俺の駒になれ
先月は1話しか投稿できなくてすみませんでした。
リアルが忙しかったので普段すらも遅い執筆作業が更に遅くなってしまい目も当てられない始末になってしまった、自分です・・・。
中村は俺を死神と呼んだ。
ブラフで動揺を誘うようなカマをかけてけた訳でもなく、確信を持って放たれた。
俺を見据える中村の目はまさに獲物を捕らえる肉食獣のそれだ。
間違いない。
中村はもう、『死神』が俺なのだということを認識している……!!
その事実に思わず小さく舌打ちを漏らす。
それ程に面倒なのだ、『死神』の正体が俺なのだとバレるのが。
隠しているということは、それが弱みになるということだ。
それを理解している人物に情報が漏れれば、それを餌にして俺を良いように使おうとするに決まっている。
俺と言う情報の漏洩、若しくは分断した遠見を人質に取って脅しをかける。
このどちらも弱みとなり得る。
知らない所で何の関係もない人物がどうなっても、俺に一切の不都合はない。だが、それが遠見にまで有効な訳じゃない。
ただただこの場から離れたいという俺の我儘に遠見を巻き込む訳にはいかないのだから。
やはりこういう時こそ、一人で行動していたのならと思わずにはいられない。
もしも俺が一人だったのなら、何の被害も考えることなく適当な理由でも作って早々にこの場を離脱して……。
……いや、そうだとしても不自然であることには違い無い……か。
こうしてのこのことこの場に来てしまった時点で、この駆け引きの決着はもう既に付いてしまっている。
「どうかしたかい?」
多分、必要以上に俺は中村を見据えていたのだろう。
この場から動かない俺に中村は声を掛けてくる。
どの口が、と内心で声を荒げる。
全て、全て不自然無く誘導した挙句にその要求はほぼ一方的に聞かせるつもりなのだろう。
相手は俺の弱みを一つならず二つも握っているのだから。
「別に、なんでもないですよ……」
「そうかい?……さあ、車に乗ってくれ」
中村は先導し、後部座席のドアを開けた。
俺にはそれが地獄への入り口にも等しく見えた。
まるで、どうしても逃げれない俺を嘲笑うように。
「まぁ、仕方がない……か」
ぽつりと呟き、俺は意を決して足を踏み出した。
◆◆◆◆
同刻、事件が終息し安堵の表情を浮かべながら人々は続々と駅から外へと誘導され、駅前にはそれらの人でごった返していた。
外へ出たといっても、事情の聴取やらでまだ少々の時間この場に留まることになるだろう。
そこから少し道を外れた、ビルとビルを繋ぐ入り組んだ裏通り。
空には雲が出ており、夕日により鮮やかな緋色を纏って、まるでこれから来る夜の帳を歓迎しているようにも思える。
だが適度に細く適度に広いこの裏通りには、辺りの建物に阻まれその幻想的な光もあまり届いてはいない。
更に言えば、ここの人通りは表と違いほぼ無いに等しい。
そんな閑散としているこの場所だが、一つだけコツコツと足音が響いていた。
それも駅前の喧騒でかすれるようなものだが、それでもこの場に響いていたのはそれだけだ。
その足音の正体はアタッシュケースを片手に持つ、白衣が特徴的で眼鏡を掛けた男。
―――日野敦だった。
「……ん?」
何かに気づいた様子で日野は歩いていた足を止める。
傍から見ればそれは道端に気になるものを見つけ、立ち止まるようにも見える。
だが、日野を纏う雰囲気はそんなものでは断じて無かった。
一言で言い表すなら、それはまさしく”警戒”だ。
詐欺師を相手に猜疑心を膨らますかの様に、何かを感じ取った日野は直ちに警戒を始めた。
しばらく、時間にして一分もかからない程度が経過する。
だがそれは当事者からすれば五倍、十倍にも感じる長い長い時間だ。
そして、それはまるで今さっきまでそこに立っていたと思わせる程に自然に、一瞬にして日野の前にその姿を現した。
「……よぉ、やっと尻尾を掴んだぞ。日野敦」
「誰かと思えば……、お前か」
その人物を確認した瞬間に、日野の膨らませた警戒心は一気に萎んだ。
まるでそれは目の前の人物に憐れみを抱いた様に、嘲る様に警戒心は萎み、やがて解かれる。
「何故、警戒を解く日野」
「何故?当然だろう。なんせこの場に居る時点でお前は自身の敗北を晒している様なものなのだから」
その行為に現れた人物は憤りを覚える。
自分の実力に自信を持つからこそ、日野が警戒を解いたことに対して納得がいかない。
だって、自分は今この白衣の男を一対一の状況にまで追い込んでいるのだから。
それなのに、この状況を理解しているというのに日野はこの場に現れた人物を目の前で嘲笑ってみせたのだ。
これに怒りを覚えない訳がない。
