事件の終息<裏>
お陰様でUA2000突破です。
今後とも暇つぶし程度に読んでいただけると幸いでございます。
薄暗いを通り越し、暗闇と化した本来人の居ないはずの地下鉄。その線路上で俺ともう一人、赤メッシュが特徴的な黒髪の若い男は互いが互いに敵を確認するようにして向かい合っていた。
「…死神」
ぽつりとこぼれるようにして呟かれたその言葉は、恐らく俺のことを指しているのだろう。
それにしても死神、死神かあ……。
自覚は、……まあ半分ある。
こんな目つきの悪い奴がこうも三日月の様な笑みを浮かべていればそんな感想も生まれるというもんだ。
少し落胆しつつも、俺は静かにパーカーのポケットからスマホを取り出した。
そしてそのまま番号を打とうとした時、俺の視界の端に映りこんだものは、壁や地面で見にくいながらも確かにこちらへ伸びる影の様なものだった。
「チッ」
それはそのまま鞭のようにしなりを利かせて俺を潰そうと迫ってくる。
かなりの速さなため、俺は番号を打つことを中断して<高速移動>を発動させて回避に移った。
「逃がすか」
結構な力を込めて後ろに跳び、そのまま左に回り込んで影を回避しようとすると、突然壁が触手の様に変形し、俺の退路を囲むようにして伸びてくる。
「マジかよ」
流石に予想外だった状況を前に、いくら<高速移動>で速く動こうともまるでイソギンチャクの様にして退路を断つ壁、鞭のようにして迫る影、その全てが回避不可能と断じざるを得なかった。
そして変形した壁がトラバサミの様に勢いよく閉じ、それに追随するようにして影の鞭が叩きつけられる。
「……な、馬鹿な!?」
だが、そこに俺の姿は無かった。
「有り得ない!」
そのことに驚愕を隠せない男はたまらず声を上げる。
だが、そんなことをしても現状の解決にはならないことは百も承知だろう。
そして、相手がもう少し遠くにいる俺に気づく頃には番号を打ち終えた後だった。
「どうやって……!?」
「企業秘密だよ!」
ニタリと笑みを浮かべたまま、俺は空いている間合を詰めるべく走る。
奴には悪いが、俺がしたことは至極単純なことだ。
影に捕まる瞬間、<空間操作>を発動し空間転移を試しただけ。
その結果、影に捕まるはずだった俺は大雑把な空間転移で抜け出し、その場所以外に転移して逃げおおせることができた。
だが、想定外に座標がズレて駅のホーム近くまで転移してしまった、ということだ。
まあ、番号が打てる時間が稼げるから結果オーライだろう。
俺にしかできない、俺だけの解決方法だ。
そして次に考えるのは<アクセス権>によって改変する事象についてだ。
けれど、まるでその思考を阻止するかのように、或いは近づかせないように壁、地面、天井とあらゆるところから影が伸び俺を捕えようと向かってくる。
これによって、俺はどうしても動き続けなければならなくなった。
「めんどくせぇな……」
「化け物め……」
化け物、とはまた言ってくれる。
確かに、こんな能力を持っているからして化け物のような強さがある。
それが俺の能力が譲り受けたものだとしてもそれは変えようのない事実だ。
強力な能力を持てば、それだけ強さに増長するし、それだけ恐怖される。
果たして相手がどんな思いを持っているか知らないが、俺にとってそれは関係のないことだ。
何と言われようが、何と思われようが俺はお前という目の前の敵を倒す。
そして首尾よく事件終息でハッピーエンドだ。
「やってやろうじゃねえか、来いよ犯罪者!」
まるで俺の言葉を皮切りにするように、影の猛襲は一気に加速した。
地面、天井、壁、柱。
その全ての影が物理法則を持って俺に食らいつこうと変形を繰り返す。
更に、足を出す床や進行方向にある側面の壁の影は、形状に変化を持たせて棘の様な形を生やし、急な方向転換を強いるだけでなく、物理的な怪我すらも負わせようとするその周到な様はもはや一種の迷宮と化した一本道だ。
