迷ったみた
現在、俺は電車に乗って本社がある駅へ向かっている。
……電車ってこんな感じだったっけ
久しぶりすぎて、何もかもが懐かしい。
というか、そもそも電車に乗ること自体が久しぶりだ。
Vtuberとして活動していた頃は、基本的に家から出なかった。
配信、ゲーム、寝る。
また配信。
そんな生活をしていたので、電車なんて乗る機会がなかった。
そして今日、久しぶりにSuicaを取り出してみた。
「……使えない」
改札にタッチしても反応しない。
もう一度やってみる。
「…………」
やっぱりダメだった。
最後に使ったの、いつだっけ
考えてみる……五年くらい前か?
そりゃ使えなくなっていてもおかしくない。
俺は諦めて券売機へ向かった。
切符を買う。
……なんか逆に新鮮だな
今どき切符を買って電車に乗るなんて、なかなかしない。
そういえば、昔はオレンジカードなんてものもあったな。
高額のカードを買って、そこから運賃を引いていくやつ。
あれも今じゃ使えない。
「どんどん便利になってるのか、不便になってるのか分からんな」
いや普通に考えれば便利になっている。
俺が時代についていけていないだけだ。
まあ、国電区間は安いからいいけど。
そんなことを考えているうちに、目的の駅へ到着した。
電車を降り、改札を出る。
さてここから本社へ向かう。
事前にスマホで地図を確認してある。
駅から少し歩けば、本社のビルに着くはずだ。
「…………」
スマホを見る。
地図を見る。
周囲を見る。
もう一度地図を見る。
「……分からん」
Googleマップを見ても分からない。
地図が読めない人っているじゃん。
あれ、俺。
方向音痴というか、地図を見ても自分がどこにいるのか分からなくなる。
地図にはちゃんと現在地が表示されている。
目的地も表示されている。
なのに分からない。
「……俺、アホなのか?」
自覚はある。
さてそんなアホなことを言っている場合じゃない。
本社へ行かなければならない。
どうするか。
誰かに道を聞くか?
それとも交番に行くか?
そもそも…交番の場所が分からん
詰んだ。
交番の場所を聞くために交番を探すという、よく分からない状態になっている。
だったらもう、本社の場所を直接聞いた方が早い。
俺は周囲を見渡す。
そして――
「……ん?」
見覚えのある人がいた。
駅前に立っている女の子。
昨日、ナンパされていた子だ。
……何してるんだ?
昨日会ったばかりなのに、まさか今日も会うとは。
偶然ってすごいな。
そう思っていると。
「…………」
女の子がこちらを見た。
目が合う。
「あ」
こっちに気付いたらしい。
そしてゆっくりとこっちへ歩いてくる。
「…………」
なんだろう。
昨日もそうだったが、この子が無言でこっちに歩いてくると妙な圧がある。
なんというか――
Steamで安く売ってるホラーゲーム感があるな
買ったことはある。
値段が安いから適当に買ったら、意外と面白かったゲームもある。
だから、Steamの安売りホラーゲームは侮れない。
宝くじよりは、面白いゲームを引き当てる確率の方が高いと思う。
そんなことを考えているうちに、女の子が目の前まで来た。
「……何してるんですか?」
やっぱり最初に溜めてから喋る。
昨日よりはだいぶマシになった気がするけど。
「単純に、道に迷ってるだけだよ」
「……道に?」
「うん」
俺はスマホの地図を見せる。
「ここに行きたいんだけど」
女の子がスマホの画面を見る。
しばらく地図を確認して――
「……案内しましょうか?」
「ありがたいけど、君は大丈夫なのか?」
昨日も俺に付き合って服を買いに行ったばかりだ。
今日も予定があるかもしれない。
「……行くところは決まってる……けど、大丈夫」
「そう?」
「……うん」
なるほど行く場所はある。
でも時間には余裕があるらしい。
それなら、お願いしてもいいか。
何より俺は本当に地図が分からない。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「……はい」
「助かる」
女の子は俺の隣に並ぶ。
「こっちです」
「おお」
歩き始める。
さっきまでスマホの地図と睨めっこしていたのが嘘みたいに、女の子は迷いなく進んでいく。
「地図読めるんだな」
「……普通だと思います」
「俺には無理だった」
「……そうなんですか」
「うん」
少しだけ、女の子が笑ったような気がした。
昨日は緊張していて、まともに顔を見る余裕もなかった。
でも今日は、昨日よりずっと自然に話している。
「そういえば、昨日もこの辺にいたよな」
「……はい」
「今日もこの辺に用事?」
「……そうです」
「へえ」
俺は少しだけ気になった。
昨日会ったばかりの女の子が、今日も同じ駅にいる。
しかも、俺が向かおうとしている場所まで案内できる。
一体どこへ行くんだろう。
「…………」
でもまあ、細かいことは気にするな。
世の中には、気にしても仕方のないことがある。
ワカチコ、ワカチコ
昔、そんなことを言っていた芸人がいた気がする。
気にしない。
それが一番だ。
俺は女の子の後ろを歩く。
そして、ふと思った。
「そういえばさ」
「……はい?」
「昨日も名前聞いてなかったよな」
「……」
女の子が立ち止まった。
「あ」
そういえば俺は昨日、適当に神崎と呼んだ。
LINEまで交換した。
一緒に服も買った。
駅まで送った。
なのに――
「……名前、知らないな」
「…………」
女の子も黙っている。
「……まあ、あとでいいか」
「……はい」
そして俺たちは、再び歩き始めた。
本社まで、あと少しで俺はまだ知らなかった。
まさかこの女の子が、俺がこれから会う人物と――
深く関わっているなんて。
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