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いかなる人物でも油断ならない者は少なくない

 俺が歩いてホームに辿り着いたとほぼ同時くらいのタイミングで、駅全体を覆っていた影は影山のいた線路の方へと集まるようにして引いていった。


 これでしばらくもたたないうちに警官たちが突入してくるだろう。


 「黒谷」


 ある程度予定を立ててこの場から離れるための算段を整えようと考えを巡らせる前に、声がかかる。

 

 「ああ、もう大丈夫だ。それよりはやく静城たちと合流しよう」


 声の主は遠見だ。


 コイツは律儀にも俺が来るのを待っていたのだろう。

 さっさと改札前の群衆に混じっていればそのまま自然的になんら違和感など無く被害者であると主張したまま外へ出られたのに。


 それなのに、わざわざこいつは俺を待っていたのだ。

 全く、遠見はどこまでいってもい(・)い(・)奴(・)な(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)。


 「ちょ、ちょっと待てよ。その傷……」


 「傷?あぁ、直ぐに治す。けどまず優先すべきはこの場の離脱だ。裏口でもなんでもいいから、急ぐぞ」


 確かに俺は『能力弾』なる特殊な銃弾をこの身に三発も受けた。

 右胸にふともも、そしてわき腹だ。

 弾はそのまま俺の体へと侵入し、実体となった影で俺を縛り上げた。

 当然、傷口は抉られただろうし広がりもして、出血だってそれなりにしただろう。


 だが、それも俺の<アクセス権>を使えば全(・)部(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)に(・)で(・)き(・)る(・)。


 だからこの傷の手当は後回しにしていい案件だ。

 

 「でも先に怪我を手当しないとダメだろ!!」


 「良いんだよ俺は、こんな傷どうとでもなるからな。それよりも出口を―――」


 「―――黒谷!!」


 先に行こうとする俺を遠見は言葉を遮って止めに入る。


 それはまるで俺を刺さんとするような叫びだった。


 「遠見?」


 「ふざけんなよお前!一人で突撃した挙句そんな傷ついて帰ってきて、俺が黙って居れるとでも思ってんのかよ!!」


 有り体に言って、遠見は俺に怒っていた。


 どうしてと、何故と問いかける暇を与えない押し付けるような怒り。

 何に対して怒っているかなど問う余地を許さないような、そんな怒り方だ。

 

 俺にその訳はわからない。

 俺の言葉に遠見が怒りを見せたという事は理解できる。


 けど、俺にはどこでコイツの琴線に触れたのか、何が理由で怒っているのかが理解できない。


 「けど今はそんなこと言ってるよりも早くここを離れないと、直ぐに警官が駆けつけてくる」


 「上等だ!警官が来ようが何が来ようがお前がその傷を治すまで動かねえ」


 「見つかればそれで終わりだって分かんねえのかよ!」


 「兎に角だ、さっさと治せ。それが後か今かの違いだろうが」


 どうしても俺の意見と遠見の意見が合わない。

 わかっている。これは人付き合いの経験が少ない弊害だ。

 

 傍から見れば俺の意見が間違っているのだろうか、それとも遠見の意見が間違っているのか、俺には分からない。


 けれど遠見が俺の怪我が治ってからでないと動かないと言うのなら、それに従う他ない。


 「はぁ、分かった。少し待て、十秒で終わる」


 俺はそう言うとスマホを取り出して番号を打つ。

 そして独特のコール音の後に呟いた。


 『俺の怪我をなかったことに、服装を元に戻す』


 その瞬間、真っ赤に濡れた服は元の色を取り戻し、傷は消える。

 その変化はこの駅へ来る前となんら遜色は無い程のもので、今の俺を誰が見ても血を流すような戦闘を終えた後なのだとわかる者はいないだろう。


 「これでいいか?」


 「ああ、急ぐか。静城さん達も待ってるだろうし」


 遠見はそう言って止まっていた足を再び動かし始める。


 どうやら納得がいったようだ。


 俺はそれに「そうだな」と答えて遠見と二人で改札口を目指した。


 「ん?」


 その変化は直ぐに訪れた。


 俺と遠見以外いないこの一本の通路に静かに響くのは足早にこの空間へ向かってくる侵入者を示す何人かの足音だった。

 