それにしても、こうして動き続けながらも<高速移動>で影を避けつつ<空間操作>による緊急脱出を視野に入れてそれぞれの能力を併用しながら、<アクセス権>による事象操作でしかこの状況を打開できないとなると流石に骨が折れる。
よって、今避けながらでも出来る事は一言で済ませられる俺自身への改変だ。
即ち一言でかつこの状況に効果的な言葉を考え口にしなければならない。この四面楚歌の状態で、だ。
けれど絶望的な状況でも、ある程度分かってきたことはある。
まず、影を操る能力を持つあの男は操つれる影に限界がある。
根拠は実に簡単で、もしも自由に操れるとしたら現在進行形で影に面している俺の足裏をその地点でがっちりと縛ってしまえば、結果的に俺は動けずあの影の猛襲をモロに食らうことになる。
本来ならいつでもできるようなそれをしないということは、できないということ。
つまり、それは穴になり得る。
だからこそ、こうして俺が動き続けている限りはまだ安全だと言える。
しかしそれは奴の攻撃を避け続けることが前提だ。
能力の性質からして、今の状況も鑑みて考えると捕まった瞬間にアウトだろう。
今現在奴は影でこの駅を内側から覆っている。
それはつまり、俺を捕まえようとしている今のように多少形を変質させるだけで連続した波状攻撃を苦も無く続けることができるということ。
更に言えば、覆った時点で如何様にも状況を操れる立場にいるということだ。
そういった意味で言うならば、俺よりも完全に奴の方が立場が上なのだ。
地下という環境は影関係の能力者にとって独壇場といっていい。
そんなところにのこのこと現れた俺はさしずめ捕食者の口に向かうエサといった所だろう。
奴の戦力を甘く見た俺の落ち度だが、このまま避け続けていてもじり貧なのは嫌でも分かってる。
だから、まず優先すべきことはあの影に捕まらないこと。
次点で奴の無力化というのが妥当だ。
そう考えれば、避けるのもギリギリな今の状況を変える必要がある。
あれだ、つまり、『当たらなければどうという事はない』という奴だ。
『反応強化』
反応が良ければそれだけ当たりにくくなり、それだけ動きやすくなる。
そう判断して<アクセス権>を用いた反応の強化を施した瞬間、視界に映る影がこちらに迫る順番すら数える余裕のある反応速度まで一気に達する。
「お、っと。」
それを見ながら、俺は<高速移動>を使って最小限の動きで次々に影を回避していく。
<アクセス権>による反応速度の向上は顕著で、それまで必死に回避していた影が今では楽々前へ進みながら避けることができていた。
これなら問題無く<アクセス権>を行使することができる。
「急に反応が良く、なら……!」
奴は俺の反応が向上したことに目ざとく気付き、今まで俺に嗾けていた影を引っ込める。
「ん……!?」
今まで俺を前に進ませないように邪魔をして必死に捕まえようとしていた状態から一転して、まるで俺を誘うように無防備を晒す奴の行動に内心驚いていた。
正直、不気味と感じるがこれはまたとないチャンスだ。
どんな思惑があって攻撃を止めたのかは俺の知る所ではないけれど、ここを逃せばまたあの面倒な状況になるとも限らない。
罠があったとしても、こうして束の間の自由を得たということは俺の<アクセス権>を使う障害が消えたということ。
どんなことがあっても、一言で無力化してみせる。
俺はいつでも改変を可能にするため、スマホを耳に当てたまま<高速移動>を使って残り十数mを一気に駆け抜ける。
『痛覚遮断!』
何があってもいいように、ひとまず痛覚だけは無しにして。
そして、案の定奴は行動を起こした。
目の前に現れたのはこの一本道をまるまると飲み込んだ『壁』だった。
「……あの野郎!!」
その意味を俺は良く理解していた。
逃げるつもりだ。
仲間を全員運び出して襲撃してきた俺を置いて、奴は逃げるつもりだ。
