失踪してみた
『みなさんこんにちはー! 闇音恋歌です!』
俺が手に持っているスマホから、明るい声が聞こえてくる。
画面に映っているのは、二次元のキャラクター。
ただのイラストではない。
投稿者の動きに合わせて身体を動かし、表情を変え、時には身振り手振りまで再現している。
いわゆる、最近流行りのVtuberというやつだ。
この人の場合は3Dモデル。
MMDの立ち絵素材をさらに進化させたようなもので、360度どこから見ても作り込まれている。
おそらく、かなり金がかかっている。
『今日は雑談をしていくよー!』
・イェーイ!
・マシュマロ?
・雑談配信久しぶりで助かる
・待ってた!
コメント欄も順調に流れていく。
……まあ、普通の配信だ。
俺はスマホを眺めながら、適当にコメントを読む。
別に、この配信者が特別好きというわけではない。
そもそも俺は、Vtuberそのものがそこまで好きなわけじゃない。
……いや正確に言えば、昔はやっていた。
俺自身もVtuberだった。
個人勢として、自分でモデルを用意して、自分で配信環境を整えて、自分で配信して。
企業に所属していたわけでもない。
誰かに管理されていたわけでもない。
完全な個人勢だ。
もっとも、始めたきっかけなんて大したものじゃない。
「やってみれば?」
そんな軽い一言から始めた。
最初は趣味程度だった。
ゲーム配信をして、適当に喋って、気が向いたら動画を投稿する。
それだけだった。
ところが何故か知らないが、ゲームだけは異様に上手かった。
自分では普通だと思っていた。
少なくとも、自分より上手い人なんていくらでもいると思っていた。
でも、周りからすると違ったらしい。
ゲームをやれば勝つ。
初見のゲームでも妙に上手い。
難しいステージを初見で突破する。
対人ゲームでは、相手からすると意味が分からないような動きをする。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にか登録者が増えていた。
結構な数だったと思う。
……正確な人数は覚えていない。
その頃から、変な呼ばれ方をするようになった。
『孤独のVtuber』
『一匹狼』
『個人勢の怪物』
そして――『人ならざる者』
……最後のは完全に悪口だろ。
俺は人間だ、たぶん。
まあ、そんな感じで活動を続けていた。
企業勢からコラボの誘いが来たこともあった。
でも、基本的には断っていた。
別に嫌いだったわけじゃない。
ただ、面倒だった。
それに、企業所属のVtuberと頻繁に絡んでいると、その企業に所属していると勘違いされる可能性もある。
俺は個人勢だ。
それで十分だった。
だからコラボはほとんどしなかった。
結果として、余計に『一匹狼』なんて呼ばれるようになったわけだが。
……まあ、それはどうでもいい。
問題は、その後だ。
配信、ゲーム。
配信、ゲーム。
また配信。
またゲーム。
そんな毎日を繰り返していたら―普通に疲れた。
だから、ある日を境に配信をしなくなった。
休止宣言もしていない。
引退宣言もしていない。
SNSで理由を説明したわけでもない。
ただ、何もしなくなった。
それから一年。
世間的には、俺は失踪したことになっている。
実際に失踪しているので間違ってはいない。
まぁどっかのPCの初心者がマインクラフトをする人よりはマシだと思う。
「……暇だな」
俺はスマホの画面を眺める。
ちょうど配信者が雑談をしているところだった。
『最近あったことなんだけどねー』
コメント欄が流れていく。
・それでそれで?
・気になる
・話してくれ
俺はぼんやりと眺める。
……そういえば最後に自分が配信したのっていつだったっけ。
一年くらい前か。
あの頃は毎日のように配信していた。
よくやっていたな、俺。
今なら絶対に無理だ。
そんなことを考えていると、ふとコメントしたくなった。
別に大した理由はない。
暇だっただけだ。
俺はコメント欄を開く。
そして文字を打ち込んだ。
・【雛罌粟 翔】Vtuber始めたきっかけは?
送信。
……。その瞬間。
俺は固まった。
「あ」
やった。
完全にやった。
俺にはYouTubeのアカウントが二つある。
一つは、普段使っている個人用。
そしてもう一つは――Vtuber活動用。
当然、普段は個人用のアカウントで動画を見ている。
でも今日は、何故か切り替えるのを忘れていた。
つまり今コメントしたのは―雛罌粟 翔本人のアカウント。
俺のコメントが、画面に表示されている。
・え?
・雛罌粟?
・ホンモノ?
・え、ホンモノ?
・本人じゃん
・待って
・雛罌粟翔!?
・一年失踪してた人!?
・配信はよ
・配信して
・本物なら配信しろ
「…………」
コメント欄の流れが、明らかにおかしくなっていく。
俺は慌ててスマホを操作した。
『え、雛罌粟さん? ホンモノですか。それならす――』
配信者が俺の名前を読み上げる前に、俺はYouTubeを閉じた。
「……やらかした」
完全にやらかした。
コメントを送る前に確認しておけばよかった。
何故確認しなかったんだ、俺。
別にコメントするくらいならいい。
問題は、このアカウントだ。
このアカウントでコメントすると、俺がまだ活動用アカウントを使っていることがバレる。
そして、俺が生きていることもバレる。
……いや、生きていることくらいは別にいいか。
でも、絶対にこうなる。
『雛罌粟翔、復活か!?』
『一年ぶりに本人がコメント!』
『配信はよ』
そして――俺の予想は、数分後に現実になった。
「……見るんじゃなかった」
俺はTwitterを開く。
トレンド欄を見る。
そこには。
【雛罌粟】
【雛罌粟翔】
【失踪】
【配信はよ】
「…………」
見なかったことにしよう。
そう思ってスマホを伏せる。
今日はもう何も考えたくない。
俺はベッドに倒れ込んだ。
「……寝よ」
一年間、何もせずに過ごしてきたんだ。
今さら一日くらい逃げても問題ないだろ。
そうして俺は目を閉じた。
――翌朝。
俺は、この時点ではまだ知らなかった。
昨日のたった一つのコメントが、俺の一年間に及ぶ失踪生活を、終わらせることになるとは。
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