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第37話 湿地を読む人々

 天然地雷についても、同じだった。


 先住民は、経験的に危険箇所を見分ける知恵を持っていた。


 地面の色。


 草の枯れ方。


 水の濁り。


 泡の出方。


 熱のこもり。


 足裏の沈み方。


 湿地のわずかな呼吸を読む。


 彼らは、それを世代を超えて伝えてきた。


 地図ではなく、体で覚える知識。


 言葉ではなく、歩き方に残る知識。


 危ない場所では、足を置く角度も違う。


 重心のかけ方も違う。


 荷物の扱いも違う。


 下手に踏み込めば爆発する湿地を、忍び足のように抜けていく技術がある。


 すごい。


 凄すぎる。


 現代では、その経験知に地質学を組み合わせて、天然地雷をかなり高精度で回避する方法が確立しているらしい。


 高精度。


 大事なのは、百パーセントではないことだ。


 今でも年間三人ほどは死んでいる。


 百五十年かけて、先住民の知恵と現代科学を合わせても、完全には抑えられない。


 ガルダの麓は、まだ人間に勝たせきってくれない。


 でも、それでも大きな進歩だ。


 昔は、外部者が危険地帯を知らずに踏み抜き、死に、報告書で先住民を悪者にした。


 今は違う。


 土地の知恵を学び、科学で補い、儀式を尊重し、山へ入る。


 もちろん、これは後世の多大な努力の成果だ。


 ネルソン一人で全部やったわけではない。


 論文を書いたのは黒曜石ジジイだ。


 言語を解明した人たちがいる。


 文化交流を進めた人たちがいる。


 地質調査を続けた人たちがいる。


 命を落とした人たちもいる。


 ネルソンは学者ではない。


 政治家でもない。


 哲学者でもない。


 ただの登山家だ。


 ただの、と言うには足跡がでかすぎるが。


 それでも、歴史の一歩目に、あまりにも何度も名前が出てくる。


 爆発湿地に気づいたのもネルソン。


 先住民の警告を読んだのもネルソン。


 岩を投げるふりで、彼らの利他的行動を記録したのもネルソン。


 山頂候補を全部まわったのもネルソン。


 王冠を断って政治的爆発を回避したのもネルソン。


 もう、お前の職業は英雄でいい。


 履歴書に「登山家」と書くと、余白が嘘をつく。

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