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花咲く惑星(ほし)に祝福を  作者: 新井 狛
第一章 愛しき君には腕いっぱいの愛を
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第6話 怪しいものじゃないんだ

「あらま先生。ひどい顔ですね」


 結局一睡もできないままに朝を迎えたハロルドの顔を、ブルーグレーの瞳が覗き込んだ。手回し充電器のハンドルを回し続けていた手を止めて、(みどり)の目がそれを見返す。呆れたように鼻を鳴らした。


「アンタはよく眠れたみてぇだな。つか、また薬使ったろ」

「……先生の仰った規定量までですよ?」


 微妙に目が泳いでいる。ハロルドの示した鎮痛剤の規定量は一日分だが、おそらく今朝の時点でそれのぎりぎりまでを使ったのだろう。(みどり)の目が疑うようにルトリシアを睨む。

 一日の規定量を使い切ったとしてもまだ元気に動けるほどにはならないはずなのだが、この女の並外れた根性と度胸は嫌というほど見せつけられていた。大方無理して動いているのだろう。


「……午後の追加はナシだからな」

「わかってますよ……」


 そもそも一回の量を増やすなという話ではあるのだが、そこはもう諦めて立ち上がった。無心にハンドルを回しているうちに雨は止んでいたらしい。雲の切れ間から指す朝日が、荒地にしょぼしょぼと生えている草に無数についた雫をきらきらと輝かせている。

 美しい朝の光景と言えば聞こえはいいが、ハロルドの死んだような視線の先には昨日の死体がそのままに転がっていた。朝日の中で見ると、腐敗の度合いがより一層ひどい。

 ハロルドは無造作にハンドルを地面に置くと、ゴミが突っ込んである箱に歩み寄った。底の方から、ルトリシアの手術の時に使った衛生手袋を取り出してはめる。半分焼け焦げて使い物にならなくなったシャツで鼻と口をぎゅっと覆って後ろで縛ると、死体に歩み寄った。ぶぅん、と不快な羽音。虫がたかり始めている。

 こわごわと後ろからルトリシアが覗き込んでいる気配に、鬱陶しそうに手を振った。


「おいアンタ。動けるなら積み荷にスコップの類が残ってないか見てこい。見つけたら穴掘っとけ。近くには掘るなよ」


 ルトリシアは意外そうに目を瞬かせる。


「……埋葬してあげるんですか?」

「そういう情緒的な問題じゃねぇ。放っといたら虫も沸く。こいつにやべぇ病源菌がいたとして撒き散らされちゃ敵わん」


 しっしっとルトリシアの方を見もせずに追い払うようなジェスチャをすると、黙って離れていく足音がした。改めて死体に向き直る。布越しでも凄まじい臭気が鼻を突いた。

 腕を持ち上げようとすると、腐っていてぼとりと肘から先がもげ落ちた。昨日、あのすさまじい膂力で掴みかかってきたとはとても思えない状態だ。弾が貫通した頭部からは、血だけではない粘性のものがどろりとこぼれ落ちている。薬物中毒だけでは、どうにも説明がつかなかった。ゾンビやアンデッド――頭をかすめたファンタジーな発想を追い出しにかかる。


 腐った肉と粘液ばかりを見つめていた目が、ふと白い色をとらえた。死体の膝の下から首をもたげるようにして、白い蕾が膨らんでいる。可憐な印象の小さな花なのに、それを見た瞬間に全身がぞわりと粟立った。この腐った死体の隣にあるには、あまりにもそぐわない。手袋をした指が、そろりと蕾に伸びた時。

 ざり、と背後で足音がした。弾けるように立ち上がって銃を向ける。昨日の恐怖も手伝ってか、ベルトから抜き出す速度はなかなかのものだった。


「う、撃たないで、撃たないで!」


 薄汚れた服を身にまとい、ボロボロの大きなバッグを背負った青年がおろおろと銃口の先で手を挙げた。ヒビの入った眼鏡が半分ズレている。

 取りあえず口のきけるまともな人間だったことに、ハロルドの肩から少し力が抜けた。それを見た青年があわあわと弁明し始める。


「怪しい者じゃないんだ、いやこんな格好じゃ信用出来ないのも無理ないけどっ。僕のいた集落(コロニー)深淵(アビス)の襲撃で壊滅しちゃって、取るもの取って逃げてきたっていうか」

「集落だぁ?」


 ハロルドは銃口を下げないまま鼻を鳴らした。


「適当フカすんじゃねぇよ。このあたりにゃ宙族とキチガイの巣しかねぇって」

「そ、そんな規模の大きいところじゃない! 流れ者が数軒寄り集まっただけの小さいところでっ、嘘じゃない、嘘じゃないってば!」


 ぐり、と顎下に銃口を押し当てられて青年の声が泣きそうになる。その背後でざくっ、と何かを地面に突き立てるような音がした。


「ちょっとハロルド先生! 何してるんですか!?」

「あん? 邪魔すんなよ、あっち行ってろ」


 身体を割り込ませてこようとするルトリシアに、ハロルドが鼻を鳴らす。銃身をつかんで自分に向けながら、ルトリシアはぷんぷんした様子でその場にへたり込んだ青年に指を向けた。


