18章 四者四様
「商工会と著作権協会への申請は終わったぞぉ」
「ピアノの搬入手続きと楽譜の仕入れも終わったぜェ」
「入門書一冊終わったー!」
翌日。
海司、まもり、鋼志郎からそれぞれ吉報が告げられたのは例にも漏れず生徒の散った放課後のことだった。
各々が務めていた事項が円滑に進み、一見すると良い進捗具合に見える。
残念ながら鋼志郎の演奏技術にかかっているので油断ならないのが現実だが。
……ちなみに楽譜に関しては、今日の朝には完成形がポストに届くという想像以上のバリ早進捗を見せたのでまもりも思う存分たまげた。
恐らく徹夜の作業になっただろうから今頃奏一は枕を高くして寝ていることだろう。
「で、ある程度地盤は固まったわけだけどさぁ、あと五日しかないよ五日ぁ。コーシロどうなん? いい感じに進んでる?」
「任せろ、授業そっちのけで入門書に勤しんでたから自信がたっぷりだぞ。略して自信たっぷり鋼志郎」
「略せよ」
まもりの居る前でうっかり口を滑らせて釣鐘ヘッドバッドを叩き込まれる鋼志郎をよそ目に、詞音は届いた楽譜に目を通していた。
その目は巳のように鋭く、よほど集中しているのか三人の会話は聞こえていない。
「……」
楽譜の難易度的にはさほど難しい譜面ではない。
ミスしかねない部分はいくつかあれど手が慣れれば難なく突破できそうな難度だ。
サビ以降は左手の動きがややこしいかもしれないが右手側のフレーズがキャッチーなのでさして目立たないはず。
……それだけなら全然問題ない、問題点がこれだけなら詞音だって胸を撫で下ろしていたに違いない。
問題は――この曲の雰囲気がくっきり明確に分かれていること。
イントロからAメロにかけてのアップ、そこからサビ前に至り著しくダウンして、押さえつけていた感情を爆発させるかのようなサビの盛り上がり。
曲の起伏が激しすぎてともすれば客を置いてけぼりにしかねない危うさがそこにはある。
サビ前に落とし過ぎればサビに盛り上がり切れず、サビ前を上げ過ぎればサビの盛り上がりが霞んで見える。
しかしいい塩梅を表現することなんて、たった四日でできるのだろうか……?
「闇倉?」
「……っ」
周りが見えなくなるほど熟考していたのだろう、鋼志郎に顔を覗き込まれて飛び上がらんばかりに驚く。
というか実際尻と椅子の間に三センチくらいの隙間ができた。
「な、なに、いい話なら聞かないこともないけど」
「いや聞かないこともないけどっつーか、むしろ話を聞かせてほしいんだけど。専門家としてその楽譜見てどうだ? 後数日で間に合いそうか?」
「……努・力・次・第っ」
ぺし、とたわんだ楽譜で鋼志郎の顔を叩く。
「すぐさま暗譜して練習始めなきゃお話になんないわ。入門書を完遂した成果をとくと見せてもらえる?」
「おうっ、任せろ。入門書に関してはもうプロ並だぞ」
入門者なのかプロなのかいまいち分からない大言を壮語して、鋼志郎はいそいそと入門書を取り出してみせる。
その入門書は練習を始めて数日程度なのにもうクタクタに萎れていた。
「善は可及的急げだ、早速ピアノの鍛錬訓練! 行くぞ闇倉、今日中にある程度目途をつけられるようにならなくちゃな!」
「あ、悪いけどしばらく一人で練習しててくれる? これから三人で話し合うことあるから」
「えっ、なんで俺のけものにされてんの……?」
いじめ? いじめなの……? となんだか可哀想な顔をしている鋼志郎を宥めて、教室から追い出させる。
鋼志郎が去ったのを確認してから、詞音は二人に向き直った。
「……本人には聞かせられないけど、一つ大きな問題点があるわ」




