、とにかくこの状況が不思議に思えた。
「でもまあそれなら丁度いい、さっさと行って要件を聞こう」
「……お前そればっかだな。思いやりの心はないのか最近の若者は!」
はは、まさに笑止千万な話だ。
あろうことか俺に思いやりを説くなんざテロリストに平和について説くみたいなもの。全く無駄な話である。
それでいて、最近の若者で括れば遠見だってそうなのだが、多分そこまで考えて言ってないだろう。
「取りあえず、だ。俺とお前の目的は同じだし、六組に行って早いとこ塚野を呼んだ方が良いだろ」
「そうなんだけどさ……、多分、静城さん関係でまた何かあったんだろうなぁ……」
「何か?」
また、と言うからにはこれまでにも静城が原因で何かしらの問題があったのだろう。
俺は知らなかった、というか静城が同じ学校に通っていることにすら気づいていなかった時点でお察しだ。
そう考えるとつくづくランキングだったり能力者の事について無知過ぎる。というか無関心過ぎる。
……今後はもうちょっと興味を示した方が良いのかもしれない。
それはそれとして、俺の疑問については六組に向かうまでの話のネタとして遠見がすらすらと答えていく。その内容はやはり俺にとっては至極どうでもいいことで、一気に心が冷める感覚を覚えさせるものだった。
「ああ、……まあ黒谷は知らないかもしれないけど、対抗戦の時っていつも静城さんのクラスは静城さん一人だけのチームなんだよ。ハンデってことになってるから仕方ないんだけどさ、高位にいる奴なんかはどうして自分が出れないんだー…とかなる訳よ」
「……それが?」
「いやだってさ、静城さんがいると自動的に対抗戦のメンバーが静城さん一人に固定されるじゃん。だから他に出たいって人の活躍する場面が奪われちまうから、その関係で何かしらいざこざが起こることが多いんだよ」
「……そうか」
くだらない。
遠見の話を聞いて感じるのは、やはりそれに尽きる。
活躍活躍と、求めるのは勝手だが、それを作るのは他人じゃない。自分だ。
そいつらはそういった場を相手に求めている時点で大した奴じゃない。
第一活躍するような人物はそういう場が無くとも名が売れるもの。努力をしていないからと無責任にのたまう気はないが、俺から言わせれば文句を言う暇があるのなら動け。その分の時間が無駄だ。
「ま、後は塚野に聞けば一発で分かるだろ」
「……予想、はずれてるといいな」
そう言うと遠見はこっちを向いたまま固まった。
何か信じられないようなものを見たような顔だった。
「おま……どうした?」
「なんだよ、面倒だろそうなったら」
そう聞いた途端に、今度はガックリと肩を落とす遠見。
いや、どうしたと。
いつもなら聞くところだが、それは六組から聞こえた喧騒を前に消え去った。
「―――じゃあ、あたしらがどれだけ努力しても無駄だってのかよ!!!」
「……いや、……じゃ……」
「もういい!!勝手にやってればいいじゃん!!!!」
いや、喧騒というよりは一方的に啖呵を切った、というのが正しいか。
その声の主と思われる女子生徒は教室の扉を勢いよく開けると、そのままこっちの方へ駈けて来る。
肩がぶつかるのもお構いなしに方向からして昇降口の方へ行ったようで、かなり興奮した様子だ。
「なぁ、今のって……」
遠見が言うまでもなく、今の場面を耳にして状況は分かった。
予想通りというか、何と言うか……。
「ちょっと陽菜ちゃん!」
それでも状況を確認しようと六組の教室に近づいたところで次に姿を現したのは、俺達を呼びつけた張本人である塚野だった。
「…行っちゃった」
「えっと……なんか思ったよりやばいことになってんのな」
「あ………うん」
遠見の声で俺達に気づいた様子の塚野はまだ走り去っていった女子生徒の方が気になるようで、既にいないというのにもかかわらずじっと廊下を見つめている。
俺はそんな塚野に声を掛けるのも気が引けて、開いた扉から六組の教室を覗く。
そこにはやはり、中央辺りに佇む静城の姿があった。
その表情は若干影が差しており、静かに唇を噛んでいた。だが、はっとした様子で教室を覗く俺に気づいた静城は俺が声を掛ける暇もなく自分の鞄を手に取ると、その場から一瞬で消え去った。
恐らく、空間転移だ。
「………」
見る限り教室の雰囲気は限りなく悪い。
その原因は現状を見る限り静城か、さっき走り去っていった女子生徒にあると見て間違いないだろう。
そうでなければこの状況で一言も発さないというのは………いや、違う。
おかしいのは、誰も一言も喋らないこの状況だ。
普通ならクラス内のいざこざ何てものは、その嵐の目が過ぎれば目撃した誰かがそれについて話してもおかしくない。
だと言うのに、よくは聞こえなかったが静城が責められているように感じたあの空間をまるで許容し、結託しているかのようなこの雰囲気は俺から見ても異様に映った。
「あはは……こめんねー何か変な空気にさせちゃって」
「それは別に構わねえけど、……この状況は?」
「……うん、今日二人を呼び出したのは正にこれについてでさ。本当は昨日呼ぼうと思ったんだけど、さっき出て行った陽菜ちゃんに付きっきりで……」
そう言って俯いた塚野は憂うように逡巡し、縋るような瞳を向ける。
「…………折り入って、相談があるの。……風香ちゃんと、私達のクラスについて」
塚野はしっかりと俺達二人を真っ直ぐに見つめていた。
それだけで、塚野がどれだけ抱えている問題について真剣なのか見て取れる。
その内容も、塚野がどれだけ友人や他人を思いやれる子なのか見て取れる。
全て、俺が持っていないもの。
勿論俺がこの問題に首を突っ込む理由はない。
ないが、こうして、この剣呑な空気の中俺達に助けを求めるその勇気と英断は高く評価できる。
だからこそせめて話くらいはと、柄にもなく相談を聞き入れることに踏み切ったのだった。
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