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第32話 火星人のDNA

 この論文は、当然ながら大荒れした。


 当たり前だ。


 当時の学会にとって、ガルダの先住民はほとんど未知の存在だった。


 言葉はわからない。


 文化もわからない。


 生活様式も断片的にしか知られていない。


 接触すれば槍を向けられる。


 奇妙なジェスチャーで道を通される。


 爆発後に襲ってきた、という報告もある。


 そういう情報をもとに、主流派は「人間性不明」とか「蛮族」とか、今では目を覆いたくなる分類をしていた。


 そこへ黒曜石ジジイが言った。


 彼らは人間である。


 しかも、あなたたちが人間性の証明だと言っている博愛を根拠に。


 喧嘩の売り方が美しい。


 相手の剣を奪って、そのまま相手の机を割っている。


 現代風に例えるなら。


 火星人が見つかりました。


 足が八本あります。


 火星の大気で呼吸できます。


 食生活は不明です。


 言語らしきものも未解読です。


 さあ、これはどんな生物でしょう。


 世界中が大騒ぎしているところへ、誰かが突然こう言う。


 DNAを調べたら、ホモ・サピエンスでした。


 いや、そんなわけないだろ。


 まずそう言う。


 差別とか倫理とか以前に、理解が追いつかない。


 足八本で火星呼吸してるんだぞ。


 でも資料は正しい。


 根拠もある。


 じゃあ人間とは何だ。


 足の数か。


 呼吸か。


 言語か。


 博愛か。


 文化か。


 姿か。


 信じる神か。


 法か。


 DNA解析結果か。


 問いが、一気に崖から雪崩れてくる。


 ガルダの先住民をめぐる議論も、そうなった。


 黒曜石ジジイの論文は、先住民人間説を唱えただけではない。


 当時の通説そのものに、楔を打ち込んだ。


 博愛が人間性の証明なら、外部者を助けようとした先住民は人間である。


 それを否定するなら、博愛が人間性の証明であるという通説を見直す必要がある。


 主流派は、どちらに転んでも痛い。


 黒曜石、嫌な刺さり方をする。

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