27章 最後通牒
『……分かっているな、詞音』
電話口の先から聞こえてくる声は、肚の底から響いてきたようなドスの利く声。
実の娘に向けるには適当ではないと思われるが、地の声なので改善のしようなどない。
「……分かってるよ、お父さん」
職員室――といっても生徒数の激減に合わせて教員数も減ったので、校長が席を外している今、実質まもりの貸し切り部屋となっているこの場所。
誰にも聞かれていないせいか、詞音は家での呼び方で父を呼ぶ。
『俺はお前たちの為に楽譜を仕立てた、しかも贅沢なことに二種類も捻出してやった、わざわざ敵の為に尽力して最高傑作を作り上げてやった。……どういうことか、お前には分かるよな?』
「最後通牒でしょ……最大限手を貸す代わりに、明日の結果を受け入れろっていう……」
『あぁ。俺はお前たちの為にあんな手の込んだ楽譜まで作ってやったんだ、駄々を捏ねるのも明日で最後にしろ。……まさか嫌だと言うまいな?』
「……もし嫌だって言ったらどうするつもり……」
『そうだな。琴浦鋼志郎に音楽高校への推薦書でも書いてやろうか』
詞音の体がびくりと震える。
一見ただの幇助にしか思えないその斡旋は、奏一の吐く最も強烈な毒だった。
「推薦状ついでに式鳴島から西洋楽器を奪うのを遅らせてみようか。元々計画が始動するのは商工会内部で起こるであろう内乱が終わった後の話だ。適当に琴浦鋼志郎と話を付けて、いつまでも島を救える英雄気分でいていただこうじゃないか。あの男は頑張るだろうな、今度こそ島が救えると音楽の腕を磨き続けるだろうな。それもまた一興だ」
『……琴浦の人生を壊すつもり……!?』
まだ島を救うチャンスがあると鼻薬を突きつけられれば、鋼志郎は成し遂げる為に全力を尽くすだろう。
音高、音大、プロの音楽家になろうとして、いつか再び音楽で島を救おうとするつもりだ。
音高の推薦状を書かれればその道筋を検討するのは必然だろう。
だが、それは人生を蝕む蟲毒。
詞音だって奏一だって気づいている、鋼志郎には音楽の道に進む才能なんてないと。
彼は普通の男子中学生、音楽を志すことなど本来あり得ない存在だ。
運動神経の秀でていない子を宥め賺して、国体を夢見させることと同等の無謀さを孕む。
『……尤も、そこまで行使するつもりはない。だがその可能性もあることを考慮しろ』
「……っ」
『お前が音楽に関わると不幸になる者が大勢いる。……明日大敗を喫する琴浦も含めてな』
無謀な夢を見ることの愚かさを、奏一は知っていた。
もう何年もヴァイオリンを握っていない己の手を見て、音もなく息を吐いている。
「分かった……分かったから、何もしないで……。明日ダメだったら、私、家に帰るから……」
『帰るだけでは履行にならない』
「分かってるッ! その時は、音楽を……捨てるから……っ!」
『…………』
その一言は、奏一にとって最も欲した言質だっただろう。
しかし受話器の向こうからは受理する声が聞こえない、圧をかけるような無言が痛いくらいに届いている。
そして五秒もの時を刻んだ後、疑問を含んだ声が聞こえてくる。
『……琴浦を庇う必要がどこにある。あの男は六年前、お前を苦しめた張本人だろう』
「…………」
『あの男が六年前、音楽による地域活性化の提案を商工会に持ち掛けたのが根源だったはずだ』




