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花咲く惑星(ほし)に祝福を  作者: 新井 狛
第一章 愛しき君には腕いっぱいの愛を
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第4話 アンタの善意で俺を測るな

 しとしとと降る雨が、昨日のうちにルトリシアが張ったタープを叩いて湿ったメロディを紡いでいる。そのタープを張った張本人はといえば、なんともいえない呻き声でその雨音と不協和音を奏で続けていた。


「うう、せんせ、ハロルド先生ぇ……。そのぅ、もう少しお薬、増やしていただいたりとかは……」

「却下」


 絶え絶えに紡がれた切実な声を、ハロルドの声がぴしゃりとはねつける。ひしゃげたコンテナ内部の、詰め込まれていた箱をいくつか避けたわずかな隙間に寝転がったルトリシアは、絶望じみた呻きを上げた。


「でもこの、ままじゃ、今日の私は、まるで使い物に、ならないと、うう……いうかぁ……あ、いたたた、うう」

「ふざけんな。俺にヤク中の介護までさせる気か」


 きぃ、きぃと鳴る手回し発電機の軋みは鈍く停滞している。ルトリシアの見立て通りに明け方から降り出し始めた雨は、"お兄ちゃん"の冷凍睡眠ポッドを保つための太陽光発電の効率を著しく下げていた。昨日たっぷり溜めたはずの充電残量はじわじわと目減りし続けていて、ルトリシアは起きてからずっと発電機を回す羽目になっている。


「うう。気持ち悪い……」


 発電機を回しながら芋虫のようにもぞもぞと動くだけのルトリシアは、痛みと吐き気とだるさをループして訴え続けている。ハロルドはうんざりしたような溜息をついた。


「少しは黙ってらんねぇのか」

「痛み、がましになったら、黙れるかも」

「ああそう。んじゃ俺は耳栓を探すかね」

「うう。せんせーの、ひとでなし……」


 かすれたルトリシアの声を鼻で笑うと、ハロルドは親指を嵌められたままの首輪に引っ掛けた。わざわざ屈んで、ルトリシアからよく見えるように引っ張ってみせる。


「ようやくお気付きかよ。俺は黒札付き(いちばんわるいやつ)だぞ」


 痛みと吐き気にぼうっとしている目が、特殊繊維の黒い色をじっと見つめた。


「せんせ、お医者様でしょう……? なに、したんですか……」

「はっ。医者が全員善人だとでも言いてぇのか。とんだお花畑だな」


 そう言ってからちらりと冷凍睡眠ポッドを見て、ああいや、お花畑だったな、と嘲笑(わら)う。とん、と指の先を発電機が乗せられているルトリシアの腹の上に乗せた。


「なァんにもなくなって文字通りクビが回んなくなった奴にも売れるモンがある。モツ、眼球、手足に、文字通り骨の髄までな。人体実験に使ってもいいし、違法義肢をつけてェ奴もいる。医者の技術は金になんだよ」


 どこか楽しげに積み上げた罪を開示すると、途端につまらなそうな顔になって踵を返す。タープの下から顔を出すと、半ば溶け焦げた船の凹んだパーツを持ち上げて中に溜まっていた水を鍋の中に開けた。投げ捨てるように外に放り出したパーツを、また雨音が叩き始める。

 昨日ルトリシアの設営したタープの周りには、水を溜める事のできそうなありとあらゆる物が置かれていた。ハロルドはといえば小さな熾火を維持しながら、それらの水を煮沸しては空のウォーターパックに移し替えるという作業を延々とこなしている。


「あはは……想像の十倍は人でなしで、ちょっと、びっくりです」


 きぃ、きぃという手回し発電機の奥から、ルトリシアの弱々しい笑いがこぼれた。


「船では、普通の、お医者様、みたいだったのに」

「言ったろ、首輪付きなんだって。真面目に職務をこなさないとコレに仕置きされんだよ。皮肉なことにコイツの開発時のデータ取りは俺がやっててね。何が起きるかは嫌ってほど知ってる」

「ふふ……因果応報、ですね……」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。ごとごとと底から泡を立て始めた鍋の様子を伺い始めたその背中に、かすれた声がぶつかった。


「せんせーが、本当に、人でなしなら……私のことなんて、放っておいたはずです」

「…………チッ」


 返事の代わりに、忌々しそうな舌打ちが返る。先程までの嘲るような雰囲気も、その後の面倒くさそうな雰囲気もすべてが掻き消えた。


「善意だって言いてぇのか? あまり笑わせてくれるなよ。船は木っ端微塵で墜落先には道のひとつも見えねぇ、物質変換器も多機能プリンタもみぃんなまとめてお釈迦だ。俺はこんな所に一生縫い留められるのは死んでもごめんだが、一人じゃどうにもならん。人手が要る」


