第41話 人間の動線がない場所
崖ルートには、別の利点もあった。
上から姿が見えにくい地形だったため、先住民が待ち構えるリスクを減らせたらしい。
たしかに、湿地の正面から行けば、槍を向けられる。
資格儀式もある。
言葉も通じない。
しかも当時のネルソンは、正解ジェスチャーを完全に知っていたわけではない。
なら、見つかりにくいルートを取る。
それはわかる。
わかるが、その見つかりにくいルートが百三十二メートルの海食崖なのは、代替案が牙をむいている。
さらに、その崖の上には、人間の動線が存在しなかった。
当然だ。
誰も登らない。
登る理由がない。
崖の上に集落があるわけでもない。
道があるわけでもない。
水場があるわけでもない。
危ないだけで、特に用事がない場所。
先住民もわざわざ来ない。
裏を返せば、登った後も道がない。
目印がない。
踏み跡がない。
人間がここを通ります、という世界側の線が一本も引かれていない。
それも織り込み済み。
ネルソンは、崖を登ったあと、自力で山の序盤ルートに復帰するつもりだった。
爆発するかもしれない湿地を歩くより、誰も登ったことのない海食崖を登って、道のない場所に出て、そこから山道を探すほうが安全。
ネルソンの安全基準、一般人の危険基準を反転させている。
俺なら、天然地雷も嫌だし、崖も嫌だ。
帰る。
宿に戻って、温かいスープを飲む。
ネルソンは違う。
危険を比較し、制御できるほうを選ぶ。
ただし、制御できる危険の範囲が、人類の形から少しはみ出している。
たぶん彼の頭の中では、こういう計算だった。
湿地は未知の爆発がある。
自分では完全に制御できない。
先住民との接触も不確定。
なら避ける。
崖は高い。
濡れている。
オーバーハングもある。
初見で難しい。
だが岩なら読める。
手と足なら信じられる。
だから登る。
やめろ。
手と足を信じすぎるな。




