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21章 舌戦

「北空さん、コーシロの……琴浦鋼志郎のことを存じ上げていますか?」


「いや、残念ながら全く! 昔から商工会の活動に参加していたなら顔くらい見たことあるはずなんだけどなー、誰だったかなー!」


「琴浦鋼志郎はある友人のおかげで音楽を始めて、今ようやく演奏会に至りました。友人の名前は闇倉詞音、ご存じ闇倉奏一の一人娘です」


「……闇倉、詞音……」


 文人の目が僅かに眇められる。

 無論彼が闇倉詞音を知らないわけがない、六年前の一件を知る男なのだからその名を忘れるわけがない。


 商工会を手中に収めようとする闇倉奏一。

 六年前の一件で心を失った闇倉詞音。

 その音楽を受け継いだ琴浦鋼志郎。

 そして奏一と詞音は実の親子……。


「……成程、それは中々にドラマティック。闇倉詞音はどちらの派閥に属しているんです?」


「琴浦鋼志郎側。現在父娘は決裂状態」


「ほう……それは益々に以て面白い……! 島を救おうとした少女の友が、島を救おうとした男の乱逆に抗うか!」


 でもね、と一転。

 文人が冷静な面持ちで海司を見る。


「その関係性はドラマ的だ。でもただの演奏会って、肝心の琴浦鋼志郎のやることが小規模すぎる。島を救うことを考えるなら、もう少し盛大なことをしてくれないと記事にしても設定ばかりが先行した誇大記事になるんじゃないかな。その演奏会も小規模なんだろう?」


「会場のスペースから鑑みて、最大収容人数は五十人前後ですかね」


 それくらいの人数じゃお話にならないと言いたげな文人相手に、まもりが追撃を試みる。


「……でも参加者を聞いたら驚きますよ。水面下で交渉を続けてるんですけどね、例えば――」


 縺れた糸を解くように、まもりが本当の作戦を話し出す。

 演奏会を下敷きとしたもう一つのシナリオ、島を救う搦め手。


 要項を話しながら彼女が取り出したのは、古ぼけた企画経歴書だった。

 六年前のものと、二十年前のものの二種類。


 企画経歴書を手に取った文人の動きが止まる。

 彼は全て知っている、六年前何があったのか、二十年前何が起こったのか。

 そんな彼に対して、まもりは薄く笑いながら言う。


「――今から新たな企画は立てられない。けれども、かつて凍結された企画を再度動かすのは契約に違反しない。そうでしょう?」


「……そうだね。凍結された企画は現商工会管轄だし、承認まで時間がかかることもない。動き出してしまえば遂行せざるを得ない」


「なら、六年前に凍結された企画に賭けましょう」


「でもその企画は規模が大きすぎる。この島の馬力だけじゃ賄えない」


「だからこその演奏会です」


「……」


 六年前に封印された企画を呼び覚ます、鋼志郎たちの演奏会はその為の起点……。


 その奇襲作戦は妙手か悪手か、文人の脳内で古ぼけた算盤が音を立てて動き出す。

 いつだってこの算盤で試算してきた、計画が倒れるのか華々しい成果を上げるのかを嗅ぎ分けてきた。


 だが……この企画は……ギャンブルにも程がある。

 嗅ぎ分けられない……。


 文人が動きを止めて考えを纏めている中、匠海が大慌てで二人の肩を掴んだ。


「ふ、二人ともっ、こんな話俺は聞いてないぞ……!」


「だって言ってないもーん」


 悪びれもせず、舌を出しながら海司は言ってのける。


「これは俺とまもりセンセで考えた作戦、商工会組には何も言ってませーん。ま、先生は闇倉詞音の名前を出すなっつってたけど、六年前の出来事を掘り起こさないと御役人の言うドラマ性がないからしょうがないよねぇ」


「……チ」


 まもりがふてぶてしく舌打ちをする。

 海司も、まもりも、文人も、それぞれが顔に貼り付けていた外面が瓦解するように剥がれていた。

 未だ現状を理解していない匠海だけが平常運転、傍から見て情けないくらいに狼狽している……。


「なんで父さんに相談もなくこんなことを考案した! 一言くらい……」


「今の商工会メンバー、過去の失敗を引きずってるでしょ。六年前の企画が凍結されたのも過去失敗したかららしいし。そんな連中に提案しても、昔無理だったからやめとけしか言わなさそうだからねぇ」


 そこでようやく、文人が顔を上げる。

 鋼志郎の成功にオールインした二人とは対照的に、文人の思考は見に辿り着いていた。

 まだベットもレイズもフォールドも機ではない、いざとなれば逃げ切られる適切な距離で状況を様子見る……。


「琴浦鋼志郎君次第だね。彼の演奏に全てがかかっていると言ってもいい。彼がもし人の心を動かす演奏をしたならば……そこにドラマはあるだろう」


「その場合、この計画に加担してくれますかね?」


「演奏会が無事成功して、重要な観客たちが計画に助力すると名乗り出たならば、やぶさかではないと言っておこう」


「言質、取りましたよ。仮にも公僕なんですから、約束は守ってくださいね」


 三人が厭らしく濁った笑顔を向け合った。


 本当の計画が、今ようやく形を成していく。


 島を救う。

 ……演奏会の向こう側にある、本当の計画が。

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