 畳み掛ける声は底冷えするほどに冷たい。


「初動の手間を惜しんでジリ貧になるのは馬鹿のやることだ。俺は馬鹿じゃねぇ」


 きぃ、きぃと回る発電機の音だけが答える。

 ハロルドは舌打ちをもう一度こぼすと、沸騰し始めた水を横目に小型のクロスボウを取り上げた。ストリングの張りを確かめて、ぐっと引き上げる。

 昨日ルトリシアが、鳥を獲るのに使ったものだった。火薬も電気もいらないこの遠隔武器は、高威力のスリングショットと合わせて大抵の開拓船に配備されている。

 引き絞られたストリングのように、空気もぴりぴりと張り詰めていた。苛々とした爪先が、とんとんと湿った大地を叩いている。クロスボウの先が持ち上がって、雨水を受けている金属片にぴたりと狙いがつけられた。トリガに指が掛かる。


 きぃ、と鳴る発電機の音に、小さな失笑が混じった。


「怖い、声と態度で脅して。私に、大人しく、言うことを聞かせたいなら。助けた、恩を、着せたほうが。ずっと効率がいいのに」

「……黙れ」


 ばしゃん、と水を受けていた容器がひとつ、ひっくり返った。荒々しく大股で歩み寄って、クロスボウの先をルトリシアへと向ける。


「アンタの善意で俺を測るな。殺すぞ」


 冷たい金属の矢の先端が向けられた喉が、笑いを含んで動いた。見つめ返すブルーグレイの目に怯えの色はない。


「殺せ、ないでしょう。私がいなくて、困ると仰ったのは先生、です」


 トリガに掛かった指にじわ、と力が籠もった。ルトリシアの目は欠片の動揺も見せずにそれを見つめている。舌打ちと共に、先端が下がった。


「……一蓮托生、ですよ。私たちは。諦めてください」


 ふぅー……、と深い息が続く。痛みに耐えているのだろう。それを無視して、ひっくり返った容器を元に戻す。ぱらぱら、と雨粒が再び金属の底を叩き始めた。


「お兄ちゃんを、起こすために。何が要るんですか」

「とにかく濡れねぇ、衛生を保てる場所が要る。あとは薬。冷凍睡眠から起こした後は、免疫が戻るまで保たせなきゃくたばる」

「……なるほど。物質変換器が、駄目になってるなら。大、仕事ですね……」

「そう思うならさっさと治せ。黙ってろ」


 きぃ、きぃ。発電機の音だけが答える。それからしばらくは、雨音と、水の煮える音と、押し殺した吐息だけが濡れた荒野を支配していた。


 * * *  


 静かな不協和音を乱したのは、ざく、ざくと複数の足が濡れた地面を踏む足音だった。靴の音、蹄の音、生き物の鼻息が交じり合い、雨音を掻き分けて進んでくる。


「……何だ」


 ハロルドが先に気付いた。傍らに置いてあったクロスボウを取り上げて、ぎちりと装填する。ちらり、とルトリシアのいるコンテナの奥へと目を向けた。


発電機(ソレ)いったん止めろ。音を出すな。声もだ。黙ってろ」


 きぃ、と一度鳴って音が止まった。立ち上がったハロルドが音のするほうへと足を向ける。雨で(けぶ)る空気を掻き分けて現れたのは、牛に似た毛の長い生き物を曳いた男たちだった。足元は泥で汚れ、着ているものには土埃と脂が染み込んでいる。


「おや、おや、おや」


 殺気に近い気配を振りまきながら睨みつけるハロルドを認めて、先頭の男がのんびりとした声を上げた。敵意がない事を示すように両手を挙げる。


「やぁ、お客人。生きていたかね。数日前、船が墜ちてきたのが見えてね。全滅しているなら漁らせて貰おうと思って来たんだが……別にアタシらは物盗りではないよ。そう警戒しないでおくれ」

「……客だぁ?」


 男は鷹揚に笑って、大人しく背後に佇む毛長の獣を指差した。牛のような平らな背には、重たげな荷が左右に振り分けて積まれている。


「そうだよ、お客人。アタシらはこの辺りを巡っている隊商(キャラバン)だ。普段はもう少し南の辺りを回っているんだがね。たまにこういうカタチで()()()にも来るのさ。おたくらがここに居を構えるのなら、今後はここもルートに入れさせていただくよ」

