地下鉄爆破テロ事件
丁度、先ほど別れたファミレスの程近く。
とある街道。
自らを神と称するシロは人ごみの中を佇んでいた。
時間は丁度午後六時を少し過ぎたくらいの時間で、定時で帰る途中なのだろう社会人が忙しなく駅の方へと歩いていく。
だが街を歩く人々はシロのことなど、文字通り視界に入っていないかのように見向きもしない。
貫頭衣の様な簡単な作りの白いワンピースに短髪に切りそろえられた光沢のある白い髪という全身真っ白で本来なら目立つことこの上ない装いだ。
だがシロは神の持つ事象の改ざんを使い、自身を認識の外に置いていることから、この様な認識されていないにもかかわらず人がシロを避けていくという不可思議な現象が起こっている。
そう、本来ならシロが認識させている人間にしか認識すらされないのだ。
「教えて貰うぞ、さっきどうして『神託』を指定させた?」
虚空へと語りかける。
そこには、人がごった返すだけで誰もその問いに対する答えを言わない。
当然だ。その場でこの街道を通っている人間には認識されていないのだから。
「単純に、その方が都合がいいからだ」
声がした。
それは答えが返ってくるはずのない人ごみの中から聞こえたものだ。
シロのすぐ目の前。
まるで今そこに出現したかのように佇む男がいた。
その声はノイズが酷く、とても人が出せるようなものでなく、まるで機械が出しているような声だった。
声色から感情を読もうにも、声が人間のそれではないため判別不可能。
声から人物像を特定しようにも、ここまで加工に加工を重ねたであろう声からはやはり判別不可能。
そのため、シロはその人物を特定しようにも白のパーカーのフードを深く被っていることから顔が良く見えない。あてになりそうなのは身長とフードからわずかに出ている口元くらいのものだろう。
「都合がいい、か。やってくれたね君」
シロは警戒を解かずにフードの男を睨むようにして言った。
先ほどのファミレスでのことだ。
蒼太や遠見、塚野に静城の四人へ明確な殺気を放っていた存在がいた。
四人が気づかないくらいに僅かではあるが、それでもどす黒い気配を放っていた存在をシロが気づきその存在へと視線を走らせたことは最早当然のことだった。
視線の先はファミレスの窓の外。
屋外へと流れた。
そこにいたのが、今目の前にいるこの白フードの男だ。
白フードの男はシロが自らに気づいたと判断した瞬間、その殺気を引っ込めてこう言ったのだ。
『今下そうとしている「神託」で他の三人も同行させろ』
それは屋外から発せられたものだったが、その時は隣にいた蒼太の声よりも鮮明に耳に入ってきた。
まるで頭の中へ直接声を掛けられているような感覚だった。
だが、それを確認する暇などもうなかった。
『神託』のことを知っている人間など、この世界中を探しても十人にも届かない。
故にどうしてそれを知っているのか、問いただす必要が少なからず出てくる。
これがただの人間ならば、無視してその場で打ちのめし情報を聞き出して終了・・・のはずだった。
だがこの白フードの男がとった次の行動がそれを許さなかった。
――――ふわりと
頬を撫でられた感触がシロへ伝わった。
一体どうしてそんなことが起きたのか、それは白フードの男の腕が雄弁に物語っていた。
―――――また、ふわりと頬を撫でられる感触を味わうシロ。
その視線は、あの白フードの男にまるで暗闇で見つけた淡い光を放つ豆電球を凝視するかのように釘付けになっていた。
―――――連動していたのだ。男の腕とシロの頬を撫でる感触が。
それが暗に語っている。全く気取られず、今直ぐにでも四人の内誰かに干渉できるのだと。
「っ!!!!」
屈辱で顔が歪む。
それも当然のことで、仕方のないことだろう。
シロはこの場で相手の言葉に従う以外の行動を制限されたということを、相手によってわからされたのだから。
これはシロにとって侮辱以外にならない。
神を称する自身がこうも簡単に手玉に取られているのだから。
何をしようにも、どう足掻こうにも、今シロが動くより白フードの男がこちらの身内を破壊する方が早いために、ここは憤怒するよりも先に冷静になって相手の要求を一旦飲むしかない。
そこから冷静さを取り戻し、蒼太だけに言うつもりだった『神託』を四人に向けて暗に蒼太について行くように仕向けて彼らを見送ったのだ。
それから目の前の男を探し出しこうして面会に至っている。
