テスト初日の月曜日
目を、覚ます。
視界に映る限り、薄暗く、静かで、無機質なコンクリートに囲まれた一室。
その中央辺りで座って眠っていた俺は目を覚ます。
状況が理解できず、取りあえず動こうかと思えば、動けない。
それも当然で、よく見れば手足は縄で椅子に縛られていた。
その時点で動くのは無理だと判断し、それでもどうにかしようと俺は次に首を動かす。
だがやはり目に映るのは、コンクリートと俺から見て真正面にある頑強そうなドアだけだった。
「ここは……?」
混乱して思考が動かないことを自覚しながらも、取り乱したりはしなかった。ある程度は予期していた事態だったからだ。
俺は『神託』に従い、シロから能力を貰ったその日から今日まで、裏で犯罪者と戦ってきた。
最初は確かに面倒だとか色々考えたが、その内諦めた。
俺が動かなくても誰かが解決する。
結果的に見ればそうだろう。
だが、その面倒事は回避できないものもあった。
避けようとしてもあっちから向かって来られればそりゃ動かない訳にもいかない。それに、俺が動いた時の方が動かなかった時よりも圧倒的に被害が少ないことも理由の一つだ。
故に、俺は『神託』から逃げなかった。
それはつまり、この三年近く裏で事件に介入して、犯罪者と戦い勝ってきたのだ。
その中の誰かにゆかりのある人物から恨まれていたって不思議じゃない。
故にこの誘拐劇はそんな奴の内の一人だと結論付けることが出来る訳だ。
もしもそうでないとしても、何処かの誰かが俺の能力を何かしらの方法で知り、ああしろこうしろと脅しをかけられるくらいか。
だが、どちらにせよ問題は皆無だ。
こちとらそうなるであろうと思って色々と情報を操作して来たんだ、相手がどう来ようが端から脅しにならない。
その時、ガチャリと扉が開く。
俺が目覚めてから大体二~三分と言った所だった。
おかげで大分頭も冴えてきた。
まずは存分に情報を引き出させてもらおう。
そして、ドアから一人の男が姿を現した。
「黒谷、蒼太だな……?」
髪色は染めているのか、能力発現の影響かは知らないがやや黒ずんだ金髪。
顔立ちはアジア系だった。だが、日本人という訳ではないようで、黄色人種ではあるが日本人よりも平たく目つきも鋭い。
特徴的に中国あたりの人間だと予想できる。
体はアフリカ人のようにがっしりとしていて肩幅が広くその筋肉量も常人のソレ以上。
更に言えば、身長も高くおおよそ百九十センチはくだらないだろう。
まるで目の前にいるだけで人を威圧できそうな出で立ちの男がそこにはいた。
「そうか…………単刀直入に言う。お前の権能とやらを使って協力してもらう」
「断る」
即答だった。
だというのに男は俺の発言に眉一つ動かさない。
何かしらのアクションを起こすかと思ったが、どうやら当てが外れたらしい。
「そうだろうな、なら仕方がない……」
そう言うと、男は静かに部屋を後にする。
それからしばらくもしないうちにまたドアが開く。
今度は何だと目を向けて、言葉を失った。
「ンーー!!ンンーーー!!!」
今度は入ってきたのは男を含めて二人。
男と、手を後ろ手に縛られて拘束され、口をガムテープで塞がれた妹の紅葉だった。
「ッ!!」
それを見て、俺の怒りは静かに爆ぜた。
だが、顔には出しても務めて騒がず、冷静になって頭を回す。
この男をブチ殺すのは、紅葉の安全が確保されてからでも遅くない。
「本当はやりたくないんだがなぁ……」
そう言いつつも、男は口角を釣り上げる。
そして、その汚い手を紅葉の頭へと伸ばす。
「……警告だ、紅葉を離せ」
俺はそれを、最後通告とした。
「どうしてだ?離せば見せしめにならない」
それを聞いた瞬間、俺は直感した。
遅かった、と。
「ンンーーーー!!!!」
『―――ッ!!紅葉を―――』
「アハハハハハハッッッ!!!!遅ェよ!!!!!」
俺が言葉を言い終える前に、男の高らかな笑いと同時に、眩い閃光が目の前を支配する。
「……あ」
バチバチとそれはこのコンクリート一面の部屋を撫でるかのように轟き、この場を支配する。
そしてそれが晴れた時には、もう何もかもが遅すぎた。
男が手を置いていた、頭だったもの。紅葉ほどの身長で、紅葉ほどの体格をした、紅葉だったもの。
それは最早人だとは判別がつかないほどに黒焦げの物体と化していた。
「………ぁ」
決して、決して人が、ましてや女の子が、妹が終えていい終わり方じゃない。
数秒前には確かに息をして、表情を持って、生きていた。
それが今は――――――
「ハハハハ!!!!見ろコレ!!全身黒焦げで死んでやがる!!前やった時はここまで綺麗に焼けなかったのによォ!!!!ここまで来れば誰が見たって男と女の区別もつかねェだろうなァ!!!!!」
男の高笑いが鼓膜を支配する。
今見ている目の前の光景がどこか遠くに感じて、音も遠くなって、俺は、事実に置き去りにされた。
見ていることしかできなかった。
「……ハハ」
今、笑ったのは誰だろう。
「ハハハはぷげっ゛!!!?」
今、死んだのは誰だろう。
ただ、目の前にあるのは、今弾けるように死んだクソ野郎と、妹だった黒い炭。
紅葉が、死んだ―――――
その事実が俺の神経を、脳髄を、思考を、ゆったりと浸食していった。
◆◆◆
「―――ハッ!!?」
………夢?
