事件の終息<表>
月一更新が板についてきた・・・。
「頼んだ!」
「・・・ん」
駅内での爆発、その直後に黒いものに覆われ真っ暗となり騒然とする状況の解決に動く黒谷蒼太のサポートをするため、地下鉄の改札口にて多数の人影を暗闇のなか、空間の知覚のみですばやく現状を把握しながら静城風香は蒼太の意図にすぐさま当たりをつける。
今さっき多数の人影を蒼太が声の振動で自ら作り出した衝撃波によって吹き飛ばした。だが、それは範囲を絞り前方方向のみに打ち出した言わば弾丸のようなもの。側面から迫るものには影響は少ない。
よって、今自分がすべきことは―――。
「敵の妨害と、無力化・・・」
そう判断するや否や、風香は指をくいと動かす。
ただそれだけの動作で、<空間操作>という驚異的な能力は敵に向けてその牙を向ける。
風香は能力によって人影の周りの空間を弄る。
その空間を支配する物理法則から、概念そのものまですべからく風香の手のひらで操られる。
その結果、風香は通路の概念を、重力の概念を捻じ曲げた。
そしてその効果が発揮されると、迫りくる人影は急にその体を何かに引っ張られるようにして両側の壁へと叩きつけられる。
そうなればもうこの通路の人影はそこから動くこともできない案山子に過ぎない。
「うわぁ、やっぱすごいね風香ちゃん」
それを感じたのか、まいは感嘆の声を上げる。
勿論、未だ暗闇は続いており風香がどういうことを成したかどうかの確認を取ることはそういう能力でも持っていなければ物理的に不可能とまで言えることだ。
つまり、塚野まいはそういう能力の持ち主だということである。
「大丈夫?」
そんなまいに風香は心配ような声を掛ける。
心配を向けられたまいは両の手を頭に当てて抑えてうずくまっている。それは見方によれば頭痛に耐えている様にも見えた。
「あんまり大丈夫じゃないかも・・・」
「便利そうで、便利じゃないね、まいちゃんの能力・・・」
頭痛に耐えるとは言い得て妙であり、今まさにまいはその頭痛に悩まされているのだ。
こんな体験に見舞われたことはないだろうか。
例えば友達との悪ふざけで耳の近くでいきなり大声を出された時。
例えばイヤホンを指している時に音量の調整を間違えて超大音量の音を流してしまった時。
そんな時は決まって耳がジンジンと鼓動するような感覚で痛みの様なものを感じたり、キーンと耳鳴りがしたりしないだろうか。
「うぅ・・・、まだ痛い・・・。黒谷くんはもう少しやりようは無かったのかなぁ。まあ私が能力のこと言ってないのも悪いんだけどさぁ」
つまりまいを襲っている頭痛の正体はソレだ。
余りに大きな音を聞いて鼓膜が、脳が拒否反応ともいえる痛みで訴えているのだ。
そんなまいの能力は特殊である。
「『獣化』だっけ?まいちゃんの能力」
「うん、しかも猫にしかなれない・・・」
塚野まいの能力、それは『獣化』である。
しかも猫なので夜目も効くし、音だって普通の人間の何倍も敏感だ。
それ故に、先ほどの蒼太の一撃に最大の影響を受けたのはまいなのだった。
「かわいいから、いいと思う・・・」
「できれば私も役に立ちたかった・・・」
そう嘆くまいは現状蹲っていて、迫りくる人影は例外なく出現したさきから風香の<空間操作>によって端に寄せられ無力化されている。よって、できることがないためまいとしては歯がゆく思うしかないのであった。
「風香ちゃんはやっぱずるいと思う・・・」
「・・・ず、るい・・・」
ついついそう呟いてしまうのもそのやるせなさからすれば仕方のないことだろう。
だがそれはこと彼女においてそれは賞賛と捉えることができるこの言葉は、小さくない自尊心を突く形となる地雷に他ならなかった。
それ故に、風香の表情は見る見るうちに暗く沈んだものへと変わっていく。
勿論、それは決してまいが意識をしてわざと踏み入ったものではないと分かっている。
自分の能力がそこいらの能力者とは別格だという自覚もあるし、言葉の通りにずるい能力だという理解もある。
なら、何故そこまで気にするのかと思うだろう。
本来なら感じることのないはずの僅かしこり程度の劣等感が生まれた理由は、聞けばありきたりであり、実によくある話なのだがそれを知る由もないまいには何が何だかわかずおろおろとするばかりだ。
「えー!な、何か気に障ること言っちゃった!?ご、ごめん謝るから機嫌直してー!」
