勉強後
それから俺たちはそれなりに頑張った。
俺も遠見もそれぞれ静城と塚野の進捗を確認しながら自身の勉強へ励んだ。
二人ともデザートを食べたことでスイッチが入ったのか、休憩前よりも集中している様子でこちらとしても大助かりだった。
何しろあれだけ数字に対して禁断症状が表れていた塚野が真剣に数学の勉強を再開していたのだから、その効果も馬鹿にはできない。
まあ、それで遠見も自分の勉強に集中できていたから結果オーライだったわけだ。
そうして、入店からかれこれ大体四時間くらい経過していた。
「ふぅ、結構集中してたね。時間は・・・六時くらいかぁ、どうする?」
塚野に言われつられて時間を見ると、確かに今の時間は五時五十分と六時に差し掛かろうとしている。
このまま夕飯までここで済ませるか、ここで解散にするか判断するならばこの時間に決めた方が良さそうだ。
多分そう思って塚野も聞いているんだろう。
「俺はそっちの都合に合わせられるけどどうだ?寮暮らしだし」
だから率直に俺の意見を述べた。
俺としては本当に残っても解散してもどちらでもいいので、どうせなら早めに決めて欲しい。
「あー、そっか。黒谷は寮だったっけ。んじゃあ俺は帰るけど・・・他二人はどうする?」
どうやら遠見は帰ることを選択したようだ。
取りあえず、多数決的にはこれで帰るに一票、と言う感じだ。
「じゃあ、私も・・・」
そう言って静城も勉強道具を片付け初めて、帰る支度をする。
塚野は・・・・・。
おい待て。
帰ると言っているのに何故まだデザートを頼んでいるんだ!
「・・・塚野?」
「はっ!?いや、最後。これ最後だから!アイスだけ食べさせてー!!」
「まいちゃん、わたしにも一口いい?」
「勿論!最後だしね!」
「・・・・」
なんだろう、この沸々と湧き出る感情は・・・。
うん、偶にいるよね。
こう、帰ると言っているのにあと一回だけ、と言って親にねだる子供が。
見ている分には微笑ましいと感じれる。
これが実際、知り合いにされたらどうだ。
これが結構頭にくるものがある。
「はあ、まあ頼んだもんは仕様が無いか。食べ終わったら終了でいいだろ」
もう、そう思うことにした。
「そうだな・・・、じゃあ俺も何か頼もうかな?」
「ええ、遠見お前もか・・・」
「いいじゃん、ここのデザートめっちゃ美味いしさ!」
うん、そこは全面的に同意する。
下は二百円、果ては先ほどのチョコレートパフェみたく千円、二千円越えのものもある。
だが、それほどの差があれど、味は恐らく一級品にも勝るとも劣らない。
それほど、下の下であるアイスでも美味しかった。
「じゃあ、次はチョコアイスでも頼むか・・・」
「お、乗り気になったな黒谷!」
「まあ美味いことには変わりないし、夕食に支障が出ない範囲でなら・・・」
デザートの食べ過ぎで夕食が入らない、なんてマヌケなことになるのは御免だしな。
「じゃあ、ショートケーキだけ」
「ほんと、食べ過ぎんなよ?静城」
「ん、大丈夫」
この前見た感じ、あまり入る様には思えないから、そこはかとなく心配である。
「と、そうだシロ」
「んー?」
呼ぶとシロは一体この数時間の間に何があったのか、俺の顔の横からモグラの様に首を出してくる。
若干吃驚はしたがその程度。
それ以上の事は感じない。
シロは若干不貞腐れているような顔をしており、流し目でこちらを見て、というか睨んでいる。
「何か一品食べたいデザート決めていいぞ。俺が払うから」
「マジで!?さっすが蒼太!わかってるゥーーー!!!」
そう叫んだ後、シロはちょっぱやでメニューを取るとデザート欄をしかと見つめて吟味し選別し始める。
やはり、思った通りシロも食べたかったようだ。
なんせ休憩した時からずっとこっちを見てたからな。
素直に食べたいと言えばその場で頼んだのに・・・。
「おっしゃあ!これ、これにする!」
どうやら、食べるものを決めたようだ。
