37章 10年越しの祭囃子
伊豆鳴祭当日――式鳴島はいつもの平穏を失ったかのように華やいでいる。
正午に祭が始まってから、島中の人が式鳴神光宮へ押しかけていた。
それぞれが思い思いの人と、出店の安っぽい軽食を食べながら久方ぶりの祭を楽しむ。
十年ぶりに訪れたこの喧噪、ある者は懐かしそうに、ある者は高揚感に溢れながら祭を謳歌していた。
かつて使っていたものを棚の奥から引っ張り出してきたのだろうか、浴衣を着ている者もちらほら見受けられた。
だから急遽開催したとはいえ、今までの伊豆鳴祭のように――いや、今までの伊豆鳴祭以上に会場は鮮やかな色に染まっていた。
そんな楽しい祭の当日だというのに、裏方仕事を担う者たちは未だ責務から解放されない。
「電力足んねぇー! やっべぇ、楽器のアンプ賄えるだけの電力もコンセントも足らん! 誰予備電源持ってきて!」
「ぜぇっ、ぜぇ……も、もってきました……これ使ってください……」
先程からずっと走りっぱなしで疲れた様子の詞音が予備電源を抱えて持ってくる。
彼女は電気設備係に任命されており、先程から電力がどうだのコンセントがどうだのと大慌てだ。
詞音から予備電源を受け取った電気設備係長は、近くの雪洞を指さしてそっちのヘルプに行けと促す。
指示通りに雪洞のほうへやっていくと、雪洞係の人が大慌てで資材置き場を物色していた。
「あのー、こっちのヘルプ行けって言われたんですけど……」
「ヘルプ? ああじゃあ電源タップ探してくんない、できるだけ差込口が多いやつ! この島古い電源タップばっかりで断線して使えないったらありゃしない!」
「あ……商工会が新品をいくつか発注してたらしいので持ってきます……」
いつもは全く力仕事をしない詞音だが、この土壇場になればそんな言い訳が通じるはずもない。
これから演奏があるにも関わらず、彼女は会場内を走り回って雑務をこなしていく。
そんなドタバタに翻弄されているのは詞音だけではなかった。
「数よーし! 順番よーし! 周辺に可燃性のものなーし! 保管倉庫には誰も近づけないようにイエローテープ貼っといて!」
花火係に任命された鋼志郎はキビキビと指示を飛ばし、他の人たちを動かしていた。
こういう土壇場は鋼志郎にとっての独壇場、忙しければ忙しい程燃えてくる仕事中毒系男子なのだ。
「花火師の人呼んできて、確認したい事項がいくつかあるから! ……今煙草休憩中? 火ィ使ってるなら遠くにいるな、なる早で呼んできて!」
鋼志郎の手腕もあって花火係の進捗は上々だ。
この分だと他の係よりも早く終えることができるだろう。
……もし時間が余ったらどうしようかな、そんなことを考えるくらいの余裕ができていた。
「あのー、琴浦鋼志郎君だよね……?」
「ん?」
おずおずと声をかけてきたのは見知らない中年の人だった。
……いや見覚えが何一つないというのは語弊があるだろう、そういえば演奏会の時、観客席にいた気もする。
「ご存じ琴浦鋼志郎ですよー。おじさん、この島の人じゃないですよね? 名前憶えていただいて光栄です」
「そりゃ憶えてるよ、この前の演奏会出てたからね! いやあ全くいいものを見せてもらった、楽しかったよ!」
「そう言っていただけで多謝感激です。楽しんでもらうことが一番の目的でしたから」
「今日も演奏するんだろう? 楽しみにしてるよ、この前に以上に楽しめることを!」
「ええ、それはもう存分にご期待ください。今日はあの時以上の演奏になりますよ! ……あ、でも大変申し訳ない話なんですけど、僕演奏があるので花火係を全うできないんですよ。設営までは頑張りますので、当日の打ち上げとかはお願いしてもいいでしょうか……」
「そんなの全然任せてよ。君たちの演奏が目玉なんだからね、それくらい無問題!」
……そんな彼の胸元に金色のバッヂが付いているのを、鋼志郎は見つけた。
バッヂに記された島の造形からすると、多分神奏島のお偉いさんのようだ。
こんな重鎮まで手伝いに駆り出すなんて、よっぽど逼迫している状態なんだろうと鋼志郎はしみじみ思う。
が、その瞬間、ある閃きが彼の脳裏を通り抜けていく。
もしかしたら、協力要請すれば色々面白いことができるかもしれない。
「……あの、一つ頼みたいことがあるんですけど」
「ん? ああいいよ、祭が盛り上がることならなんでも聞くよ」
「実はこういう要望があって――」
かくかくしかじか、たった今考えたシノプシスをお偉いさんに語る。
彼は純粋無垢な子供みたいな顔で頷いて、ぽんと手を打った。
「なるほど! いいねそれ、打診してみるよ!」
「ええお願いします。全部うまくいったらビール奢らせてくださいね」
「ははっ、いいねえ楽しみにしてるよ」
丁度花火師が戻ってきたので、お偉いさんは鋼志郎にグッドサインを一つしてから話をする為に駆けよっていく。
残された鋼志郎は疲れた体を解すように伸びをして、辺りを見回した。
花火の設営場所は神社より少し遠い、高台の場所にある。
だからこうして見下ろせば、式鳴神光宮に犇めいている人々の様子がありありと観察できた。
まだ祭も始まったばかりだというのに、会場内には大勢の人々がいて、屋台や祭囃子を楽しんでいるようだった。
特に今の時間帯は能楽殿で行われている雅楽の演奏会に人が集中しているようだ。
雅楽を披露する場所も、祭を失ってから少なくなってしまった。
久々の演奏に老人たちもどこか張り切っているように見える。
……本当なら会場まで行って聞きたいところだが、こちらの作業が終わるまでは遊びに行くことなんてできない。
……あと二時間もすれば、こちらの作業は終わるだろう。
それが終わったらどうしようか。
詞音の電気設備係はもう少し時間がかかるだろう。
海司は他島のお偉いさんとのパイプ作りで一日中引っ張りまわされているだろうし、まもり先生は商工会の若手として雑務を任されまくっているようだ。
「……」
携帯電話を取り出して、最近教えてもらった誰かさんのアドレスにメールを送る。
演奏が始まるのは二十時からだ。
きっと祭を回る時間くらいはあるだろう。
もしも、送り先の人が一緒に祭を楽しんでくれるなら、だけれども。
向こうも作業を頑張っているのだろうから、返信はすぐに戻ってこなかった。
その内返ってくることを期待しながら、鋼志郎は人々の賑わう露店の波を見つめ続ける。
こっちの作業が終わったら、クラスメートたちに声をかけて会場を回ってみよう。
返事がくるまでは、久しぶりにみんなと楽しもう。
……今日上手くいかなければ、こんな光景は最後になるんだから。
(頑張ろう。最後まで)
誰かの為にじゃない。
自分の為に、そう思った。