「確かに、こうして一対一の状況になったのはお前が初めてだ。だが、お前が相手では話にならないと何故解らない?」
そうやって、日野はそんな状況に追い込んだ相手を話にならないと豪語した。
「なぁ、―――上代有紀」
その人物、世界ランキング一位の上代有紀を前にして。
「牽制のつもりで能力を公開したのかは知らんが、お前がどんな強力な能力を持っていたとしても能力者という枠組みから抜け出すことは出来ん。何処まで行っても能力は能力、出力に差異はあれど桁の上限が増える訳でもあるまい」
聞き分けのない子供に言い聞かせるように話す日野には明らかに上代に対する失望と呆れが見て取れる。
当然、そんなことを言われても上代にわかるのは勝手に期待され、勝手に失望された挙句馬鹿にされたということだけ。
日野に浅くない因縁を持つ上代からすればこの侮辱は流石に耐えがたいものだった。
確かに上代有紀は<因果操作>という強力極まりない能力を有してはいるが、その実態は日常を愛し謳歌する普通の中学生であり、誰がどう解釈しようが子供であり学生であるという認識は不変だ。
それ故に精神的にどうしても未成熟な上代には、これを飲み込む様な寛容さを持ち合わせてはいなかった。
「…じゃあ、試してみるか?」
「……何を?」
「俺の能力がお前に通用するかどうかだよ!!」
そこから上代の行動は実に迅速だった。
日野から見て、上代の姿が一瞬ブレたと思った次の瞬間にはもう、上代はその右手で日野の喉を掴んでいた。
正に反応すら許さない速攻に日野は言葉を失う。
「どうだ?反応できたか?できなかったんなら、お前は俺と戦う土俵にすら立ててねえぞ日野敦!」
「確かにそうだな。反応できなかったのは事実で、戦いすら成立していないこともまた事実だ」
だが、そんな上代を前にしても日野の態度は一向に崩れない。
あの他者を見下す傲慢な態度はなおも健在だった。
どう見ても今圧倒的に上の立場にいるのは上代の方であり、捕まっている日野の態度は明らかに不自然だ。
だが、それと同時にどこかでそうじゃないと上代は自信の優位性を否定する。
日野の態度は不自然などではなく、不気味なのだ。
この状況で、この場面で、この男は口元に笑みを浮かべているのだから。
「だから、俺はお前が滑稽で仕方がない」
「うっ!?」
黒炎が瞬く間にその場を支配する。
圧倒的なまでの熱に上代は声を上げ、反射的に手を放してしまう。
その原因は、闇の様に煌めく黒炎をその身に宿した――――――日野だ。
「どうした?持前の因果歪曲が発動していないようだが?」
「な、んなんだ、これは!?」
上代は驚愕していた。
常時発動している自身を防衛する因果の嵐、被害のあるものを無茶苦茶な方向へと軌道を変化させる結界がまるで意味を成していないからだ。
上代も静城同様攻撃を受け付けない鎧を纏っていた。
けれど、先ほど上代の身を焼いた黒炎はそれを易々と突破せしめて見せたのだ。
普段その因果乱す鎧があることで、上代は自分が傷つくという事に対して耐性が無かった。
故に、その感情は爆発する。
「能力者である以上、俺に敵う道理はない。これで分かっただろう、土俵に立てていないのはお前だ」
「……えせ……」
「ん?」
「未来を返せ!!」
因果が曲がる。
上代の言葉をによる命令を果たさんとして、現実が捻じ曲がる。
その結果、上代は今もなお吹き荒れる黒い炎へと能力での干渉を始めた。
――――――だが。
「無駄だ」
ピシリと、何かにヒビが入るような不快音が辺りに広がる。
「……は?」
その音の正体は……空間そのものだった。
空間そのものにヒビが入っているのだ。
そして、それは日野と上代の視界いっぱいに広がり、やがて――――――。
「俺の権能を前に、お前の能力など効きはしない。大人しく諦めろ」
けたたましい音を響かせながらまるでガラスの様に空しく砕け散る。
破片は空気に溶けるようにして消え失せ、光景だけ見ればとても幻想的な雰囲気を映し出していた。
だが、その実態は形容しがたい程に残酷な結果だ。
上代には、それが嫌と言う程に理解できた。
この破片は自分が操ろうとした因果の欠片だと。日野の放つこの黒い炎に触れた途端にそれが砕け散ったということは、例え間接的でも、直接的だとしてもこの男の因果を操ることは不可能だと。
自分の絶対が一切通じない相手なのだと。
そう悟るには十分過ぎる結果だった。
「未来…奥山未来。お前と幼馴染だと知った時は数奇な因果だと思ったものだ」
奥山未来。
上代有紀が自分の危険をも顧みずにこうしてこの男の前に現れた理由の全てだ。
この男、日野敦に欺かれ幼馴染である奥山未来を攫われた。
それが許せなくて、俺は……!