視界に映るのは、コンクリートではなく、俺の部屋。
手足は縛られていないし、俺は俺の部屋のベットで眠っていた。
……なんて寝覚めの悪いものを見たのだろう。
心臓はうるさいくらいに鼓動を響かせ、肺は空気を求めて荒い呼吸を繰り返す。
体中べっとりと寝汗を欠くくらいには、うなされていたのだろうか。時計を見ても午前五時と、平生の俺なら余裕で寝ている時間だ。
取りあえず、シャワーは浴びなきゃいけないだろう。
こんな寝覚めは初めて人を殺した時以来だ。
あの時だって、しばらく肉類を見ることすらできなかったし、ましてや口にもできなかった。
大変だったが、それと今回は全くの別種だ。
身内、それも俺が心を許す数少ない人物である、妹の紅葉が……。
「……何で、こんな夢なんか」
たった一人の妹が、殺される夢なんて。
「……はぁ」
深く、ため息をつく。
このもやもやとした思いも一緒に吐き出すように、深く。
今日は月曜日、中間テスト初日だ。
◆◆◆
五月も最後、爆破から始まった地下鉄占拠テロ事件から土日をまたいで月曜日。
天気は快晴、雲一つ見つけることすら難しいくらいだ。
季節的にもうそろそろ梅雨に入る時期だと言うのに、この天気からは想像もつかない。
けれど、気温は既に鬱陶しさを覚えるくらいには暑く、それが春の終わりを告げているようで少し寂しくもある。
そんな夏の始まりを予感させる暑さの中、俺は気怠さを抱えつつも学校までの通学路を歩く。
いつも通り、八時十五分くらいに学校へ着くように。
中村の孫をよろしく発言から、中村は言うことは言ったとばかりに車を発進させてしまい、去ってしまった。
結局、この言葉の意味は分からず仕舞いで終わってしまったが、静城達に連絡するよりも先に俺はシロへと連絡していた。
やることは勿論、中村の言ったことの事実確認だ。
結果、分かったことは中村の言っていたことが全て事実だったということ。
ついでに、シロ曰く能力を渡した人物は俺で三人目だそうだ。
最初が、丁度第二次世界大戦真っ只中の時、ある青年に、次に戦後から数十年間ある少女に、そして現在の俺に至る。
そう考えれば俺の前任は相当覚悟ある人だと言える。
戦後当時と言えば、能力者が初めて確認された時のことだ。当然今と比べて体制が整っていないから、力を持つ能力者は付け上がる。
例え少数派だとしても、一定数はいる。敗戦した日本にそれを鎮める余力が残されている訳もなく、被害を最低限に抑えるくらいしかできないのが当時の現状だったはずだ。
そんな世紀末状態の日本でシロから能力を渡されれば、後はシロの『神託』と言う名のサイレンが鳴り響く限り前任は面倒事へ首を突っ込まざるを得ないだろう。
それこそ、一日に三回とか五回では済まない数の面倒事を相手にしなければならなかったかもしれない。
……正直、俺の時にそうならなくて良かったと、心底思った。
それから、静城達に関して。
まず、静城からはL○NEが届いていて、内容とも言えない内容がこれだ。
十七分。
一目見て、なんだこれと思った俺は悪くない。……はずだ。
だがよく考えれば単純な話だった。
恐らく、これは影が晴れるまでかかった時間だろう。
そうなれば、うん。
二分過ぎた……。
いや、もうこれは甘んじて受け入れるしかない。
何を?罰をだ。
静城には十五分で終わらせて来いと言われて、それで出来なかったのだからまあ当然の話だ。
さて、終わった話をいつまでもうじうじと語るつもりはない。それはそれで置いておいて、今日の話だ。
いや、今日の話も正直あまりしたくないが……。
今日は先週の金曜日に俺と静城を含めた四人の勉強会の成果を見せる時、中間テスト、その初日だ。
いつものテスト前とは違い、今日の場合は教科書を広げながらひたすら暗記なんてことをしなくていい。
いつもなら最後の追い上げとばかりに、教科書を広げてひたすらに読んでいた。
普段ならそんな通学路でも教科書を広げるなんて危ないことはしないが、テスト前なんざ一分一秒が惜しい。どんな時間であろうとこの時ばかりはがり勉並の勉強量を維持したままテストに臨んでいたのだが、それでも点数は一向に伸びなかった。
これだけやっても全教科の点数は平均点よりも少し上程度なのだから、テスト前の俺の焦燥感を知って欲しい。
だが今回は違う。