「・・・ううん、まいちゃんは・・・悪くないよ・・・。悪くない・・・」
まいはどうにか風香の調子を元に戻そうと謝罪するが、風香のテンションは下がる一方で逆効果だった。
そんな風香の抱いている劣等感の原因は、ずばり風香のランキング順位と蒼太に帰結する。
まずは順位だ。
風香のランキング順位は世界二位とはっきり言って馬鹿げた数字だ。世界人口の約八割弱を占める能力者、その内のランキングに参加している約八割の人間の中で二番目に強い。
ここで重要なのが決して一番ではないことだ。
絶対の自信を持つ能力で風香は前一位の氷室京真に必死の抵抗の末、あと一歩というところで敗北した。当時の勢いに乗っていた風香からすればこの初めての敗北は鮮烈に記憶しているだろう。まるで昨日の事の様に。
それから風香はもう一度氷室に勝負を仕掛け、リベンジをするタイミングを計っていた。
テレビで中継される公式バトル然り、街中でばったり会った時然り、何かしらのタイミングを待ち望んでいた。
それがある日突然、パッと出の新人にその座を奪われ、当の氷室は引退。つまり風香は氷室に対してリベンジすることが出来なくなったのだ。加えて、新しく一位に躍り出た当の上代有紀は自身の情報をひた隠しにし、顔も能力も分からなかった為にどうしても勝負を挑むことができなかった。
そんな状態に加え、それならと風香の二位の地位を欲しがる能力者達は必然、風香に勝負を挑む形となっていった。それが今の所謂、能力者がわんさか風香へと勝負を挑みまくる俗に『静城風香ラッシュ』と呼ばれている突撃レースだ。
当然ながら、その本流にじゃぶじゃぶと流されている風香からすれば心底迷惑で疲れる話だ。
何の工夫もしてこない格下の能力者を相手にすることは、それだけ風香にとって時間の浪費でしかないのだから。
そんな呆れる程の退屈な日々に、風香へとびきりの戦慄を与え二度目の敗北の味を教え込んだ人物がいた。
その人物こそ、黒谷蒼太だった。
そして、その敗北は風香の中にある好奇心を刺激するには十分なものだった。
けれど、少なからず心のどこかで自分は一番になれないという小さな劣等感も生まれていることに、この時の風香は気づいてなかった。
それを自覚したのが、今まいが言った『ずるい』の一言であった。
思ってしまったのだ。自分よりも『ずるい』と思う人はいるのだと。自分なんぞ、その人達と比べれば・・・と。
同時に、自分は『一番』には成れないのだと、思い浮かんだ三人を前に届かないと考えてしまったのだ。
「・・・まいちゃん」
「な、なに!?」
「・・・ちょっと、暴れるから、まいちゃんは・・・そこで見ててね?」
ナイーブになったと思っていたら、急に是非を言わせぬ物言いにまいは吃驚しながらも困惑と共に大人しく引き下がるか迷った。
それ程までに風香の纏う空気が一変したのだ。
「え、ちょっと、風香ちゃん?」
「大丈夫、・・・すぐに、終わらせるから・・・」
箱を開けてみればよくある二番手特有のよくある悩み、自分が一番ではなく二番であることに対しての劣等感を感じていた風香は、それによるストレスを少なからず感じていたのだ。
普通ならその特有の不満は自らを押しつぶしかねない心に対する特大のストレス足り得るものである。
下にいる者には分からない、上位者特有の極大の不満である。
よくある話が、ある分野で優秀な成績を収める人物がいた。
その人物は自他ともに優秀と認める程の人物で、将来を有望視されている時代の立役者の一員となるだろう、と。
けれどただ一人、その人物はただ一人に負けていた。
成績も、頭脳も、着眼点も、何もかも。
そしてある日、その人物ともう一人に、同じ仕事が舞い込んだ。
それは、その人物にとって最高パフォーマンスを発揮できる最高の課題だった。
その分野だけは絶対に、例えもう一人にさへも勝てると踏んでいる絶対の自信を持ったものだ。
その人物は必死になって仕事をこなした。あいつに勝つために、負けないために。二番手に、ならないために。
心血を注いだ。時間を注いだ。文字通り、追い越すためなら何でも注いだ。
だが――――、
結局、一番になることは叶わなかった。またしても二番手だった。
何が足りなかったのかと、完璧だと思っていた自分のものともう一人のものを比べて見れば、いくつものミスに気づかされる。ここがこうであれば、あそこがこうであれば、或いは・・・。