 それを俺達は確かに聞きとった。

 つまり、もう警(・)官(・)が(・)来(・)て(・)い(・)る(・)。

 事態の収拾を始めているのだ。


 「警察か?丁度いい、この辺でへたり込んでいりゃあ上手く勘違いしてくれるんじゃね?」


 「……あ、ああそうだな」


 遠見の言葉は、この場で俺達の立場を第三者に知らせるには丁度いいアイデアだろう。


 純粋にそう思った。


 けれど、俺はこの状況に若干の違和感を覚えていた。

 喉の奥に入った魚の骨がいつまで経っても取れる気配がない時の様な、変に引っかかりを覚える違和感だ。


 そう、敢えて言うなら―――


 (駆け付けたにしてはあまりにも警官の行動が早すぎる)


 けれど、それを裏付ける様な証拠もない。


 違和感の正体も分からず、俺と遠見はそろって通路の壁を背に座り込む。


 けれどそれも無駄なことだったと、俺達は次の瞬間に知ることになった。


 「は?」


 パン、と何かが弾ける様な音とともに俺達を襲ったのは失明を覚悟するほどの眩い閃光だった。


 「ああああああああああああ!!!!」


 すぐ隣から凄まじい絶叫が聞こえた。

 考えるまでもなく、遠見のものだ。


 俺は別に何ともなくとも、遠見の場合そうはいかない。

 俺は今現在痛覚を遮断している。

 それはどの”痛み”も俺は感じないという事であり、今の様に痛みを感じる程の光を受けても俺には何ら問題はない。


 そうでない遠見がこの光を受けてどうなるか、考えなくともわかることだ。


 けれども、今の光で俺の視界に映るのはただ真っ白な空間だ。

 痛みは無くとも、しっかりと俺の視界は光によって潰されていた。


 「悪いな、これでも立場上どうしてもお前ら二人の視界と行動を塞がないといけないもんで、こうさせてもらったよ」


 「ぐ、ああああ、くぅ……!!!」


 遠見は光で目がやられて余程痛いのか、まだしばらくもだえ苦しんでいる。

 俺は冷静に<千里眼>を発動し、あの閃光を放ったであろう人物を一目見ようと視界を第三者視点へ切り替えた。


 「…それで、そっちの黒髪君は痛がらないのかい?結構鬼畜なことをしたと思うんだけど」


 そこには金に染まった短髪が特徴的な痩せ形の男がいた。

 顔立ちはごくごく平凡なものと言えるが、目立つのはその右頬にあるまるで銃弾が掠めたかのようにして走っている傷跡だ。


 口調はともかく、傷跡と合わせてその厳格な雰囲気を出すタレ目がちな瞳から醸し出される独特な鋭さはこちらを威圧していると思わせるものがある。


 まぁ、それも喋った途端に崩れ去るが。


 「まあいいか。俺は能力事件を担当する能力課の人間で松島(まつしま)っていうんだけど、君達のどっちかに聞きたい。このテロを解決したであろう第三者、知らない?うちらじゃ『死神』なんて物騒な通り名が付いてるんだけど、こっちにも聞き覚えはないかな?」


 松島と名乗った男は静かにそう問いかけた。


 正直な話、俺はこの男が不気味に感じた。

 更に松島が名乗った所属。そこもまた冷や汗が出るかと思うような組織だ。


 能力課。


 まさしく化け物と形容するのが相応しい奴らが抜擢される能力犯罪に対しての絶対力。

 その実力たるや現ランカーを三人相手にしても勝利をもぎ取ることができる奴らばかりだと聞くほどだ。


 「『死神』?どうしてテロを起こした犯人ではなく解決した人のことを聞くんですか?」


 その化け物集団の一人がこうして俺と遠見の視界と動きを封じて、テロのことではなく俺のことを探している。

 それは俺が嘘をつく理由に足り得る。


 一体何を聞かれるのかわかったものではないからだ。


 「何、簡単な話だよ黒髪君。いつもいつもこういう話題になりやすい事件の渦中に現れては俺達の仕事をかすめ取るような奴だからね、相応の戦力はあると言っていいし、それだけで危険因子と判断できる」