こうして俺の目の前に『壁』を設置して分断したのがその何よりの証拠だ。
腹立たしい。
人様に迷惑を掛けてテロを起こしたくせに、いざ自分達の立場が危うくなった瞬間にのうのうと逃亡を図る。
そのやり方に、その在りかたに、自分達の都合を優先するその図々しさに腹が立つ。
「だから、犯罪者は嫌いなんだ……」
俺は<空間操作>を起動させる。
<アクセス権>で元から改変してもいいが、それじゃあ目の前の『壁』だけでなく奴の影全てに適応される心配があったからだ。
当たり前なことだが、こういう大きな事件では警察に加えて、自衛隊などの武装集団が事態の収拾に動く。
事件が起こればそれに対抗するため対応する人が動く、ごくごく当たり前なことだ。
だが、そんな渦中に一般市民がいればどういう目で映るかわかるだろう。
そんな訳で、依然として俺は周りの人間に存在を認識されるわけにはいかない。
そう、つまるところ俺は差し込む光に対する「影」になる。
表だって動いて騒ぎ立てている間に、俺が裏で解決し、後の処理は表に任せる。
完全にとまではいかないが人任せな部分が目立つのは仕方ない。
これが俺のやり方だ。
「ふっ!」
縦に一閃。
刀で切るようにして『壁』に手刀を振りかざす。
甘い制御ながらも、俺の手を媒介になぞられた一閃は<空間操作>によって空間ごと無理矢理左右に開いていく。
空間断裂。
俺が『壁』に向かって発動したものだ。
目の前に明確な障害があるからこそ、俺の手刀で切り裂くという明確なイメージを限定的ながらもこうして実現できた応用だった。
その効果範囲は俺の手からおよそ一m弱。影の『壁』に対して大げさなほど広い範囲だが、その効果はこうして『壁』の向こうの奴を視認できていることからもうかがえる。
そしてあと少しとなった距離を詰めようと瞬間、乾いた破裂音と共に右胸に衝撃が走った。
「な!?」
そして続けて二回の破裂音と共に、今度は右足のふともも、左わき腹へと衝撃が走る。
「がっ!ぐ……、クソ……!!」
見てみれば、奴の手には一丁の拳銃が握られていた。
直ぐに理解できた。
奴は俺が二つに分けた『壁』を目くらましにどこからか拳銃を取り出して、無防備で無警戒な俺を撃ったのだ。
「油断したな死神、俺が逃げるとでも思ったのか?」
奴の言っていることは正しい。
確かに、俺は奴が逃げると思い込み、感情に任せて強行を選択した。
その結果、考えもしなかった反撃を俺は受けてしまったのだ。
「…反撃で傷を与えれたからって、やけに上機嫌じゃねえか。子供でもそんな露骨に喜ばねえぞ」
けれど、だからといって俺が負ける道理はない。
傷を負った、怪我をした、その程度は俺の進行を止める材料には値しない。
『痛覚遮断』によって俺に痛みはないのだから、体が動きさえすればいいのだ。
「そうだな、例え子供だとしてもここまで燥がない。でも、俺が今撃ったのは『能力弾』だからな」
「何を――――」
言っている。
そう言って進もうと足を動かそうとした。
だが、俺の意思に反して体はピクリとも動かない。
「驚いたか?『能力弾』は俺の能力で作られた弾だ。つまり、――――」
奴の言うとおり、奴の能力で作られた弾ならば、――――
「当たった時点でアウトなんだよ」
それを証明するように、奴は俺に見えるように俺が動けない原因を視界に映す。
それは、影で出来た触手だった。
「つまり、着弾点にはお前が操作可能な影が埋め込まれているんだろう?」
「そういうことだ、ついでに――――」
奴は右手を握るような動作をすると、今まで分かれていた影の『壁』が俺に纏わりつく。
「こうすれば、お前は終わりだ」
奴がそう呟く頃には、俺の体は完全に影で雁字搦めにされたいた。
身じろぎの一つすら許されないこの拘束で自由が利きそうなのは最早俺の口元くらいだ。
「首にだって影が伸びているから、大人しくしておいた方が身のためだ」