唯一気になっていることが、あのファミレスの一件でシロに狙われていることを理解している癖に何故かシロを待っていたかの様にその場所近くにいたことだ。
「答えろ、君は一体何者だ」
短く、そして刺すように鋭く問いかける。
今度は下手を打たないように一切の油断も隙も無くす。
どう動こうが、不意打ちが来ようが今度は現実を捻じ曲げてでも無力化する。
それくらいの気兼ねでシロは問いかける。
対して男はただ佇むだけで涼しい顔をしており怯む素振りすら見せない。
まるで全てを見透かされているような錯覚を覚えるくらい、この男にシロは久しく感じることのなかった恐怖に似たなにか、不気味さを感じていた。
「俺が誰か、何て、どうでもいい。お前が知りたいのは俺の目的。そうだろう?」
酷く、不快な声で告げられた言葉は紛れもなくシロが考えていたことだった。
つまりは図星だ。
今言われたとおり、白フードの男の名前を知ってもメリットは対して無い。
しいて言うなら、誰かわかるだけでどういった能力を持っているのか推測が立つくらいだ。
「・・・そうだね、君の目的が知りたい。と言ったら教えてくれるかい?」
シロは悟る。
相手に自分の手札を見られている。
その上で踊らされているだけなのだと。
ならばと、シロは考えた。
ブラフも、ジョーカーも、イカサマも全部通じないトランプをしているようなこの状況は最早詰みだ。
できることといえば、おとなしく相手の言うがまま、されるがままになることくらいだ。
だから、どんな些細な情報でも落としてはくれまいか、と若干過ぎる薄い期待を込めて白フードの男の言うとおりにシロは問いかけた。
「当然教えない・・・。というのはテンプレだが、俺の場合は別だ」
不可解。
白フードの男の言葉を聞いてシロの思考を埋めたのはそれだ。
何がしたいのか分からない。
教えたとして、それが本当の目的なのかもわからない。
まず何がしたいのか分からない。
有り体に言えば、シロは戸惑ったのだ。
この男がここまで回りくどく、そして奇妙とも言える行動をする理由がそこにあるのだろうかと、同時に興味すら抱いたほどにだ。
「目的は、・・・完全無欠のハッピーエンド。当然何を言っているのか分からないだろうが、それでも俺はそのためだけにこうして今ここに立っている。それだけは頭の片隅にでも入れておけ」
新品のスーツをひけらかすかの様に、両手をゆっくり広げて宣言をする白フードの男。
その姿は正に快楽主義者のソレだが、この男の口調は不快音を介しても尚、真剣その物なのだと伝わってくる様な気迫を感じさせるものだった。
「ハッピーエンド・・・?」
言っている意味がわからない。
この時、シロの思考は完全にエラーを出していた。
相手の目的、力、手段、どれをとってもシロにとっては想定外に過ぎたのだ。
神を名乗る自分が過去ここまで読めない相手に遭遇したことがあっただろうか。
それほどに、シロはこの男のことが理解できなかった。
それでもシロはこの男に対する警戒を解くことはできない。
単純に、この白ローブの男が未知であるからだ。
未知であるから、全く分からないがため取る行動に制限がかかる。
故に今シロは取れる行動が警戒することぐらいしか残されていないのだ。
十八番である事象の書き換えも、あちらが何かするよりも遅ければその瞬間にこちらの敗北になってしまう。
現状は打つ手なしでも、次があればそれもリセットされるのだから。
だからシロは動くに動けない。
―――――――――その時だった・・・。
―――――ォォン・・・・・・。
遠くの方で地鳴りの様な音が耳に届く。
それはまるでこの一帯の空気を押し出すように身体を触る程の確かな衝撃を以てこの場へ届いた。
「今のは・・・・、まさか!」
シロにはそれが何なのか、この音のした方角を向いて直ぐにわかった。
その方角は、先ほど蒼太達を見送った駅のある方角だ。
「始まったか」
その方角を見て白ローブの男も呟く。
シロはそれを聞いて、一層鳥肌が立つのを隠せなかった。
この男は、これから起こることを予見し確信している。
シロがそう考えたのは実に自然なことだ。
だからシロは戦慄した。
一方的に未来を知られていることの優位性は計り知れないだろう。
「・・・知っているのか?見えているのかお前には!?」
何が、とは言わなかった。
だがそれでも伝わったようで男はこちらに向き直る。