 「解決してくれるのに、危険なんですか?」


 「だって、その『死神』の気が変わらないとも限らないだろう?」


 なるほど、と納得する。

 よくよく考えれば十分納得のいく話だ。


 普段事件を解決するのは警察の役目であり、凶悪な事件が起きた時に活躍するのは目の前にいる松島の所属する能力課の人間だ。


 人数が少なく、各県に数人いる程度らしいがその仕事は能力を使った武力的、若しくは平和的な解決だ。


 そんな抑止力足り得る力で平和を保っている能力課の人間よりも、第三者である一般の人間にその仕事を横取りされている状況は芳しくない。


 だから恐らく、活動を自粛してもらうか、引き込んで自分達の力にしたいのだろう。


 そうすれば、どっちにしろあちらとしては都合がいいのだから。


 ――――――ピピッ、ピピッ…。


 「おっと、ちょっと待ってて」


 すると、松島の胸ポケットから何やら音がする。

 松島はの胸ポケットからそれ取り出されると、何やら通信機のようで、恐らく今のは連絡を取るための合図か何かなのだろう。

 その証拠に何言か話し合っているようだった。

 

 「こちら松島。ああ、こっちに民間人がいるから近くにいる人は一人来てほしいかな」


 その言葉を最後に、松島は再び胸ポケットへと通信機をしまった。


 「それじゃあ、そろそろ俺は行くね。しばらくすれば視界も回復するだろうから、大人しく今から来る人の指示に従いなさい」


 そう言うと松島はこの場を去っていく。取り残された俺達はこの潰された視界の所為、或いは目の痛みでこの場を離れようにも動けない。

 松島の言うとおり、後に来るであろう人物を待つしかない。


 「クッソォォ……、まだ目がチカチカする……」


 「痛みは引いたのか?」


 「引いてないわ!!つうか何で黒谷は痛くねえんだよズルいだろうが」


 どうやら遠見は俺が痛がっていないことに納得がいかないらしい。だが、こうしているように喋るだけの気力は戻ってきたようだ。


 「まあそうだな。今俺能力で痛覚遮断してるから、お前と違って俺には目が見えなくなった程度の被害しか出てない」


 つくづくズルい能力だな、と遠見は恨めしそうに呟く。その言葉には俺も同意だ。

 使い方にもよるが、この能力はあまりにも自由が利きすぎる。

 だからこそ、この能力の情報は極力出さない方が俺の身のためでもあり、知っている奴らの身のためでもある。


 「ほんとズルい。いくら貰った能力だっつっても、ス(・)マ(・)ホ(・)に(・)言(・)う(・)だ(・)け(・)で(・)本(・)当(・)に(・)な(・)る(・)ん(・)だ(・)か(・)ら(・)」

  

 「前にも言ったが、そのことは知ってても言わない方が良いぞ。どうせ碌な事にはならない」


 それに、俺は静城を含めて教えた能力の内容だって嘘(・)に(・)塗(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。


 そんな風に俺と遠見が喋っていると、また足音が近づいてくる。

 だが、先程の様にバタバタと駆けるような足音ではなく、ゆっくりとこちらへ歩いてくるような感じだ。


 視界はまだ安定しないが見えてきてはいるため、<千里眼>は使わずにその人物を待つことにした。


 そして、ぼんやりながらもその人物は俺達の視界に入る。


 「やあ、少々手荒な真似をしてすまなかったね。でも、こっちにも色々規則とか規約とかがあって、拘束という形でないといけないんだ。それだけは理解してほしい」


 ぼんやりとした視界に映しだされたのは、年季物のスーツを身に纏う六十を過ぎていそうな老年の男性だった。

 白髪を蓄え、歳相応に顔を覆う皺の数々。目元には小さな泣きぼくろがあり、第一印象として優しさを覚える、そんなタレ目の老人がそこにいた。


 「自己紹介といこう。私は中村泰助(なかむらたいすけ)、能力課では一応松島君の上司にあたる者だ」


 中村と名乗る老人はそう言うとこちらに手を差し出す。

 俺達はその手を取り、未だにはっきりとしない目に苦心しながらもゆっくりと立ち上がる。


 「さて、君達の名前を聞こうか」


 次に聞いてきたのは、俺たちの名前だった。

 だが、穏やかな口調ながらも、中村は俺を、俺達を値踏みした。そうしたと直感的に理解した。


 この人物は、絶対に油断ならないと、俺はこの数秒間で理解した。

 

 「えっと、遠見真司です。秋原高校の生徒で、コイツとはクラスメイトです」


 「黒谷蒼太です。遠見が言った通り、秋原高校の生徒です」


 相手に名乗られ自己紹介を迫られればそれに応えるのが普通だ。

 俺はそれに準えて遠見の後に続いて簡単に自己紹介をする。

 名前と所属を示すだけの、簡単なものだ。

 