奴の言うとおり、首にも何かが触れている確かな感触があり、そういう素振りを見せれば即座に締まるか、切るかのどちらかになり俺の命が無くなるのは想像に難くない。
「どうもその方が良さそうだな…」
「今の立場が分からないのか?随分と余裕そうだな」
「まぁな」
俺の言葉に、奴は逆上することもなく平然とした態度を崩さない。
「質問だ、俺達に爆発を仕掛けて混乱を誘ったのはお前か?」
「は?」
意味が分からなかった。
爆発で混乱を呼んだ後、影でこの駅全体を内側から覆ってテロを起こしたのは、他でもないこいつらのはずだ。
「どうして、そんなことを俺に?」
「いいから、答えろ!お前なのか、お前じゃないのか」
奴は俺に銃を突きつけながら言った。
確実に俺の額へ向いたその銃口は、まるですぐそこに死が迫っているかのように感じる。
その独特な圧迫感に「ふぅ」と息を吐いた。
「知らないし俺じゃない。爆発もお前らがやったんじゃないのか?」
「俺に質問をするな、質問をするのは俺だ」
「いいじゃねぇか、俺も疑問なんだよ」
「黙れ!!」
再び、けたたましい破裂音が鳴る。
「……次は外さない」
その音と共に生まれた頬のへの衝撃は、奴が何をしたのかを言外に、流れているであろう血液と共に知らせていた。
これ以上は無いという警告。
圧倒的優位に立ったと錯覚している奴が良くやる手法だ。
「わかったよ、でもお前は間違えてる」
「お前まだ……!」
「最初に手でも切り落としていればよかったなぁ!!」
「何を言って!?」
『俺への干渉を拒絶する!!』
瞬間、奴の持つ拳銃が発砲されたのと同じようなタイミングで俺を拘束していた影が例外なく全て弾け飛ぶ。
発砲された弾も、俺には当たることなくまるで弾自体が避けるようにして俺を迂回する。
後に残るのは発砲音の残滓だけだ。
ここに俺の勝利が確定した。
「な、何で!!?」
「さぁて、何でだろうな」
俺は口角を釣り上げた。
奴はそもそも間違えていた。
俺を捕まえた時、今も耳にあてているスマホを壊すか、持っている右手を切り落とすかすればよかったものを、それをしなかったのは奴の落ち度だ。
その時点で、奴は自身の失態に気づくべきだったのだ。
俺はそのまま<高速移動>で素早く奴に近寄ると、左手で拳を握り、<振動操作>で衝撃を増幅しつつ腹を殴りつける。
近づく間も奴は影で俺を近づかせまいと抵抗するも、真っ直ぐに走り抜けている俺に一つたりとも影は当たらなかった。
「ぐっ!」
<高速移動>の速さと<振動操作>による衝撃によって、ガードした奴諸共その体を容易く宙に浮かせる。
「ぐあっ、ぐ、ゴホッゴホッ!!」
そのまま奴の体はゴロゴロと転がり数m進んだところでようやく止まる。
肺の空気が一気に押され咳き込みながらも奴はこちらを見やる。
「動くなよ、動けばこの女はさっきお前が受けたことよりも酷いことになりかねない」
俺はそのわずかな時間で、倒れる三人の中で一番怪我の酷い青髪の女性の所へと移動し、顔の部分へ手をかざしていた。
つまり、倒れている女性を人質にとったのだ。
女性の怪我は酷く、応急処置で包帯を巻いてはいるものの血が滲んでおり出血が酷いことは一目見て直ぐにわかる。
絶対安静にすべきであり、何か衝撃が来ようものなら傷口から更に出血しかねない状態であった。
奴は今の状況を鮮明に理解したようで、その場で固まっていた。
「……何を、すればいい……?」
「そうだな、……まずは質問に答えろ」
この女性が人質である限り、俺の優位性は完全なものだ。
そこに今の奴が入る余地はもうない。
立場が逆転した瞬間だった。
これで、俺は一方的に情報を得ることができる。
奴ができることは最早、俺に祈るしかない。
このまま何もしないことを。
「じゃあまず、テロの目的は?」
「人を攫う事。ターゲットの名前は『日野敦』、…研究者だと聞いてる」
テロの目的が人攫いだと?
