11章 鼎談は会談に
刻限を伴う目的を持った時、時の流れは異様に早くなる。
気づけば放課後が訪れ、誰もかれもが最後の一礼を終えるなりロケットみたいな勢いで教室を出ていき、各々定着した遊び場でキャッキャと遊びに直行していく。
終礼からものの一分もすれば、もう教室内には教師を除いて三人の生徒しかいなくなった。
今更誰が残ったのかと問うのは馬鹿らしいだろう。
詞音、鋼志郎、海司だ。
「……んで? 昨日はどんな感じにまとまったん?」
そう口火を切ったのは海司だった。
他の二人に真っ直ぐ視線を向けて、何もかもを知り尽くしたような余裕の笑みを浮かべている。
「なんだ海司、知ってるのか?」
「あったりまえだろぉ。俺は商工会会長の息子だぞ、昨晩の内に闇倉が立候補したって聞いて目ン玉が狙撃銃並の弾速で飛び出たわ。勿論息子として俺もこの話にゃ一枚噛むことになるんだけど、どーせなら当事者の口から改めて全貌をお聞かせ願えませんかねぇ」
そんなことを言う海司の目はまるで胡散臭いものを見るかのよう。
そりゃ、前日までの態度を知っているのだから、詞音が立候補したって事実を信じられないのも無理はない。
「……そうだな、お前もこの話に絡むんだもんな。ここまでの経緯を話しとくよ」
そして鋼志郎は語り出す。
昨日偶然詞音の演奏を聞いたところから、奏一への宣戦布告、そして一週間後に失敗すれば商工会とこの島の楽器がどうなるのかを。
全ての話を聞き終えた海司は、溜めに溜めてこう言う。
「クッ……ソ親父だなァァァ闇倉奏一ぃぃぃ。なァーにたわけたことぬかしてやがんだっての、突発的に変なこと始めんなよあのオッサンなぁー」
海司の立場からすればそう言いたくなる気持ちも分かるが、思う存分不満不平をぶちまけると闇倉の視線が鋭くなるからやめてほしいと切に思う。
……むしろ海司は詞音を不機嫌にさせたい系男子なので、鋼志郎のそんな願いなど通じるはずもないが。
「で? 闇倉奏一が圧をかけてきているにも関わらず? 当の娘は名義貸しだとかなんだとか言って主演者にならないわけ? それは不義理だと思うだけどな俺はなぁー」
「海司……悪いけど軽々に喧嘩売らないでくれ……お前たちがバチバチだと間に挟まれた俺がいらん気苦労を背負うことになる……」
元より険悪な仲なので、当然の如く三人で協力しよう!
なんてムードにはなりやしない。
一蓮托生ではあるが一心同体でもないし知己朋友でもないのだ。
残念ながら。
これ以上この話を続けると詞音の視線が氷点下を超えてしまいそうなので、あわあわと慌てながら鋼志郎が別の話題を切り出す。
「そだ、海司、あれだ。あれだよ。お前会長の息子なんだし何か俺たちの知らない事情知ってるんじゃないか? 報連相は積極的にしていこうぜ」
「んー? そだねぇ、闇倉奏一の目論んだ改革草案には目ぇ通したかなー。……めんどくせー計画だったよ。商工会連中は何も言えなかったようだがねぇ」
「あのオッサンが何考えてるのか知ってるのか?」
「まあねぇ。一言で言えば、雅楽を使った重要無形文化財による金策だよ」
曰く――闇倉奏一の草稿とは、雅楽の大衆化による助成対象化、及び観光資源への昇華。
式鳴島の高齢者には雅楽の文化が根付いている。
それを若年層にも広げ、子供から大人まで古典文化に慣れ親しんだ島として積極的なPRを行い観光資源化する。
一部の雅楽は重要無形文化財にも指定されているので、ある程度浸透すれば助成金も狙えるだろう。
「……成程。闇倉奏一が西洋楽器を破棄しようとする理由もそこにあるんだろうな。子供に雅楽を叩き込むってんなら、西洋楽器は邪魔以外の何物でもないし……」
子供は知名度や目にする頻度が高いものを良しとする傾向がある。
雅楽とピアノ、ヴァイオリンが隣り合っていれば、西洋楽器を選ぶ子は多いだろう。
綺麗なおべべを着て演奏会をしている光景をテレビで見たことがあるからと――。
だから、子供の選択肢から除外する為に西洋楽器を排除する。