「怖がってるでしょ! 人に銃を向けちゃいけません! 昨日からマガジン替えてないしスライド下がったまんまじゃないですか。撃つ気もないくせにっ」

「……へ?」

「あ〜もうアンタばらすなよ。もうちょい締め上げりゃまだ絞れたモンがあんだろうがよ」

「せんせーのひとでなし!」

 

 掴んだ銃をハロルドの胸に押し付けるようにしてから、ルトリシアは青年の前にしゃがみ込んだ。


「すみません、うちの先生が。立てますか?」

「あ……う、うん……」


 甲斐甲斐しく手を差し伸べて立つのを手伝ってあげているルトリシアを見て、ハロルドはまた呆れたように鼻を鳴らした。


「あ、ありがとう……えと……」

「ルトリシアっていいます。あっちはハロルド先生」

「あ……ぼ、僕はリズ。ありがとう、ルトリシアさん」


 リズはぺこりと頭を下げてから、恥ずかしそうに服についた泥と土埃を払った。それからこわごわとハロルドの後ろを覗き込む。


「あの、"それ"……ここにも来たんだね。ウチも、群れにやられちゃって……」


 暗褐色の目が、怯えの色を孕んで大地にくずおれた死体を眺めた。膝の下で頭をもたげている蕾を認めて、ひっと小さく息を呑む。


「あの、花、咲く前に片付けたほうが……」

「……あぁ? アンタ、こいつが何なのか知ってんのか」

「知ってるも何も……」


 何を当然のことを聞くんだ、と視線を泳がせてから、青年はちらりと降下艇(ドロップシップ)の残骸に目を走らせた。


「ああ。何日か前に落ちてきてたの、ここなんだ」


 その一言でハロルドのまとう空気がまたぴりっと張り詰めたのを見て、リズがひっと怯えた声を出す。ルトリシアがじろりとハロルドを睨むと、黙ってろと言わんばかりに睨み返した。


「あ、あのう……」 


 リズが、おずおずと割って入るように声をかけた。


「僕を……ここに置いてもらえないかな。 行く宛もないし……お二人だって、《《ああいうの》》について教える人間が必要でしょ?」

「あん?」


 ハロルドが顔をしかめるのをよそに、ルトリシアがぱっと表情を輝かせた。華奢な指が泥だらけのリズの手を取る。


「いいんですか!? わぁっ、よろしくお願いしますリズさん!」

「へっ!? あ、ルトリシアさん……!?」


 手をぎゅっと握られて、リズが目を白黒させた。ハロルドが嫌そうな顔で鼻を鳴らす。


「アンタな」

「人手が欲しいっておっしゃったの先生じゃないですか? それに、私たちがこの星の事を何も知らないのも事実でしょ?」


 ぐ、と答えに詰まった。どうにも都合の良すぎるきらいはあるが、願ったり叶ったりな状況である事は否めない。


「俺は信用はしてねぇからな。せいぜいキリキリ働け」

「は、はいっ! 信用は行動で示しますとも! じゃあ、まずはこれを……」


 リズはもたもたと背負ったボロボロのバッグを降ろすと、中から二つに分解された錆びたライフルを取り出した。躊躇いのない動きでそれをハロルドに差し出す。


「僕の持っている武器はこれだけなんだ。先生にお預けします」

「なんだこれ。動くのか?」

「一応は……。なす術なく壊滅したから、これしか持ち出せなくて。弾は、一包だけ」


 角がよれた紙箱をライフルの上に乗せて、あれなら鞄の中身も全部出しますが、と軽く手を広げる。さすがに毒気を抜かれた様子で、ハロルドはしっしっと手を振った。要らんわ、と言ってからルトリシアをじろりと睨めつける。


「で? 穴は掘れたのか穀潰し」

「まだ途中ですよ! ひと一人埋められるサイズなんてそんなにすぐ掘れるわけないでしょ。物騒なことしてるの見えたから止めに来たんです」

「ぁあ? 仕事しろ仕事」


 そろーり、とリズが横から手を挙げた。


「あの。埋めるなら、ちゃんとバラしたほうがいいよ」

「あん?」


 ハロルドは顔をしかめてリズの挙げた手を見た。


「ひとところに埋めると瘴気が濃くなりすぎるんだ。ほら、新芽がこんなに出て……この死体、相当《《濃い》》んじゃないかな。これ目なんかは埋めないで遠くに捨てに行ったほうがいいかも……」