こいつらの考えが読めない。
何故そんな大がかり過ぎる手段を用いたんだ?
目的のための手段が破綻している。
普通ならばひっそりと身を隠した上で相手に悟られないようにして攫う。
人攫いなんぞバレないことが何よりも優先するべきことのはずだ。
それを、こいつらはテロという手段でわざと目立つかのようにして事に及ぼうとした。
不自然だ。
それならば、誰かに手段まで指定された上での依頼をされていたと考える方がずっと自然だ。
能力者社会になって、そういう探偵じみた組織が増えたこともあるが、こうして裏の仕事すらも能力者の台頭でやりやすくなっているのが現状だ。
いくらか、その実情に触れたことがある俺からすればそれはかなり顕著だと言える。
「それは誰かに依頼でもされたのか?」
「……」
「言っとくが、今更守秘義務がどうとか言うなよ?」
「…そうだ。中村と名乗る男に、テロを起こして人を攫って欲しいと依頼された」
俺の予想はまさしく的中していた。
そうなると、例え依頼だったとしてもそのリスクに、このテロへ及ぶだけのリターンが余りにも少なすぎる。
そう、何かが変だ。
まるで、誰かに脅されでもしたかのように、依頼を受ける程のリターンが少ない。
「標的の写真はあるか?」
「ある」
「なら、影を使ってこっちに渡せ。妙なことをすれば……わかってるよな?」
「分かった……」
奴は俺の言葉に従順だった。
こちらが逆にうらやましくなるほどに、こいつらは互いを大切に思っているらしい。
俺の一挙一動を見逃さないように真っ直ぐ見据えながら、奴は俺の気が変わらないか心配で仕方がないということがこちらにもひしひしと感じられる。
「ああ、まだ影を解くなよ。今横槍が入っても俺達には害しか生まない」
そして、奴のポケットから取り出された写真が影を伝い送られてくる。
それを目にして、俺は目を見開いた。
「この男が…ターゲットか?」
「…そうだ」
写真に写っている男の風貌は見るからに研究者とも言うべき恰好をしていた。
黒のワイシャツに赤いネクタイ、黒の長ズボン、その上から白衣を羽織っている。
顔立ちは整っており、相手を射殺すような切れ長の目が特徴的で眼鏡をかけていた。
その男は丁度ここへ来る前、駅の出入り口ですれ違ったアタッシュケースを持った男だった。
「…なるほど、随分とまぁ面倒だな……」
あの白衣の男には、ここまで大がかりなことをしてまで確保すべき人物なんだろうか…?
この前の赤い瞳を持った謎の女子生徒と黒い炎についても気になる。
あれはどう考えても能力としての枠組みの外にあった。
俺の能力が効かなかったということは、そうとしか思えないからだ。
特に、あの黒い炎については絶対に明らかにすべき代物だろう。
「こっちからも…いいか?」
「質問にもよる、こっちにだって情報は少ないぞ」
「その人を治療できるか…?」
「……できると言ったらどうする」
「できるというのなら一刻も早くやってくれ!!早くしないと出血で本当に死ぬ!!どんな取引にも応じるから、…頼むからそいつを…救ってくれ……」
頼む、と懇願するように奴は地に頭をつける。
それだけで、いやその行為そのものがそのままこの四人の持つ絆を可視化したような光景だった。
これではどちらが悪役かわかったものじゃない。
「なら、俺がもし怪我を治せばお前に一方的な命令を出せると?」
「…そうだ」
なるほど、悪い話じゃない。
俺は奴への命令権を得て、奴は大切な仲間の命を繋げることができる。
メリットデメリットで考えれば、これは間違いなくメリットになる。
依頼をされたということは、こいつらはそういった関係の仕事に就いている。
そうなれば、一方的に依頼が出せる相手というのはとても貴重な存在だと言える。
「なら、お前の連絡先を寄越せ。そうすればこの人を救おう」
「だったら治療が先だ、どうせ治療したとしてもお前の方が立場が上なんだ、これぐらいは許容して欲しい」
