9章 あの演奏をもう一度
切れかかった電灯が粗大ゴミ受付センター内を仄かに照らす。
数多の粗大ゴミに紛れてそれはある、昨晩想い出と共に捨てた大切な電子ピアノがそこにある。
ピンク色の布が被せられたピアノに、鋼志郎がゆっくりと近づいていく。
一度は捨てようとした、詞音との約束を棄却して音楽を捨てていた。
彼女と関わることができないのならば、もう自分には必要ないものだと思っていたから。
でも……それでも忘れられなかったのも事実だ。
あの日あの時耳にした詞音の演奏が、もう八年前にもなるあの演奏が、自分の記憶から消えた日などない。
「……」
……詞音の演奏が、好きだった。
たった一度きりしか聞いたことはないけれど、偽りのない事実だ。
己の殻に閉じこもっていた自分に差し込んだ、一筋の光明。
彼女の隣に並び立って演奏ができるかもしれないという憧れが、今の自分を構成する要素の全て。
俺が今の自分になれたのは、あの彼女と共に演奏したいが為。
だから、今ここにいる自分は彼女の為に在るものだ。
詞音は無理だと言うけれど、彼女がヴァイオリンを捨てない限り望みは断ち切られない。
もう一度、在りし日の夢を追うことができるなら……。
「……また俺と共に奏でてくれるか……?」
毛布の奥の、その冷たい鍵盤に触れながらそう呟く。
返答などあるわけもない。
だからその問いかけは、単なるけじめでしかない。
……俺は、もう一度あの未来を夢見るよ。
鋼志郎は、そう呟いた。