いや、本当は解っていた。その考えが浮かばない時点で、はなから自分に勝利など無いのだと。
その結論が出来上がった時、既にその人物は業界から姿を消した後だった。
どんなに優秀な人物でも、これ以上は叶わないと、勝てないと知り、極大の挫折を以て退く。
二番手にしかなれないという重圧はそれ程までに重く苦しいものである。
だがしかし、彼女は、静城風香は違った。
「・・・ストレス、発散」
勝てないと、敵わないと知って尚彼女はその闘争心を燃え上がらせる。
二番手の重圧ですらガソリンの様な燃料となって静城風香という少女の静かな心に火をともす。熱く、熱く燃えゆくその火は、負けたくないという闘争心からくるものか、はたまたもっと上に行きたいという向上心からくるものなのかは彼女しか分からない。
だが、一つだけわかることがある。
「手加減は、・・・無し、だよ・・・!」
それは、彼女が悔しさをものともせずにいつか勝つと、必ずのし上がって見せると心に誓い諦めを知らずにただ真っ直ぐ上を見つめることができる人間だということだ。
「待って待って、どうしたのさ・・・っ!」
風香が鋭く見つめる方向にまいは新しく気配を感じた。
それは改札口周辺の通路両側に張り付けられた人影の方ではなく、人が集まっている場所周辺だった。
「そんな、どうして急に・・・?」
まいはその場で混乱する群衆の姿をありありと想像し、危機感と共に焦燥がせりあがる感覚を味わうことになった。
このまま対処できなければ、この場がお祭り騒ぎになることはまず間違いなく、そのひずみは取り返しのつかないものへと変化するだろう。
だが、能力を使用したとしてもどうにもならない距離にまいは表情を曇らせながらも行動しようと能力を使おうとしたその時だった。
「・・・大丈夫、まいちゃんは、そこで・・・見てて?」
風香の風鈴の様な声と共に指を振った。
ただそれだけで、まいが感じていた気配は消え去った。
「・・・風香ちゃん?」
「あの・・・影みたいなのは、能力で作られた・・・偽物。・・・だから、思いっきり、能力使っても・・・大丈夫。」
しっかりとした口調でまいにそう応えると現れた気配を片っ端から片付けていく。
けれど、まいはそういうことを聞きたかったわけではなかった。
単純に、まいは風香だけに任せたくなかっただけだった。自分も何か手伝いたいと思ったのだが、そんな事は関係ないとばかりに人影を屠るその姿は見方によれば無慈悲そのものであった。
その殲滅方法は空間と空間をずらすことによってできる物理的な断裂で、人影を真っ二つにして消滅させる方法、正真正銘の空間断裂であった。
当然、人間に使えばB級ホラーよろしくスプラッタな死体ができあがることは想像に難くない。能力で作られるものだと解っているからこそできる芸当だといえよう。
そんなことを知る由もないまいは、することもなく、蒼太達が突入した直後に発生した霧により視界が効かないため、音を頼りにする他なかった。
もし見えていれば、風香に対してツッコミの一つや二つを入れていただろう。
「・・・、大体、片付いた・・・かな?」
当の風香は空間の知覚によって辺りを把握しているので、視界が効かなくとも情報量はさほど変わらない為に人影の感知に事欠かない。人影の増殖が止まった時点で風香は最後の一体を仕留めたことで一旦攻撃を中断してまいの方へ声を掛けようとしたその時だった。
「・・・!?」
今度は何の前触れもなく一瞬にして、まるで前々からそこに存在していたかのように丁度風香の真後ろへ出現した人間を感知して素早く振り返る。
「おっと、攻撃しないでくれよ?君に攻撃されるとちょーっと厄介だから」
そこにはまるでこちらがはっきりと見えているかの様なリアクションを取る男がいた。
「ふぇっ!?今度は何?なんか急に誰か出て来たんだけど!」
「ごめんごめん、吃驚させちゃった?」
「あなた・・・誰?」
「んー・・・、そうだな。」
風香が聞くと男、少年は悩むような声を出す。
何を悩んでいるのかは、まいや風香には分からない。ただ、自らの潔白を示せばそれで風香の向ける疑惑を回避できるというのに、どう答えればいいものかと悩む少年に風香の疑惑は膨れてゆく。
「うーん・・・、仮に少年Xとでも名乗っておこうかな。あ、聞きたいのは俺が黒か白かの方か?」
未だあっけらかんとした態度を崩さない少年はどこかふざけた雰囲気を醸し出しながらも答えた。