「チョコレートパフェか、わかった。他にあるか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか」
どうやら、シロは先ほど静城が頼んだチョコレートパフェに目を付けたようだ。
千円オーバーというのが少し痛いが、それに見合った品質といえるし、何よりさっき食べ損なったシロのためだ。
多少出費が多くても気にしないでおこう。
店員を呼んでそれぞれの頼みたいものを頼んでいく。
勿論シロのことは俺たち以外見えていないから、その分は俺が頼んだ。
そして、暫く待った後運び込まれてくるデザート。
「うほー。やっぱりすごい美味しそうだな蒼太!」
その内、自分が食べるチョコレートパフェを見て興奮を隠せないようで最早目を輝かせている。
というか背後にエフェクトでキラキラ輝いているクリスタル的な何かが見える・・・。
「親子?」
「静城、俺そんなに老けてないと思うんだが」
おいちょっと待て。
何故にそんな感想が浮かびやがったこの子。
せめてお兄さんであって欲しい。
「じゃあ誘拐しようとする犯罪者と被害者の図」
「塚野、俺にも『怒り』という感情があるのわかる?キレるよ?」
普段考えないようにしていることを平然と言われるのは、なんか腹立つ。
けれど、事実を言われているだけだから俺から反論はない。
寧ろそうだと肯定しよう。
だが、俺がそれを言われてどう思うかは別問題だ。
人は誰であれ、言われたくないことの一つや二つ必ずある。
それは俺も例外にはならない。
例えば、元々手先が器用ではなくずぼらな人間だと自覚している人がいたとする。
その人は自分が決して優秀な人間ではないと自覚しずぼらだということを分かっていたとしても、それは自分の性分で、それを変えることは途方もないくらいに大変なことだ。
だから、諦め、或いは妥協、或いは向き合って、その人なりに日々を懸命に生きている。
そんな人が、自分では仕方ないと思っていても、他人から言われれば多少なりとも自分は他と違ってとろい人間なんだと塞ぎ込んでしまうこともあるだろう。
要はそういうことだ。
「度々俺の目つきについてネタにするけど、言われている俺からすれば結構頭に来るからな?」
自分で分かっていても、やはり他人から言われるのとでは意味合いが違うのだ。
「いや別に謝って欲しくて言ってるんじゃなくて、その辺の節度をしっかりして欲しいってだけだ」
「そ、そんなに気にしてたのかお前」
意外、と言った風に声を出す遠見。
コイツに関しては前々から気にしていると事前に言っていたが、俺がそこまで気にしているとは思っていなかったらしく、遠見にしては珍しく反省を示すような態度を表す。
けれど俺からすれば多少考えて欲しい程度であって、本当に反省して欲しい訳じゃない。
「いや、そんな深刻に考える必要ないから。今はさっさとデザート食っちゃおうぜ、アイスとか溶けちまうし」
それもそうだ、という結論に至り全員でこの夕食前のささやかなデザートを食べることにした。
「シロ?」
ふと一人後ろを見ているシロに視線が行った。
勿論後ろに何がある訳でもない。
ただ何かに囚われたように、じっと後ろを見ていた。
だからだろう、不自然に思ったのは。
何を見ているのだろう。
何を気にしているのだろう。
だから気になって声を掛けたのだ。
「ん、どうした?」
一瞬、目に写るかどうかの刹那に、シロの表情に影が差している様に見えた。
でもそれも俺の思い過ごしかのように、読んで字の如く瞬く間にはいつも通りのシロがいた。
いつものようにおちゃらけて、最高に『今』を楽しんでいる姿。
「いや、なんでもない」
それを見て、俺は先ほどの影を気のせいと断じた。
もしも本当に危険極まりないものを察知したのならば、いつも通り『神託』と評して俺を動かして解決させるだろうと考えて、あえて指摘することを断念した。
――――
◆◆◆◆
デザートを食べ終えた後、会計を澄まして四人と一柱でファミレスを出る。
結果的に言って、今回勉強会を開いてみて意外にテスト勉強は捗った。