……鋼志郎のように本土から取り寄せてまで西洋楽器を求めれば止めようはないが、よっぽどのことがない限りそこまでの手段を用いる子供はいないだろう。
「……それが本当に全てならなァ」
と言葉を挟んだのはまもり教員だった。
煙草を咥えながら詞音に視線を向けている。
「闇倉奏一のこたァお前が一番よく分かってんだろ、どう思う? あの男がそんな見上げた愛島精神を見せるもんかねェ。しかも商工会の会長に解任要求して、アタシを新会長に挿げるまでの強硬手段だ。本当に雅楽を島の武器にしたいならそんなことすっかなァ。前会長を無理矢理クビにしたってんなら、雅楽を扱える老人たちもいい顔しねーだろ」
「そうですね……私もそう思います。もしその計画を実現させたいならば、商工会に参加して草案を提出すればいい。会長の座を強奪するなんて真似は御法度、この島の人間を敵に回すのにも等しいはず。実績はいざ知れず、商工会と住民には島特有の強い繋がりがありますし……」
実績はいざ知れず、の辺りで会長倅の海司が面白くなさそうな顔をしていた。
先程の暴言の意趣返しだろうか、間に立っている鋼志郎が気まずそうにしている。
「多分父には、事を急く理由があるんだと思います。想像はつかないですけど……」
「……つーかそもそもさぁ」
熟考し始めた詞音に、小馬鹿にするような大げさすぎるボディランゲージを見せつけながら海司が話しかける。
「計画や演奏がどうとかよりまず大事なことあるっしょ? 父親が変なコト抜かし始めたんだし実の娘が説得してみるとかさぁ。闇倉奏一にとっちゃコーシロは取るに足らない存在だろうけど、実の娘がせがめばもう少しマイルドな条件にしてくれんじゃねーの?」
「……残念だけど、それは昨日やってみた。夜中熱心に三時間程話し合ってみたけど……釣果が得られないどころか盛大な大喧嘩になったわ」
どだい無理な話だとでも言いたげに、詞音は残念そうな顔をして首を横に振る。
「あの様子じゃ説得は無理ね。……というか、あの人が私の願いを聞き入れてくれるなんて思えない。あの人にとって、私は言うことを聞かない悪い娘なんだから」
「そうか? 闇倉が言うこときかないワガママ娘だなんてイメージはないが……」
「私のヴァイオリンね、あの人は止めさせたがっているの。ずっと昔から、それこそ幼稚園児の時、父の仕事道具だったヴァイオリンに興味を持った段階からね。でも私はそれを無視して、父に止められないよう学校に忍び込んでまでヴァイオリンを続けてる。そりゃそんな娘の言なんて聞く気ないわよね」
「……なるほど、それが……」
そんな言葉を零したのはまもりだった。
その言葉に反応した鋼志郎を見て、彼女は失言を悔いるような表情で舌打ちする。
その言葉の続きを紡いだのは、意外にも海司だった。
「それが六年前の一件で強固になった。……オッサンが短兵急に話を進めるのも頷けるねぇ」
今度は海司の方に、首の骨がイカレんばかりに振り返る。
そんな鋼志郎を見て海司が静かに笑った。
「いや、その件についてわざと黙ってたんじゃないよ? これについてはウチの親父から箝口令が敷かれてるからねぇ、関係者は誰も口外できないの。まもりセンセーもそうでしょ?」
「……まーなァ。だからアタシから話せることは何もない。……失言して悪ィな」
六年前の出来事をまもりが把握しているのは頷ける、教師なのだから生徒の情報は座していても入ってくるだろう。
しかし問題は海司が知っていること、そして商工会会長が箝口令を敷いていることだ。
(六年前の出来事は、商工会が関係している……?)
鋼志郎の推察は自明の理だ。
しかし商工会と闇倉家の間に関係性はなかったはず。
……でも、今はある。
闇倉奏一が商工会を掌握しようとしているのだから。
六年前。
商工会と闇倉家に何かがあった。
詞音は人前で演奏ができなくなり、社交的な性格を失って――それが種火となり、この事態に繋がっているのでは――?
