番外編1 難易度選択で思想を出すな
ゲームを遊んでいるうちに、俺はひとつ大事なことに気づいた。
このゲーム、難易度選択の時点でうるさい。
普通、難易度名というのは「イージー」「ノーマル」「ハード」「エキスパート」くらいでいい。親切で、短くて、だいたい意味がわかる。プレイヤーも「ああ、これは簡単なんだな」「これは難しいんだな」と理解できる。
だが『GARUDA ASCENT: NELSON』は違う。
難易度が、低いほうから順にこう並んでいる。
「ハイキング」
「アドベンチャー」
「フラッグオンガルダ」
「ネルソン」
まず、ハイキング。
初級者向け。観光風。山はいいぞ、空気はうまいぞ、景色はきれいだぞ、でも相手はガルダなので油断すると普通に死ぬぞ、という難易度らしい。
初級者向けなのに死ぬ要素はある。
この時点で、運営の優しさには棘が生えている。
次がアドベンチャー。
中級者向け。本格登山の始まり。
名前の響きは明るいが、中身は雪崩、クレバス、落石、硫化水素、先住民、猛禽類が順番待ちする危険要素の市場である。冒険という言葉は便利だ。死因の詰め合わせにも、少しだけ前向きな香りをつけられる。
その上が、フラッグオンガルダ。
上級者向け。ついに登頂して、旗を立てる難易度。
ここで、インベントリに旗が一本自動で入る。
しかも、山頂に刺すまで捨てられない。
重い。
邪魔。
でも捨てられない。
旗がハンデになる登山ゲーム、初めて見た。
普通、旗は達成の象徴だろう。最後に刺して「やったぞ」となるものだろう。それを最初から荷物欄に突っ込んで、ずっと重量を圧迫してくる。夢や誇りにも物理重量があることを教えてくれる、教育的な嫌がらせだった。
そして最高難度。
ネルソン。
難易度名が人名。
もう「何をするか」どころではない。
ハイキングは観光する。
アドベンチャーは冒険する。
フラッグオンガルダは旗を立てる。
ネルソンは、ネルソンをやる。
概念になるな。
この難易度では、山頂候補三か所すべてに旗を立て、ゲーム内時間二十二日以内に生還する必要がある。
なぜ二十二日か。
史実で、王様が一ヶ月以内に登頂したら王冠をやると宣言した。
ネルソンはその七日目に名乗り出て、八日目に出発した。
つまり残り二十二日。
そこを再現しているらしい。
再現しなくていいところまで、丁寧に再現するな。
しかも旗は三本。
山頂候補が三つあるからだ。
当然、三本ぶん重量を圧迫する。
フラッグオンガルダでは一本だった旗が、ネルソンでは三本になる。
ここでようやく、あの「フラッグ」が単数形だった意味がわかる。
そういう伏線だった。
フラッグオンガルダが、山の名を冠した最終ステージに見える。
だが、その上に英雄がいる。
ガルダより上にネルソンを置くな。
山岳信仰と英雄信仰がメニュー画面で殴り合っている。
さらに、フラッグオンガルダとネルソンは、それぞれ一つ前の難易度をクリアしないと解禁されない。
つまり、フラッグオンガルダを見て「ついに最終ステージだ」と思ったプレイヤーが、登頂して旗を立てたあと、まだ上にネルソンがいることを知る。
山頂に着いたと思ったら、空の上から人類最高峰が顔を出す。
やかましい。
なお、ネルソン以外の難易度は登頂まででクリアになる。
下山まで要求されるのは、ネルソンだけ。
ここも史実の再現。
登って終わりではない。
帰ってくるまでがネルソン。
腹が減ったと言って宴会を要求するまでが、たぶんネルソン。
高難度は、山の魅力と厳しさを描く。
最高難度は、英雄への敬意を胸に、人類のバグを狂気で愛する。
そしてその難易度ネルソンには、さらに分岐する隠し難易度がある。
二重構造。
山だけではなく、難易度メニューまで大山脈になっている。