「近くに、人の住んでる場所があんのか」


 ハロルドがクロスボウを降ろした。探るような問いを投げる。隊商(キャラバン)の男は、濁った灰褐色の目を薄く細めた。


「おや、おや。お客人。アタシらは商人だと言ったろう。"外"から来たならねぇ、お分かりだと思うが、」


 ハロルドの(みどり)の目が忌々しげに歪んだ。小さく舌打ちをひとつ零して、男の言葉を引き継ぐ。


「情報はタダじゃねぇってか。何が欲しい」


 男は満足そうに、薄汚れた顔に柔和な笑みを浮かべた。


「おたくらの船の、壊れた部品(ジャンク)を幾つか漁らせておくれ。なぁに、動かないものを幾つか譲ってくれるだけで構わないとも。動くものと動かないものも仕分けてやろう」

「……いいだろ。どうせ俺には直せん」

「うん、うん。おい、おまえたち」


 男が背後に控えた隊商の面々に小さく目配せをすると、彼らは頷いて獣を船のほうへと曳いていった。ややあって、船の残骸を漁る音が聞こえ始める。


「この惑星(ほし)についての概要と、この辺りの勢力状況についての情報をあげよう。他に必要なものは?」

「薬が欲しい。あとは話を聞いてから考える」

「うん、うん」


 男は鷹揚に頷いて、水を煮沸している焚火の横に座り込んだ。鍋の中でことことと音を立てている水に灰褐色の目を向ける。


「少しいただいてもいいかね」

「ああ。どうせ今は幾らでも降ってる」


 男は背中の重たげな荷を降ろすと、薄汚れたカップを二つ取り出した。乾燥した草の塊のようなものを一つずつその中に放り込むと、鍋からカップに湯を注ぎ入れて、片方をハロルドの方へと差し出す。


「お近づきの印にいかがだね。なにどちらも同じものだ、毒は入ってないよ」

「……どうも」


 受け取って顔を近付ける。鼻につんと抜けるような、少し癖のある香りがした。


「これは薬湯にもなるんだよ。ここの近くにも生えていたから、良かったら後で教えよう」

「……ずいぶん親切だな」

「さっき薬が必要だと言ったろう? おまけだと思っておくれ」


 くつくつと笑って、男はカップの中身を啜った。薄汚れた喉が嚥下したのを見て、ハロルドも口をつける。


「さて。この惑星(ほし)の話からだね」


 男は薪用に積んであった枝の山から、細いものを一本抜き出した。濡れた地面に一つ円を描く。


「ここは"レテ"と呼ばれている。古い神話で、忘却の川を意味する言葉だそうだね。(いにしえ)のテラフォーミング星のひとつだが、文明圏からは文字通り長らく忘れられていた場所だ」

「レテ……聞いたことがないな。星系は」

「さあね。アタシらはこの星から出られないもんで、星系の事はよく知らない。時折文明圏の商船が通る事があるから、機会があれば連中に聞くことだねぇ」

「……なんだ。使えねぇな」

 

 ハロルドが忌々しげに舌打ちをした。男は気分を害した様子もなく、くつくつと笑う。


「おたくらも船があのざまでは星系の事なんて気にしても仕方がないだろう。まずはこの惑星(ほし)の事を知ることだね」


 枝の先が、濡れた地面に描かれた円の中に歪な円をもうひとつ描いた。


「この惑星(ほし)には大陸が二つある。ひとつは今アタシらのいるこちら側の大陸。それから裏側にもうひとつ、ここより少し大きい大陸がある」


 ほう、と呟いて(みどり)の目が円を覗き込んだ。


「裏の大陸は"王国"が支配している。正直あまり関わり合いになりたくない連中だね」

「"王国"? また随分と前時代的だな」

「まあ、文明圏から見ればそうだろうねぇ。ここは辺境惑星だから」

「……まあいい。どうせ裏側なんぞ今は行けやしねぇんだ。こっち側の話を聞かせてくれ」

「うん、うん。そうするとも」


 日は既に傾き始めていた。ぱち、と薪が爆ぜる。話はまだ、終わらなそうだった。

次回の更新は6/5です。それではまた、次回。


☆ハロルド・イングラム

惑星開拓機構の237期:第1328開拓船に受刑者枠で乗っていた医者。

文明圏の医師家系イングラム家に連なる知力強化型のデザイナーベビーで、家族はそれぞれ文明圏でそれなりの地位や権力を確立している有力者でもある。

イングラム家の医師たちは元々人道よりも実利を取るタイプで、研究開発や人体実験に多く携わっているが、中でもハロルドは特に非人道的研究および実験分野に執着していた。研究の傍らついでにやっていた小遣い稼ぎの闇医者業をやりすぎた結果文明圏の上層部から目をつけられ、非人道研究の問題が明るみに出た際すべての責任を押し付けられる形で開拓船団送りにされた。

なお、イングラム家からは尻尾切りに使われるような無能とみなされ一切の救済は行われなかった。

挿絵(By みてみん)

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