12章 泡沫の策謀
「お待たせ諸君! 現代音楽に詳しそうな友人たちに今のトレンドをねっぷり聞き取り調査したぞ! お誂え向きにもカバー曲で今超絶流行ってる曲あるって! 今携帯で流すからちょっと待っててな!」
妙に鼻息荒く動画サイトに向かっている鋼志郎。
その表情は何故か晴れやかだ。
そんな彼を見て物珍しい昆虫でも見たような顔をしているのは詞音だった。
「……なんで琴浦はやたらに興奮してるの?」
「あー、イタズラの時もそうだけど、コーシロはこういうドタバタを一番楽しむタイプだからねぇ。なんか楽しくなってきてるんでしょ、ワーカーホリックとか向いてそうだなぁ」
とか変な考察をしている二人を気にせず、鋼志郎が曲を流し始める。
携帯から流れてくる旋律はJPOPに疎い者共であっても多少は心当たりがあるような曲だった。
「……あ、なんかこれ聞いたことあるかも。何のCMだっけ」
詞音がふんふんと軽い鼻歌を奏でる。
それを聞いて何故かちょっと興奮している鋼志郎が、
「俺も分かんないけど、こういうのって車のCMでよく使われてるイメージだな」
なんてことを言う隣で、まもりも思い当たるフシがあるような表情を浮かべていた。
「アタシも昔聞き覚えあんなァ、小坊ぐらいの年ン時だっけか。そんだけ前にも聞き覚えあるっつーこたァ、老人共もよーく知ってそうだよなァ」
「でもよぉコーシロ、楽譜はどうすんの楽譜はよぉ。そりゃネット漁ればあるだろうけど、曲がりなりにも商工会の絡んだ島認定の行事なんだし、楽譜をアップしてる人とかマージン取ってる著作権協会とかに許可取らなきゃダメだよな。特に楽譜の制作者は著作権協会と違って法人に所属してるわけじゃねーから連絡もルーズだろうし、その上万が一NGくらったらまーた楽譜探しなおしっしょ? キツくねぇー?」
確かにそれは大問題だ。
後者は申請さえすればなんとかなるとして、楽譜製作者に関しては個人の問題になるから必ずしも許可が下りるとは限らない。
そもそも著作権の存在する曲の楽譜を無許可でネットにアップしていて、それを使うなどと著作権団体に申請しなきゃならない時点で大丈夫なのかどうか不明瞭だろう。
答えに窮してぐうの音も出ない鋼志郎だが、まもりが事もなさげに言う。
「アタシらが楽譜を用意するとしたらどうなる? 許可取った上で制作して、この為だけに使う。楽譜製作者から断られるって心配はなくなるしロスは少ねェ気がするんだが」
「そりゃーまぁーロスは少ないだろうけどさー。誰か楽譜作れんの?」
「この島にゃいんだろ。楽譜の作れる作曲家が」
その言葉を聞いて詞音がはっとする。
いや、詞音だけじゃない。
鋼志郎も海司もその人物に辿り着く。
この島で作曲家を営んでいるのは一人しかいないのだから。
でも――それがあまりにもあり得ない人物過ぎて、受け入れがたい。
「闇倉奏一……?」
「あァ。これが最も単純な方法だろ?」
いや、でも、しかし……と誰もが二の句を継げない。
五秒ほど出しかけた言葉を嚥下し続け、ようやく言葉を返せたのは鋼志郎だった。
「む、無理でしょ。敵に塩を送らせるなんて……」
「いや、演奏を完全なものにする為にはこのプロセスが欠かせねェ。ネットに落ちてる楽譜じゃダメだ、ここは何が何でもブン取らなきゃならん。……ま、ブリタニックやオリンピックレベルの大船に乗ったつもりで任せとけェ、そっちはアタシが担当したる」
それタイタニックの姉妹船じゃないですか……と慄く鋼志郎だが、まもりは己の薄い胸板を叩いて安心させようとする。
その隣で海司はお気楽そうに、締まりなく笑いながら頷く。
「ま、センセがそこまで豪語するなら信じるとして、お前たちは演奏練習頑張ってくれよぉ。ただの演奏を、島を救う為の演奏にする方法は俺と先生でどーにかすっからさぁ」
「勝算高い計画でもあるのか?」
「なかったらこんなに不真面目な顔しなくねぇ?」
「多分それ産まれつき」
計画自体は確かにある。
昨日の一件をまもりが商工会会長に伝達したことによって奏一の計画を知った海司はまもりに連絡を取り、島を救う為の計画を練りに練った。
だが海司は計画の全貌を明かさない。
何故ならそれは薄い賭け。
どんな気まぐれで潰えるか分からない泡沫の策謀。
だからここで口にしてしまえば鋼志郎の危惧を誘い、集中力を削ぐ原因になると分かっていた。
……鋼志郎もそれを悟って、それ以上の追究を止める。
「んじゃー俺は手始めに、商工会に取り合って公民館のレクホールの使用許可申請でもするかねぇ。億が一のこと考えると早いほうがいいし今から行ってくっわ」
「んじゃ、アタシは運搬手配すっか。当日このガッコのピアノ使うだろ、担当者に声かけとく。……オイ長野ォ、オメーも公民館行くんだろ? ケツ乗せてってやっから校庭で待っとけ」
「えぇー、俺バイク酔いすんだけどなぁ」
とか言いながら、二人が教室を出ていった。
……残された二人は一瞬顔を見合わせて、余韻を確かめることなく頷いた。
「で、俺たちは一に練習二に練習だっけ」
「ご名答。はい倉庫行って」
詞音に急かされ、レッスンをするべく校内倉庫へと向かう。
「でも練習っつったってピアノ経験者は俺しかいないからなぁ。入門書とひたすら睨めっこするっきゃないか」
「少しくらいなら教えられるわ。さっき入門書読み込んだし、元々ピアノの心得が全くないわけじゃないから」
「え、ピアノ弾いたことあるの? ヴァイオリニストなのに?」
「一応うちにピアノがあるから、昔少し学んだことくらいはあるの。……まあ、大っぴらに言える程の腕じゃないけど」
無駄口を叩いている間も、詞音にぐいぐい背を押されて急かされている。
早く倉庫に行って練習しろと言いたげだ。
一週間後まで練習尽くしだとしても、音楽経験者の詞音に鞭撻されるのだ。
ある程度はスムーズにいくだろう。
なんなら上手くなるついでに致命的な仲の悪さが改善するくらい仲良くなったりして――。




