25章 逼迫
深夜――月さえも消え失せようとしている四時。
真夜中どころか老人なら起きてくる場合もあるこの時間帯に、未だ眠りについていない者がいた。
琴浦鋼志郎。
……学校での長時間レッスンを終えた後でも、彼の練習はまだ終わらない。
食事と風呂の時間以外は全て練習にあて、睡眠時間さえも練習時間に変換し、瞬きすら忘れた様子で打鍵を続けている。
電子ピアノが置かれた琴浦家のリビングは、今日も消灯されることなく煌々と照らされていた。
昨日もそうだった、一昨日もそうだった。
眠ることさえ半ば放棄し、必死の練習を続けてきた。
そのせいで頭が朦朧としてテンションがおかしくなっても、彼は練習だけを続ける。
だってもう、時間がない。
両手は動きを覚えた、同時に弾いて曲を形にすることはできている。
だから後は、自分の不可思議な弾き方を矯正するだけ。
できるだけ大人しく、メリハリを意識して、強さを強調する為に弱さを見繕う。
……でも、それができなかった。
いや厳密に言えばやろうと思えばできる。
だが、無理矢理メリハリをつけても、曲の勢いは衰える一方。
自転車やコマのように激しく動くからこそ安定するようなもの、鋼志郎の演奏は勢いに後押しされたもので、手を緩めれば途端に燃料を失ってしまう。
何が原因なのだろう?
なんてことを何度考えたことか。
でも疑問に対する答えなんて見つからなくて、結局原因は分からず仕舞いだった。
本番までもう後僅かしかない。
日和っている時間など存在しないのに。
「……ちくしょう……」
祈るように鋼志郎は呟いた。
込み上がる怒りは不甲斐ない自分に、湧き上がる謝意は時間を削って教えてくれた詞音に、膨れ上がる絶望は黒く沈んだこの島に。
心は壊れる程焦っているのに、体は鈍く動かない。
心身の乖離は疲労から来るものだが、刻限迫る今、休むことすら惜しく感じる。
……裏で胎動している計画を今の鋼志郎が知れば、きっと重圧で心を失いかねないだろう。
それくらいにまで追い込まれていた。
「……時間が……時間さえ、あれば……」
願う時間すら、もう、ない。