馬鹿にしている様にも聞こえる少年の言葉は、図らずも風香の聞きたい情報と合致する。
それさへ聞ければ、この少年を捕えるか無視するかの判断ができるのだから。
「どっち・・・?」
「ああ、白だよ。そりゃあもう完全に。ちょっと都合がいいから利用しようとしたただの関係ない一般人Aさ」
「そんなの本当かどうか分からないじゃん!本当に関係ないのかちゃんと証拠がないと」
「んー・・・、そうは言っても、これといって証拠になりそうなものが―――、」
少年がまいの言葉に応えようとした時、まるで計ったかのようにまたも人影が生まれる。
それも都合よく風香たちの周辺に、だ。
少年がどんなことをしても対応できるように見張っていた風香は少年の仕草と人影の生産が合致しないことが見て取れたため、人影については白と断定した。
「そうだ丁度いい、・・・こうすれば信じてもらえるかな?」
そして、それを証明するように放たれた言葉とパチンと鳴らした指の音と共に、感知していた人影が消え去ったことで風香とまいは驚きを隠せなかった。
それはまるで、元から無かったかのように表れた瞬間一斉に消滅していた。
「ほら、人影はもういないぜ?」
「・・・今、何を、したの・・・?」
「まぁ、正直に言えばちょっとばかり結果を弄ったのさ。消滅するようにね」
まるで少年は自慢するように言い放つ。
風香は少年に対する警戒心を一段上げた。
確かにこの事件を起こした犯人なのではないのだろう。それはこの場に現れた人影を消滅させたことで説明がつく。
犯人ならば、今ここで人影を消滅させる意味がないのだから。
けれど、その話と警戒するか否かの話は全くの別物だ。風香自身が少年のやったことを感知できない時点で警戒しない訳などないのだから。
「お、もう霧が消えたね。早いな~あの人も」
「あ、ほんとだ」
そうこうする内に、少年が言ったようにいつしか霧がこの空間から消滅していた。
考え得るに蒼太が霧を出していた能力者を無力化したのだとまいと風香の二人は理解する。
「・・・ねぇ、さっき、結果を、弄ったって、言ったの?」
「ん?言ったね」
だが、風香の意識は先ほどの少年の一言に向いていた。
先ほどの一言、『結果を弄った』と言ったこの少年の正体が一体誰なのかを決定づける重要な欠片であると、風香は記憶にとっかかりを覚えていた。
そして、それが該当する能力の特徴は一人しか知らなかった。
『あらゆる原因と結果を操る能力』
「・・・あなたは、上代有紀・・・・?」
現世界ランキング一位、『因果操作』上代有紀。
つい先日その能力名を自ら明らかにした顔の割れていないただ一人のランカー。
確証はないにしても、その能力のあり方はそれ以外考えられない。
「ああ、うんそうだよ。間違いなく、俺が上代有紀その人だ」
果たして風香の考えはニタリと笑う上代有紀本人によって証明された。
風香は今超えるべき最大の壁と対峙している、そのことを考え次に巡る思考はこの人物の攻略方法。
先ほど指を鳴らすだけで人影を消滅しきった出鱈目な能力を前に、自分が相対した時にどのような攻め方、守り方が有効なのか、無効なのか。
どうすれば正解に近いのだろうかと静かに熟考する。
「上代有紀って、一位の・・・・」
「・・・ん?あ、そろそろ終わるね。こっちもこっちで忙しいし、挑戦するんならまた運のいい時に、ね。静城風香さん」
「ちょっと・・・まって・・・!」
少年、上代有紀はそう言うや否や風香の静止すら置き去りにするように現れた時と同じく初めから存在しなかったかのように完全に消え去った。
行先はその本人にか知り得ない。
「あ・・・、明るくなった」
「うみゃ!?眩しい!!」
有紀が消え去った直後、まるで分っていたかの様なタイミングで駅を覆っていた暗闇が晴れ、元の明るさに戻る。
それはつまり、蒼太と犯人との間で決着がついたのだろうと風香は思う。
「警察です!まずは皆さん順番に避難を開始してください!」
入り口を塞いでいた影の様なものが晴れ、駅に進入できた警察らが避難の勧告を始め、風香たち含む民間人を誘導していく。
だが、肝心の蒼太や真司の姿が見えない。
風香たちは二人の事を心配しながらも避難誘導に従い参列する。
こうして、風香とまいを除いた一般人の目に触れることなく何の要求もないまま爆破テロ事件は終息した。
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