うちのクラスで意外と成績が良い遠見を筆頭に、数学以外なら学年上位の成績を持つ塚野が居てくれたお陰かどうかは知らないが、わからなくなったときに直ぐに質問できて答えまで導いてくれる存在というものは案外馬鹿にならなかった。
今回のテストはいい点が取れそうだ。
「デザート、美味しかった」
静城がポツリと呟く。
ここを離れるのを惜しんでいると一目でわかるくらいには気に入ったようだ。
ただ最初の感想がそれって・・・、テスト近いんだからもうちょっとその辺を意識しないのだろうか。
「デザート美味かったのは同意するが、実際今回の中間テストの自信はあるのか?」
よく考えることが、飴と鞭のうち飴のみに集中し過ぎるのはどう考えても碌な事にならない、ということだ。
飴が欲しいからと鞭を耐えて必死に課せられた仕事をこなし、飴を与えられればそれのみに浸る。
まるで麻薬ではないか。
これは飽くまで極端な例えだ。
だが、極端だからと切って捨てるにはあまりに勿体ないだろう。
些細なことでさえ、こんな極端なことにならずとも近いような状態になることだってあるのだから。
だからといって、逆に鞭に集中するなんて特殊な性癖を持っているようなお人は例外とする。
「ん、いつもよりも、沢山解けそう」
心強い返事だった。
勉強前とは違う確かな自信を持って言い切った静城は心なしか楽しそうに笑みを浮かべる。
「それはよかった」
一先ず、一番ヤバいと思われた静城のテストは安定した結果となりそうで安心だ。
「まあ、俺もいつもよりは上にいけそうだ。一番は塚野な。これで数学落としたらその日から監修して数学を叩き込んでやるよ・・・」
「うひい!だ、大丈夫だって、今回は本当に大丈夫だからそれだけは勘弁して!」
おっと、そういえば塚野の数学が一番やばいのか。
仮に、塚野が数学の点数を落としたらどうなるのだろうか。
遠見の言葉通りに、遠見自身の監修の下数学を叩き込まれるのだろうか・・・。
でも思えばそれはある意味アブない状況なのでは?
・・・あまり考えないようにしよう。
大丈夫だ、あれだけひいひい言いながら勉強していたのだから結果が付いてこない訳がない。
・・・・・ないよね?
「蒼太」
呼ばれ、振り返る。
声の主はシロ、だがその表情は神としての顔を前面に出した、言わばカリスマモードというあれだ。
この声のトーンからして、まず『神託』を下すのは間違いない。
問題はその危険度。
本来シロがここまで真面目な雰囲気を出すのは珍しいことだ。
出会って間もない頃こそ、ああして繕っていたがシロ自身の素はまた別。
天真爛漫で、今を目いっぱい楽しむ姿がシロ本来の素の姿だ。
シロから貰った能力、<アクセス権>はパスコードを介し神の持つ現実の事象の改ざん能力を得る、つまりは能力者、無能力者、武装集団に至るまで全ての力は俺の手によって操作することができる。
勝負をする前から、勝ちが確定しているようなチート能力だ。
シロの素が引っ込むということは、そんなクソチート乙な能力を持つ俺でも相応に”ヤバイ”かもしれないことが起こる可能性があるということだ。
だから俺も真剣に聞く。
その一言一句を逃さないように、一つでも選択肢を間違えればこちらから死神の鎌に首を掛けてしまうしまうのだから。
「構えなくていい、今回もそれほど難しいことは言わない。ただ『最後まで四人で一緒に行動する』だけだ、きちんと送っていってくれよ?」
「最後まで四人で一緒、だな。わかった」
ただ淡々と紡がれた言葉を正確に頭へ刻み込む。
そしてそれを加味してこの短い間に何が起こり得るかを考える。
例えば自動車同士の衝突事故。
例えばビル一つを占拠した強盗。
例えばこの市街地を対象に人質を取ったテロ行為。
これまでの経験を元に、ある程度の可能性を考える。
それがどんなに荒唐無稽であっても起きてからでは遅いのだ。
どんなに馬鹿らしいと思うようなことでも起きた時に固まって動けないような状態だけは避けなければならない。