「それは流石に教えられない。知りたいなら自分で調べろ」
そういって男は現れた時と同じように瞬く間には消えていた。
残されたのは数々の疑問点とシロだけだ。
「自分で・・・。観測の範囲を広げるか?いやそれだと蒼太の負担が増える、か」
シロは今までの男の言動一つ一つを吟味する。
何か、見落としはないか。
聞き漏らしがないか。
情報はあるか。
探せど探せどそれは見つからない。
決定的な情報など何一つ喋る事無く男は曖昧なものばかりを残して去った。
それが示すのは情報戦に置いてのシロの完全敗北だ。
シロはあの白ローブの男に情報の手札、ブラフ、事前知識、その他諸々を圧倒的に上回れ、手のひらの上で踊らされた。
シロという存在は神である。
全能の神である。
決して全知全能の神ではない。
この世に全知全能など有りえないのだから、それも当然だ。
全知全能の神が居れば、人類など存在しないのだから。
「全能はされど全知ならず、全知はされど全能ならず。今回は思ったよりも面倒になってきたなぁ、あんまり蒼太に無理をして欲しくないんだけどなあ」
肩の力を抜いて、今あったことを考えながらもシロは自分の親友を憂いでいた。
先ほどの音の正体は恐らく爆発音、ならば蒼太がそれに巻き込まれることは『神託』の所為もあって必然だと分かる。
単純に一つの組織、団体が起こしたことならば簡単に処理できることだ。
しかし今回は少なくとも事件を起こした側と利用する側の二つの勢力が存在することが判明してしまったのだ。
「悔しいなぁ」
ぽつりと呟いた一言は先ほどの舌戦に向けてなのか、それとも自分の敗北によって親友に有益な情報をしらせることができなかったという不甲斐なさからくるものなのか。
或いはその両方なのか。
それは発した本人にしかわからない――――――――。
◆◆◆◆◆
―――――――
帰り道、他三人はともかく俺は最大限の警戒をして駅の方へと歩を進めていた。
その道中は他愛ない世間話しをしていたが、これといって可笑しな所は見られなかった。
時刻は六時を少し過ぎたところで、定時で帰るであろう社会人らしき人々がよく駅を出入りする時間帯だ。
多少時間はずれているとしてもその人ごみは既に歩幅を制限するくらいは多いと言っていい。
見てみろ、静城なんか小さい身長だから最早髪くらいしか見えない。
このままでは迷子ルートまっしぐらだが、そこは塚野が気を利かせて隣にいる。
え?俺と遠見?
そりゃあもう、俺たちも男ですし、きちんと壁として後ろ側を歩いていますよ?
別に命令されたとかそういうことじゃないから。
普通に行こうとしたら塚野に襟引っ張られて怒られたとかそんなんじゃないから。
泣いてないよ?
ホントだよ?
ということで今現在静城、塚野といった女子陣を前、俺、遠見といった男子陣は後ろでボディガート(物理)しているところだ。
「まだ、何も起きないな・・・」
遠見が不安そうに俺に耳打ちをしてくる。
聊か怯えているような様子でなんだか能力を貰ったばかりの俺を想起させて懐かしい気分がする。
「ま、そうだな。けどあんま気負う必要はない。ただ想定だけして自然体でいた方がいい。じゃなきゃ今の遠見みたいに怯えきっていざとなった時に潰れるから」
そう言うと遠見は返事はしたが、それは生返事に近く傍から見てガチガチに固まっていることは明らかだった。
「何、話してるの?」
すると静城は俺と遠見の話声を聞いて気になったのか顔だけこちらに向けて聞いてくる。
つい、ニヤリと口元が弧を表す。
「ああ、実はな、遠見が後ろ姿の静城さんっていいよな~。何て言うから俺が緊張感持て~って注意してたんだよ」
「はあ!?ちょ、おま、ふざけんなあ!!???」
少々俺が茶々を入れるとすかさず遠見は反応する。
「え・・・」
俺の言葉を聞いた静城は俺と遠見を往復するように交互に見やると遠見の方を見ながら身を引いていく。
「遠見くん、流石にそれはちょっと・・・キモい」
塚野はそんな静城を後ろから抱くような形で受け止めると同じく遠見から距離を取り始める。
街道の道中でこんなことをするのも如何なものかと思うが、これは一応大事なことだからご容赦願いたい。
「ちょっと、誤解だって!俺はそんなこと言ってないって!!」
当の遠見は女子二人に対してこれ以上ないくらいに必死になって弁解している。
だが、その望みは薄く、結構引かれている始末だ。
これはやりすぎたか?