「……とにかく、説得なんて選択肢は捨てましょ。今は時間がないんだから一に練習二に練習ね。どんな演出で演奏をするとしても、地力がなきゃただのお遊戯会でしかない。最低限人に聞かせられるだけの腕前は身に着けてもらわないと」
確かに詞音の言う通りだった。
何に起因しているかを探るくらいなら練習に時間を割かなければならない。
「問題はそれだけじゃないぞ。俺のオツムじゃ一週間で複数の曲を覚えるなんて到底無理だ。だから一曲に絞る必要があるが、それも早めに選曲してすぐ頭に叩き込まなきゃならん」
「その肝心の曲は決まったの? 相当選曲難度は高いと思うけど」
「……総員の忌憚なき意見を乞う!」
昨晩、詞音が父親と言い争っている間、鋼志郎は一人で曲をどうするか考えていた。
……しかし熟考は長考になり、うたた寝になり、熟睡になり、朝になった。
無理もない。
奏一に課せられた条件をクリアするための曲なんて、正直誰にだって考え付けるものではない。
曲を演奏しただけで島が救えるのならば商工会は苦労しないはずだ。
だから、誰も意見が出せず考え込んでしまうのも当然だった。
特に難しい顔をしているのは音楽経験者の詞音だ。
「そーねぇ……西洋楽器をメインにするけど、クラシックはNGね。ハマってない若者にとってクラシックは退屈以外の何物でもないし、そもそも西洋楽器文化が根浅いこの島じゃ盛り上がらないのは必至。悪手もいいとこだわ」
「そーなると、コーシロや俺は詳しくないけどJPOPかねぇ。あれなら有名曲流しゃ若者でもピンと来るし、メロディもキャッチーだから体に仕込みやすいだろ。……俺的にゃー思いっきりジギーでイルでバックワイルドな曲にしてーんだけどなぁ」
「アタシもそっちは専門外だけどJPOPっつッたらカバー物とかどーだ? 若者だけが分かって老人が置いてけぼりだと盛り上がりが半端だろ、大人も子供も平等に盛り上がれンならそっちのほうがいいに決まってらァ」
「珠玉の意見だなぁ。で、この中でJPOPに精通している現代的な人はというと――」
詞音、海司、まもりの順番で視線を流す。
「……クラシック一本」
「ロックバンド専門ンー。DDPっつーバンドがマストバイだぞぉー」
「雅楽専攻、商工会との付き合いでなァ」
残念ながらマトモな現代文化に触れている若者が少なすぎた。
そりゃ四人ともテレビで流行っている曲くらいなら知らないでもないが、実際のところ若者たちの間で支持されているのかどうかまでは皆目分からない。
「えーい、マイノリティな文化に毒された異端児共め! 俺含めてな! くそう待ってろ、こういう時こそ俺が日頃から積み上げてきた支持率がモノを言うわけだ!」
鋼志郎は勢いよく携帯電話を取り出し、クラス全員(詞音は例外)と繋がっているSNSを開く。
そして片っ端から無料通話をかけ始める。
「あーもしもし俺! 鋼志郎! ちょっと聞きたいことがあるんだけど……違う今日の英語じゃなくて……いや英語も教えてもらいたいけど……むしろ英語の方が教えてほしいけど……うん! じゃあ英語のくだりを話した後で聞いてもいいかなぁ!」
若干宿題の圧に負けかけている鋼志郎だが、ともかくクラスの一人一人に今流行っている曲を聞き始める。
そんな彼の様子を見て海司がヘラヘラ笑っていた。
「いやあ、こういう時コーシロの立ち位置は頼りになるねぇ。……んで、闇倉大先生ェ、マジでコーシロは人前で演奏できるようになんの? 昔取った杵柄っつーかある程度は経験あるらしいけど、ブランクありすぎっしょ」
「……玉虫色な評価だけど、今後の努力次第でしょ。死ぬ気で頑張ればギリギリイケるかも、みたいな感じ」
詞音は言葉にこそ出さないが、……昨日、鋼志郎の演奏を聞いてから思っていたことがあった。
もちろんフロックかもしれない、一度きりの奇跡なのかもしれない。
けど……鋼志郎の演奏を聞いて、少しだけ胸が躍ったのは確かなのだ。
原理は分からない。
もっと上手な人のラプソディ・イン・ブルーなんて何度も聞いたことがあるし、むしろ鋼志郎の演奏は下手だと言っても過言ではない。
それでも感覚を重んじる演奏家として、一度肌身に感じたものに嘘は付けない。
もしもあの演奏が、当日もできたならば。
……未来は変わってくるのかもしれない。
なんて、恥ずかしくて本人には絶対に言えないけれど。




