誘われてみた
昨日のやらかしから、数時間後。
「……起きた」
目を覚ました俺は、ベッドの上でぼんやりと天井を眺める。
昨日は大変だった。
いや、俺が勝手にやらかしただけなのだがとりあえず、スマホを手に取る。
最初に確認するのは――Twitter。
「……まあ、そうだよな」
トレンドを開いてみる。
【雛罌粟】
【雛罌粟翔】
【失踪】
そして何故か、
【配信はよ】
まで入っている。
「まだあるのかよ……」
一晩寝れば落ち着いていると思っていた。
甘かったらしい。
一年間何もしていなかった男が、突然現役Vtuberの配信にコメントした。
そりゃ話題にもなるか。
「そういえば、二年に一回くらいしか投稿しないマイクラの物語やってる人もいたな……」
あの人はもう、失踪しているのが通常運転みたいになっていた。
一年程度なら普通、二年くらい空いてもいつものことで済まされる。
俺もそれくらいの認識になってくれないだろうか。
……無理か。
俺の場合、突然本人がコメント欄に現れたからな。
「ん?」
通知を確認していると、DMの通知が来ていることに気付いた。
「DM?」
誰からだろう。
企業からの勧誘とかだったら嫌だな。
そう思いながら開いてみる。
そして。
「……あ」
そこに表示されていたのは、昨日配信を見ていたVtuber――闇音恋歌が所属している事務所の公式Twitterアカウントだった。
まさか、事務所から直接来るとは思わなかった。
内容を読む。
『お忙しい中ご連絡申し訳ございません。
先日、弊社所属Vtuber 闇音恋歌の配信にお越し頂きありがとうございます。
闇音恋歌が、雛罌粟様と一度お話をしてみたいとのことですので、宜しければ弊社本社までお越しいただけますと幸いです。
ご返答お待ちしております。
闇音恋歌マネージャー』
「……マネージャーさんからか」
なるほど昨日のコメントについて、本人と話したいらしい。
ということは、闇音恋歌本人が俺と話してみたいと言っているのか。
「どうしよう。すごい断りたい」
本音が出た。
別に闇音恋歌が嫌いなわけではない。
むしろ昨日の配信も普通に楽しく見ていた。
ただ―事務所の本社。
この言葉が怖い。
俺は個人勢だ。
企業には所属していない。
つまり、企業から本社に呼ばれるなんて経験は一度もない。
そもそも何をされるのか分からない。
昨日の件について謝るだけならいい。
でもうちに所属しませんか?
なんて勧誘をされたら面倒だ。
絶対に断る自信はある。
でも、断るために話をすること自体が面倒だ。
「……いや」
俺はスマホを見ながら考える。
昨日の俺のやらかしで、向こうにも色々と迷惑をかけた。
配信中に突然現れて、コメント欄を騒がせたのは俺だ。
本人にも驚かせてしまっただろう。
だったら直接謝れる機会くらいは作った方がいい。
それに、こういう機会なんて今回が最初で最後かもしれない。
俺は諦めてDMを返すことにした。
『承知しました。お伺いします』
送信。
「……送っちゃった」
まあいい。
行って謝って帰ってくればいいだけだ。
たぶん。
「ていうか……」
ふと思った。
「マネージャーから公式TwitterでDMが来るってことは、マネージャーって皆公式アカウントにアクセスできるのか?」
企業に所属したことがない俺には、内部の仕組みなんて全く分からない。
俺には未知の世界だ。
「まあ、普通に考えたらそうなのか?」
マネージャーが本人のSNSを管理している場合もあるだろうし、公式アカウントから連絡することもあるだろう。
……たぶん。
「企業所属じゃないから分からんな」
そもそも外部の人間である俺が、企業内部の情報を詳しく知っていたら、それはそれでおかしい。
というか、
「それはもう企業スパイだろ」
そんなことを考えていると――
【ピコン】
スマホから通知音が鳴った。
「……早」
さっき返信したばかりなのだが。
画面を開く。
またDMだった。
『ご返答ありがとうございます。
本社へは、何日に来られますか?』
「暇なの?」
思わず口に出た。
返信速度が異常に早い。
俺のLINEより速い。
いや、俺が遅すぎるだけかもしれないが。
それはともかく、本社か。
俺の住んでいる場所から、そこまで遠くはない。
正直、今日でも行こうと思えば行ける。
ただ、相手にも都合があるだろう。
俺だけが暇だからといって、今日行きますと言うのもどうかと思う。
なので、
『こちらはいつでも大丈夫ですので、そちらで決めていただいて構いません』
と返信した。
送信。
「これでいいだろ」
俺はスマホを閉じる。
そして―五分後。
【ピコン】
「……早くない?」
また通知。
スマホを開く。
『明日の13時はいかがでしょうか?』
「五分だぞ」
返信が早すぎる。
もしかして、俺が返信するのを待っていたのか?
いや、さすがにそんなわけないか。
明日は日曜日。
特に予定もない。
13時なら問題ない。
俺は、
『それで大丈夫です』
と送る。
そして――二分後。
『それでは、明日お待ちしております』
「……よし」
これで予定は決まった。
明日、事務所の本社に行く。
闇音恋歌本人と話す。
そして謝る。
それだけだ。
「……あ」
俺は自分の服装を見る。
普段着。
別に変な服ではない。
ただ――企業の本社に行く服ではない。
「服、買うか」
せっかく本社まで行くんだ。
流石に適当な格好で行くのもどうかと思う。
俺は財布を確認する。
「……まあ、あるな」
明日は日曜日。
本社に行く前に、服を買いに行こう。
それくらいの準備はしておいた方がいい。
「しかし……」
俺はベッドに座りながら、明日のことを考える。
闇音恋歌。
昨日、何気なく配信を見ていただけだったVtuber。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。
一年間失踪してたった一度コメントしただけ。
それだけなのに。
「……人生、何が起こるか分からんな」
そう呟いて、俺は再びスマホを置いた。
明日、俺は人生で初めて――Vtuber事務所の本社へ行くことになる。
普通にまだ11話投稿されてないの悲しい。