「わかった、交渉成立だ」
言葉と共に、俺は傷を負っている女性に左手で触れる。
『触れている人物の怪我をなかったことに』
すると、女性の傷は瞬きと共に消えてなくなる。
これでこの女性は安全なはずだ。
さて、条件は整った。
幕引きの時間だ。
「じゃあ、連絡先を貰おうか。携帯をこっちに持ってこい」
立場を考えて、ある程度高圧的に、命令する。
その方が俺も奴も後腐れない利害関係を築けるはずだ。
あくまで立場を利用したと思わせた方が今後ずっと楽なのだから。
「…わかった」
俺の言葉に従いゆっくりとこちらに歩を進める。
その表情はやはり硬く、従うしかないこの状況を仲間に対して申し訳なく思っているのかもしれない。
「これでいいか?」
そして奴の手で差し出された携帯を受け取ってスマホの連絡先に追加する。
「じゃあ、最後にお前の名前を聞こう」
「影山光、なんでも屋『クローバー』を営んでいる」
「黒谷蒼太だ、今後はお互い『ギブアンドテイク』な関係を築いていこうか」
それは一方的な押し付けだった。
俺の立場を利用した干渉を許さない一方的な押し付け、聞こえはいいただの使い走り。
俺の要求した最後の意味はそんなあさましい上下関係、敗北者の末路だ。
実質的に仲間の殺生与奪を握っているからそこできる強気が過ぎる発言に影山は従うしかない。
屈辱だろう。恥辱だろう。
俺がしたことはなんでも屋を営む者への汚辱以外の何物でもない。
ただ俺がやれと言えばそれに従うしかない名折れも甚だしいリターンのない只の脅迫。
仲間を盾にされた影山ではどうすることもできない。
「当然、俺の事は他言無用だ。仲間にだって教えるなよ、俺が依頼を出した場合はお前がやれ」
「……それで見逃してもらえるのなら、俺に選択の余地はない」
影山は俺との関係をよく理解していた。
俺が脅迫された場合は、俺の命が対象になった。そのため、普通なら死にたくないという焦りや不安が生存欲求となって生きることを第一に考える。
どうすれば生きることができるか、それがあの状況ならば加害者側の言葉を受け入れることは当然の判断だ。
一部の勇気ある者はその状況を打開しようと不意を突く行動にでることもあるだろう、俺の様に。
影山がそれをしないのは、俺が一方的に仲間の分の殺生与奪までも握っていることが全ての理由だ。
もしも俺が影山のみに狙いを定めていたら、捕まった時点で形勢逆転に向けて何か策を弄するに違いない。
だが、実際捕まったのは影山ではなくその仲間である意識のない怪我を負った女性の方であったわけだ。
影山からすれば、これほど動きにくいものはないだろう。
仲間を大切に思っているその気持ちこそが今回はあだとなっただけ。
それだけだ。
「それじゃあ俺はこのまま離脱させてもらう、何かすればお前の命は―――」
「―――ないぞ、影山光」
影山は俺の能力を知らない。
名前が分かった時点で詰みなのを知らない。
でも、俺が嘘を言っている訳ではないことを理解した。
合わせて、俺の能力を知らないということは影山は余計に警戒するだろう。
よく知らないからこそ、その分余計に色々考える。
わかっていないからこそ、影山は有り得るかもしれないもしもを考えて行動が出来ない。
そうだ、影山。お前はそうやって黙ったまま頷くしかないのだ。
「逃げられるようになったら覆っている影を解け」
俺は最後にそう言って一人、この暗い線路を歩き出した。
影山が影を解けばたちまち警察機関が事態の収拾に努めることだろう。
その間にひっそりと民衆に混じって外に出れば、出来上がるのは犯人のいない終息したテロ事件。そこに突入した警官が成すべき仕事は大方が傷ついた線路の整備くらいなものだろう。
こうして、警官にとってはむなしさを覚える結末に、この地下鉄爆破テロ事件は終息を迎えたのだった。
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