第36話 命乞いが儀式にかすった日
今では、言語も解明されている。
文化交流も成立している。
だから、現地でいきなり槍を向けられることはない。
むしろ逆だ。
ガルダに挑む登山家が、現地の先住民に囲んでもらい、あえて槍を向けてもらい、それに対して正式なジェスチャーを返す。
それが、資格証明の平和な儀式になっているらしい。
すごい。
かつては恐怖と誤解の象徴だった行為が、今では登山前の正式な手続きになっている。
しかも、完全に安全管理の一部だ。
お前は山へ入る覚悟があるか。
土地の規範を知っているか。
先人の失敗を忘れていないか。
そういう確認を、槍と身振りで行う。
なんだか格好いい。
格好いいが、俺がやるとなったら絶対に震える。
平和な儀式です、と説明されても、槍の先端は物理的に尖っている。文化理解で皮膚は硬くならない。
さらに面白いのは、ジェスチャーを間違えても、それだけでは刺されないことだ。
完全に間違えた場合、槍が向き続ける。
つまり、資格証明は不成立。
ここから先へは進めない。
ただし、正解に近い動きをすると、先住民の側が正しい動きを教えてくれる。
親切。
めちゃくちゃ親切。
俺はこれを読んで、疑問だったことがやっと解けた。
そもそも、言葉も通じない。
槍を向けてくる。
そんな相手に対して、どうして外部者が正解ジェスチャーだけを先に知ることができたのか。
答えは、かなり情けなくて、かなり人間的だった。
最初期に、槍で囲まれた外部者がいた。
その人は、もう殺されると思った。
だから必死に命乞いをした。
武器はない。
敵意はない。
通してほしい。
殺さないでほしい。
たぶん、泣きそうになりながら、両手を上げたり、胸を押さえたり、身振り手振りで必死に伝えたのだろう。
その動きが、たまたま資格証明の正解ジェスチャーに少しかすった。
すると、先住民が反応した。
違う。
でも近い。
そうではない。
こうだ。
彼らは槍を向けたまま、正しい動きを教え始めた。
恐怖の処刑場だと思っていた場所が、急に個人レッスン会場になったのである。
怖すぎる親切。
先住民としては、たぶんこうだ。
お前がこの儀式を少し知っているのはわかった。
ここは通してやる。
ただ、その動きだと先で別の判定に引っかかるかもしれない。
危ないから、今のうちに直しておく。
超親切設計。
ゲームのチュートリアルより優しい。
いや、ゲームのチュートリアルは俺を百回殺したので、比べるのが先住民に失礼かもしれない。
昔は、先住民が外部者を見るたびに槍で囲んでいた。
今では、麓の集落以外で槍を向けられることはほとんどない。
だが、教える文化は残っている。
外から来た者が危ない動きをしていれば止める。
儀式を間違えていれば直す。
知らないなら教える。
思っていたより、ずっと親切だった。
昔の報告書、どれだけ目が曇っていたんだ。
槍の先ばかり見て、その手の意味を見ていなかった。