いや、まあこれくらいが丁度いいか。
「黒谷~、お願いだから誤解だって言ってくれー。じゃなきゃ俺が社会的に死ぬ、死んでしまいますゥ!」
・・・いや、重症かな?
コホン。
「なあ遠見、緊張は解れたか?」
「は?」
意味が分からない、といったような顔で静城たちも同じような顔をしている。
「悪いな。遠見の野郎があんまりにも固まってるもんだから一茶番打たせてもらったんだ。ってことでさっきのは嘘だ」
「お、お前なあ!!」
あーうるさいうるさい。
警戒のし過ぎであんまりにもびくびくとしているものだから、俺がひと肌脱いだというのに全く・・・。
「うっせえ、それでどうだ、緊張は解けたか?」
再度同じように問う。
対して遠見は眉間を痙攣させながらも納得はしたようで悔しそうにして頷いた。
ククク、実に愉快だ。
「ならいい、それに、もう駅に着いたぞ」
「え、マジか!」
遠見はハッとして俺の方から前方へ視線を向ける。
当然そこにあるのは駅の入り口だ。
「確認するが、電車帰りは塚野だけなんだよな?」
「うん、そうだよ。他は歩きでしょ」
塚野は電車、他は歩きか。
「あるとしたら、駅内だよな・・・」
遠見が俺の心を読んだかの様に同じことを言った。
そうだ。
この道中で何も無ければ、残すは必然駅だけとなる。
「ああ、塚野を改札口前くらいまで送れればいいが、どのタイミングで何が起こるかわからない以上、これまで通り固まって動いたほうがいい」
しかもこの人が丁度良く混み始めるくらいの時間帯だ。
何が起こってもそれなりの惨劇が訪れることはもう確実だろう。
「ん、じゃあ、さっきみたいに、私たちが前で、蒼太達が後ろ。それでいい?」
静城の提案を受けて俺は試案する。
その選択で本当に後悔はしないか、最善手を打てているか。
この選択に正解は存在しない。
されど失敗は存在する。
一歩間違えばそれはもう急転直下に展開は不利な方向へと傾くだろう。
この場合の最前は、取りあえず全員が無事で四人一緒にいること。
時点で全員無事の三人又は二人の分断。
最悪が四人の内、誰かが死亡することだろう。
「ああ、いいよそれで。多分それが最善だ」
「ん」
「オッケー」
「わかった」
こうして全員の了承は得た。
後は事件の規模がどれ程なのかによる。
「爆発事故とか起こったりしたらシャレになんねぇよなあ・・・・」
あれだけヤバイとシロが告げるくらいなのだからこれだけでは済まないかもだが。
「黒谷、それフラグだぜ?」
「は?いやいやこんなのがフラグなわけ――――――――」
――――――直後、俺の言葉は遮られることになった。
轟音が地下鉄の方面から流れ込む。
それは確実に空気を揺らし、その衝撃は駅自体が崩れるのではないかと思わせる程だ。
けれどもそれは一瞬で、規模の大きさを考えれば――――。
「そこまで大きくない・・・?」
だが、これは立派なテロ行為だ。
油断は禁物だろう。
「遠見、<千里眼>で爆発した方面を覗けるか?」
「あ、ああ勿論」
周りの人間は突然の轟音に混乱する様子を見せ、危ないと感じて逃げようとしている人と、興味が勝り野次馬になるべく立ち止まる人に分かれている印象を受ける。
能力者社会に対する弊害がよく見て取れる。
今、俺たちは駅内の入り口近くに四人で固まっている状態だ。
進もうにも人でごった返している今は難しいため、たたらを踏んでいる。
遠見に爆発した辺りを見るように言ったが、まだ見つけられないのだろうか。
遠見に見えたかどうか、聞こうとしたその時だった。
次に俺たちを襲ったのは視界を黒く染める暗闇だった。
まさしく瞳には何も写さず、これで視界が使えないことが確定した。
けれどどうやら使えなさそうなのは視界だけで、他の感覚器官は使えそうだ。
周りの人々は急に視界を塞がれたことに対してか、それは最早野次馬、避難者問わず混乱の渦へ叩き込まれたかのように不満、絶叫の嵐となった。
よければブクマ、コメント、感想などよろしくお願いします。