 けれど、俺の思考は自己紹介よりも全く別のことを考えていた。

 それは、いかに自然な形でこの場を去れる口実を作るか。

 目を付けられずに済むかという保身だった。


 「遠見君に、黒谷君だね。じゃあ悪いけど、私と一緒に来てもらうよ。なに、簡単な事情聴取をするだけさ」


 「わかりました」


 中村の言葉に、遠見が了承する。一刻も早くこの場を離れたいが、あちらの方から来いと言われれば俺達一般人はそれに従うしかない。


 「じゃあ、ついて来なさい」


 俺と遠見は中村に連れられ通路を歩く。けれどその方向は改札口の方向ではない。

 向かっているのは俺が影山と戦闘を繰り広げた線路の方だ。


 「改札の方、混んでいるから裏口から外に出るけど、電車賃の方は心配しなくていい。経費で落ちるから」


 「そ、そうすか……」


 聞きたいことはそこではないとばかりに生返事で返す遠見だが、その意見には俺も完全に同意する。

 一見して只の一般人相手に何故能力課の人間が出張る必要があるんだ?

 事情聴取をするだけなら、警察からの又聞きでも問題はないはずだ。


 事件の収拾を第一に図るのなら、俺達なんぞその辺にいる警官にでも押し付ければそれで済む話なのだから。


 俺には中村の考えることが分からなかった。


 そこから、中村は俺達を引率して線路へ歩いた。だからといって俺が影山の方へ行った時のように奥までは行かずに手前の方の扉に手を掛ける。


 どうやらここから外へ出るつもりのようだ。


 「困るよね、最近こういう能力事件が増えてきて。君達もそうは思わないかい?」


 扉を開け通路を進む俺達に中村はまるで友達や近所の人間と話すかのような気軽さで話を振った。

 よりにもよって、治安の話であった。


 「え、と……」


 「……」


 そういう質問を、他ならないアンタが言うのかよ!!?

 いかに化け物集団な能力課であっても、警察の一組織だろうが!!


 それじゃあアンタじゃなくても他の一般人とするような世間話と変わらないじゃねえか!

 

 「ああ、やっぱり私の様な人間に聞かれるのは答えずらいか……、現状をどう思っているのか、君達の様な若い世代に聞いておきたかったんだよ」


 「そ、そうなんですか」


 答えずらいとか言う次元ではなく、老体に鞭を打ってまで働いている中村を落胆させたくないとう日本人特有の気遣いというやつだ。

 故に、その質問に答えてくれというのは流石に酷な話だ。


 けれど、中村の言った一言『若い世代に聞いておきたかった』という言葉でかなりそれも軽減された。

 人の心というものはこうした気持ちの上げ下げだけで簡単に懐柔できてしまうのだから。


 もしもこれを狙ってやったのならば、やはり中村という老人のことをどうしたって警戒しなければならない。


 『死神』の正体を悟られる訳にはいかないのだから。


 「まあ、無理にとは言わないよ。もうそろそろ外だしね」


 中村の言う通り、歩いている通路の前方に見えるのは外に続くと思われるもう一つの扉だ。

 こうしてコンクリートと蛍光灯のみの冷たい印象を思わせる殺風景な通路からおさらばできるとなると、そこはかとなく安心感が湧いてくる。


 「それじゃあ、二台の車が停めてあるから一人一台に乗ってくれ」


 そうして、扉の前まで来た中村がドアノブを捻り開けながらそう言った。


 扉の先に見えるのは確かに二台の黒塗りの車だ。けれど、その他に人気はなかった。

 しいて言えば、それぞれの車の運転手と二台あるうちの一台の傍らに立つ女性くらいなものだ。


 「さて、遠見君はあちらの西条君と。黒谷君は私とだ」


 俺は中村の言葉でおおよその状況を理解した。


 恐らくという予想の域を出ないが、それでもこの一般人相手に異質とも思える人払いと俺たち二人を隔離するためだけに整えた環境作りの周到さから、中村は俺と遠見を疑っている。


 「じゃあ、後は頼むよ西条君」


 「はい、わかりました」


 中村と西条と呼ばれた女性は短く言葉を交わした後、先に遠見を連れて片方の車へ乗りこんだ。

 発進はしないことから、車内で事情聴取を行うようだ。


 「さて、こちらも始めようか『死(・)神(・)』君」


 ……前言撤回。


 中村は、間違いなく俺を疑っていた。


 俺はもう既に抜け出すことのできない蟻地獄にはまってしまっていたのだ。

よろしければブクマ、感想など気軽に下さい。

お待ちしております。

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