火の粉の様に消え入りそうだった敵意、戦意を再び燃え上がらせる。
上代の能力、<因果操作>。
それは現在、未来に起こる又は起こり得る事象を、因果を操ることによって物事の過程、結果を操る能力である。
そんな強力な能力でも、弱点として過去に起こったこと、確定してしまった事象を操ることができないのだ。
だから、奥山が攫われたと知った時に何処に行った、どうしていなくなったのかを知れてもそれを無かったことにすることは不可能だった。
だが、そうして指をくわえてじっとしていられる上代ではなかった。日野敦に関する情報を集め始めたのだ。
今どうしているのか、何処にいるのか。どういうことをしている人間なのか。
上代は奥山を取り戻すために様々な行動を取った。
世界ランキングに加入したのも、その行動の一環だった。
この制度は名を売れば売る程に、それだけ情報のパイプが広がる。
いきなり上代が一位を取りに行ったのは、それだけの地位に就いた後のパイプを考えてのことだった。
だが、いきなり台頭すれば勘ぐられることは必須。
故にこれまで名前以外の情報をシャットアウトしていたのだ。
そうすることで、少しでも自分の動きを分からなくしてずっと水面下で今の様な好機を窺っていた。
だが、少し前に中村を名乗る能力課の人間が日野の居場所に関する情報を寄越したのだ。
千載一遇の好機を持ってきた中村の誘いは渡りに船だった。
そんな今までの苦労に比べれば、少し能力に差がある程度で諦める訳にはいかなかった。
あのいつも通りの、未来と二人で笑って過ごす日常をもう一度。
そう切に願う上代に残酷な選択を強いられるのは、再び決意を固めた瞬間だった。
「上代有紀…。お前の目的は奥山未来の奪還だな」
「……だったら、なんだ」
人を攫うくらいなのだから、あくどい事をしているに決まっている。
そう思う上代は確かに間違いではなかった。
一般的に見て日野のやっていることは上代の言うあくどい事に間違いはない。
だが、その内容を知らない上代は今、知ることになった。
―――攫われた者が一体、何をされているのか。
「…取引をしよう」
そう言って日野は今まで手に持っていたアタッシュケースを地面に置き、懐から携帯を取り出してある写真を表示して上代に突きつけるようにして見せた。
「俺の駒になれ。そうすれば、これ以上コレに手は出さない」
その時の日野の表情は嗤っていた。
「……え」
血の気が引いた。
それを自覚した上代はこれ以上ないくらいに、絶望していた。
日野の携帯に映っていたのは、粗末な病衣に身を包み、手足を縛られている様を晒して、まるで今からよからぬ実験をされる小動物のような奥山未来の姿だった。
「……そ、そんな……」
上代が考えていた以上に日野の行いは看過できないことだった。
その後の奥山がどうなってしまったのか、上代が知る由もないが自分に何ができるのか考えた時、その答えは言わずもがなであった。
写真を撮った時の因果を見ようにも、分かることはそれが過去に撮られたものだということ。
それが何時何処で撮られたものなのかが分からないために下手を打てば危うくなるのは奥山未来の方なのだ。
「さあ、どうする?俺を下して奥山未来を取り戻すか、俺の駒となって奥山未来の被害を逸らすか、選ぶのはお前だ上代有紀」
日野は上代に二択の道筋を指し示す。
実質的には一つしか選ぶことを許されない二択を。
「……わかった」
当然上代に選ぶことのできる道は一つだった。
「駒になる……だから……!!」
「あぁ分かっている。これ以上奥山未来には手を出さないし出させない。俺とお前を結ぶものは奥山未来に関する信頼だ。それが破られることは絶対にない。だから安心するといい」
憎たらしい程の笑みを浮かべて日野は言った。
そしてもしも、この一方的とも言える取引に付け加えることがあれば、それは……。
日野敦が奥山未来には手を出さないのではなく、奥山未来に手を出す必要がないことぐらいだろうか。
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