頼もしい面々が金曜に力を貸してくれたのだから、テストという一点において今までの俺を圧倒的に凌駕したと言える。
それだけ蜜の濃い時間を過ごせたのだ。
そう、それはきっと俺だけではないはず。例えば……塚野……。
あいつは数学が、いや算数ができるようになったのだろうか………。
あれだけ遠見に扱かれていた所を見ると、多少マシになったんだろうとは思うが結果を見るまでそれはわからない。
できていなければ遠見のお節介スキルが発動してまた更にみっちりと扱かれることだろう。
「なんにせよ、これで少しは点数も上がってると嬉しいんだがな」
そんなことを考えていると、意外な人物の後ろ姿が俺の視界に映った。
「……静城か?」
あの小動物を思わせる低身長に、腰辺りまでさらりと伸びた栗色の髪は俺の知る限り間違いなく静城の特徴と合致した。というか確認するでもなく静城だった。
出会ってから一週間しか経っていないが、その時間の濃さもあってかどうにももっと長く関わってきたような気さへする。
そんな静城だが、この時間帯で、ましてや歩いて学校へ向かっている姿が妙に可笑しく感じてくすりと笑う。
本当なら<空間操作>十八番の空間転移で道を歩く必要はないからだ。
でもこうして会えたのは好都合だ。静城の勉強に付き合っていた身としてはその後の進捗が気になる所。
故に挨拶も兼ねて俺は声を掛けた。
「おはよう」
「ひっ!?……うん、おはよ」
……。
「……そんなに顔怖いか?」
「朝は…………びっくりしただけ」
その間が気になるが……しょうがない。俺の顔つきに関しては諦めている。
そう、だからいきなり肩を揺らして驚かれたことなんて気にしていない。ないったらない。
「あれからどうだ?テストの自信とか」
「……いつもより、何とかは…なりそう」
「そうか」
なら安心だ。
「そういや、テストが終わればクラス対抗戦あるんだっけ?例の一クラス五人チームの」
「……うん、私は、一人だけど……」
「え?……ああ、そうか」
よくよく考えてみれば合点がいく。静城はランカー二位、普通にやれば他クラスが秒殺されるのは必須だ。
これじゃあクラス対抗と言う名の出来レースにも程があるし、フェアじゃない。
よって、静城自身に何かしら制限を設けるのは当然の処置だと言える。
その内の一つが、静城一人だけのチーム、という訳なのだろう。
「まあ仕方ないだろ、誰が悪いとかじゃなくて当然のハンデだ。じゃなかったら誰も勝てねえし」
「……うん。そうだけど……」
……何となく、静城の歯切れが悪い気がした。
「納得できないってか?それとも何か不満が?」
「……両方」
いつものすり寄って来るような感じがない静城に若干の違和感を持ちつつも話を続ける。
どうやらクラス対抗戦のハンデについてよく思っていないようだ。
「何が不満なんだ?別に方向性としては間違ってない気がするが」
「……足りない、全然。これじゃあ学校中の誰とやっても、勝てるから」
何とも、自身たっぷりなようで。
「こんなハンデで勝っても、上代有紀に、勝てない……から……」
なるほど、静城はあくまでも上に拘っているようだ。
何がそうさせているのかは知らないが、静城の言っていることは概ね理解はできる。
「だから?」
「だから、もっと……難しくても、いいと思った」
ふむ……つまりは、簡単過ぎてつまらないと、そう言いたいのか。
俺からすれば、何とも傲慢なことを言ったもんだと思う所だが、静城からすればそれは至極当然なことなんだろう。
世界のトップテン、その中で二番目の地位にいるというのはそれだけの実力があるということ。
傲慢はその自負の現れでもある。
「なら、次の対抗戦は余裕の勝利だな」
「……ん」
やはりというか、何となくいつもより覇気がない…というか考え事をしているような感じがする。
言葉にするなら、目先のところにとらわれ過ぎているような、そんな感覚に近い。
「……ま、対抗戦の前にテストがあるから、気は抜けないけど頑張れよ」
「……蒼太は、出ないの?」
「対抗戦に出る奴はクラスの中の上位五人だからな、俺はどうせ入ってない」
「…そっか」
なんにせよ、究極的に静城がどんなことに悩んでいようが、いまいが、俺には関係のないことだ。
触らぬ神に祟りなし、俺は学校に着くまで静城との空虚さを感じる会話を楽しむことにした。
よろしければブクマ、感想などどんどんください。