 常識を語るように淡々としたその声に、ハロルドの顔に浮かぶ嫌悪感が強くなった。明らかにおかしい事を言っているのに、至極当然のような雰囲気がひどく気持ち悪い。


「瘴気だぁ? お次は何だ、ペストマスクでもつけろってか」

「そういう迷信的なのじゃないんだってば。これ、先生が撃ったんでしょ? ならこの死体が動いてたのも見たはずだよ。この星には"深淵(アビス)"から漏れ出る、得体のしれないエネルギーがあるんだ。魔力とか神力って呼ぶ連中もいるけど、僕らはそれを瘴気って呼んでる」

「……頭が痛くなってきた。おいあんた、ラリっちゃいねぇだろうな? 後で薬物検査させろよ」

「いくらでも調べて貰っていいけど……それで死体が動いた事実は変わんないと思うな」


 まあ受け入れられない気持ちは分かんなくもないけど、とリズは肩を竦めた。


「僕も行商さん(キャラバン)から買った情報で少し技術を齧ったりするんだけど……これは完全に物理法則とかエネルギー法則を無視した何かだからね。外の情報を知れば知るほどわけが分からなくなる。気持ちが悪いのは理解するよ」


 ざく、と地面からスコップが引き抜かれる音がした。それを片手に、ルトリシアが首を傾げる。


「これが何か良くないものだってのは分かりました。どうしたらいいんですか?」

「おい」

「リズさんの言った通り、事実は変わらないでしょ。いったん飲み込むべきだと思いますけどね。理由(ワケ)のわかんない事なんて、新しい開拓星には付き物ですよ。知らない星の肉だからって無い毒まで警戒してた人が、なんで起きちゃったこれは警戒しないんです?」


 舌打ちが泥濘(ぬかる)んだ大地に跳ねた。リズが頷いて言葉を引き継ぐ。


「瘴気だまりには花が咲くんだよ。ほら、それみたいに」


 爪の先に土の詰まった青年の指が、死体の膝の下で頭をもたげている蕾を指差す。


「勝手に芽吹いてくるほどの個体はちゃんとバラしたほうがいい。瘴気溜まりで何かが死ぬと《《起き上がる》》し、生き物が変異する事もある。最悪化け物が沸いたりもするから」

「あら。船の真後ろに掘っちゃいました。もっと遠くがいいかな」


 リズは少し考え込むように親指と人差し指で顎をつまんで、ゆっくり撫でた。


「手足くらいなら、逆に砕いて土に鋤き込めば作物がよく育つんだ。手足だけそこに埋めるのがいいかも。内臓は瘴気が濃いので遠くに埋めたほうがいいな。頭も――特に目は遠出したときに捨てるくらいのほうがいい」

「待て待て待て」


 ふんふんと頷き合っている二人の間に、ハロルドが割って入った。


「遠くに捨てる話は理解した。――が、砕いて鋤き込んで、それで作物だと? 頭イカれてんのか?」

「ご遺体の肥料化(コンポスト)なんてどこの開拓星でもやってますよ。船でだって亡くなった人は液化して再利用してるじゃないですか」

「無毒化してんだろうがよ! そこらの病源菌よりよっぽどタチの悪そうな瘴気とやらをそのままに堆肥にしようとすんじゃねぇよ」

「そこは毒も薬、ってヤツだね先生。さっき神力って呼ぶ連中もいるって言ったでしょ。微量なら有益にもなることもあるんだ。適度な瘴気のある場所では回復力も上がるしね」


 まあ濃すぎるとこうだけど、と頭の横で手のひらを握ってぽん、と開くジェスチャをしてみせたリズを横目に、ハロルドはルトリシアの方をちらりと見た。どうやら朝からやたら元気なのは薬のせいだけではなかったらしい。


「あーもういい好きにしろ。やることやったら報告だけしてくれ。俺はあっちで荷の整理をしてる」

次回の更新は6/19です。それではまた、次回。


☆人体リサイクル

星間航行時代において、人体は貴重な資源である。

開拓降下船には基本的にコンポスターが搭載されており、生ゴミや排泄物、伐採した植物などの有機物をなんでもかんでも堆肥化できる。遺体も例外ではなく、基本的に死亡後は堆肥化処理へ回される。

得られた堆肥は先駆植物の育成や農地造成に利用されることが多く、特に辺境惑星では重要な資源として扱われる。惑星開拓民の間では遺体の堆肥転用に対する抵抗感は比較的薄い。


長期間の星間航行を行う船舶では限られた資源を循環させる必要があるため、遺体は加水分解処理によって有機スラリーへ変換されることが一般的。生成されたスラリーは食料生産設備や有機マテリアルプリンタの原料として再利用される。

なお、この処理工程によって直接食品が製造されることはほぼ無いが、「昨日まで同じ船にいた人間が今日のレタスになっている」という言い回しは、星間航行船での酒の席におけるお決まりのジョークだったりする。

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