その場その場の選択がその後の生死を分けることだって珍しくないのだから。
「黒谷、今のが・・・」
遠見は、急に口調・雰囲気が変わったシロに戸惑いを見せながらも今日移動時に掻い摘んで説明したことを掘り起し俺に問う。
「ああ、俺の能力の代償、というより役割に近いか。シロに能力を貰った変わりの『お仕事』だ」
代償、と聞いて三人は驚きの表情を浮かべる。
けれど俺の言葉を聞いて胸をなでおろしていた。
「それ、絶対、やらなきゃだめ?」
静城は回避する方法は無いのかと暗に聞いてくる。
勿論、その答えは決まっている。
「別に強制力自体はない。が、もし俺がやらなかったら歴史に三つ四つくらいは新しく史上凶悪の事件が増えることになる」
これは、正直本当の話だ。
過去、シロから『神託』を貰って陰ながら解決してきた事件は数多い。
その内、いくつかは俺が阻止せず犯罪、テロといったものが成功していれば歴史に残るような大事件になったであろう出来事もあった。
俺がいたから解決できた、などと傲慢を謳うつもりは断じてないが結果的にそうなっただけだ。
「それ、黒谷くんは危なくないの?」
塚野が告げる。
それは単純に考えれば真っ先に出てくるシンプルな疑問だった。
俺は危なくないのか。
「当然、危ないに決まってるだろ。けれど、俺だからこそできる芸当だ。遠見は見てるから知ってるだろ?」
現実を捻じ曲げる。
そして都合の良い様に改変し書き換える。
それの反則性を利用した俺の半不死性は生半可なことでは打ち破れない。
「いやだとしても――――」
「それより俺意外の人間が飛び込むよりマシだ!」
遠見の発言を途中で遮って俺は俺の意見を通した。
俺は半不死性を実行できる。
けれど、それ以外はどうだ?
死角から能力で致命傷を負わせられればそれでお陀仏だ。
当然強い能力者、弱い能力者という差はある。
だからもしかすれば能力者の攻撃を退けることができるかもしれない。
それでも関係の無い一般人をあんな『裏側』に巻き込むべきじゃないと俺は思う。
だって、それに関われば底なし沼のように抜け出すことは容易ではないから。
そのままずるずると足を突っ込んだまま抜け出せなくなるのだ。
それはあまりに酷なことだ。
そして関わる人が増えたところで、俺にメリットは無い。
だから事『神託』において、俺は他人を巻き込むつもりは今までなかったのだから。
「でも、今回はそうも言ってられない・・・。四人でいるのは駅までの帰り道。どう考えてもお前らを巻き込むことになる」
道中、若しくは近くの建物で何かしら事件が起こることは確定している。
それはシロのトーンから察せることだ。
ということはそれなりに規模も比例して大きなものになるはずだ。
だからどう頑張ってもこの場に居る三人を何かしら事件に巻き込んでしまうことはもはや火を見るよりも明らかなことだった。
「でも駅まで気を付ければいいんだろ?警戒しておけば最悪何とかなるはずだぜ」
確かに、最悪そうすれば三人の内誰かは気づくことができるだろう。
見ることに特化した<千里眼>を持つ遠見に、不意打ちなど意味を成すことなく一方的に相手を屠れるランカー二位の静城がいる。
塚野の能力は知らないが、この二人が居れば取りあえず何とかなるだろう。
後は、その場の状況によりけりといった所だ。
「まあ、こうして話していても埒が明かないから、早く帰ろう。もしかすれば事件に巻き込まれるのは俺だけかも知れないし」
そう、重要なのは『最後まで四人一緒に行動』することであり、四人が巻き込まれる、とは一切言っていない。
殆どの確立でそれはないと考えても、或いは巻き込まずに済むかもしれない。
それは、この後直ぐにわかることだが、それでも「或いは」を期待して進むことにした。
「じゃあ、気を抜くなよ」
後ろを振り返って見ても、そこにもうシロはいなかった。
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