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第31話 黒曜石ジジイ、学界に刺さる

 転機は、ネルソンの報告だった。


 岩を投げるふりをした。


 先住民が武器を置いて、全力で止めた。


 それをネルソンは、自分の命を守ろうとする行動として記録した。


 この報告を読んだ、ある革新派の学者がいた。


 名前は資料によって長く書かれているが、俺の頭には別の呼び名のほうが残った。


 黒曜石ジジイ。


 いや、もちろん本名ではない。


 本人が名乗ったわけでもない。


 敵対派閥の学者が、私信の中でそう呼んでいたのが残っている。


 黒曜石。


 やたら切れ味がよくて厄介。


 しかも古い。


 褒めているのか罵っているのかわからないが、たぶん両方だ。


 この学者は、もともと尖った論文を出す人物だったらしい。


 ただの逆張りではない。


 実績もある。


 現地資料の読み方、異文化の比較、古文書の解釈、そういった分野で何度も成果を挙げている重鎮だった。


 だから厄介だった。


 若手の過激論なら、鼻で笑えば済む。


 だが、黒曜石ジジイは古くて硬い。


 しかも切れる。


 その黒曜石が、ネルソンの報告記録を手に入れた。


 さらに当時は、第一次調査団の惨劇によって、爆発現象が実証されていた。


 つまり、ネルソンのガルダ報告は、一気に信頼度が上がっていた。


 最初は誰も信じなかった。


 麓が爆発するかもしれないなど、馬鹿げていると思われた。


 だが本当に爆発した。


 九人が死んだ。


 報告書には「実証」と書かれた。


 そうなると、ネルソンの観察記録はただの冒険談ではなくなる。


 あの男が見たものは、かなりの確率で本当だ。


 ガルダに関しては、ネルソンは信頼できる。


 黒曜石ジジイは、そこへ突き刺さった。


 彼は学会に、激しい論文を叩き込んだ。


 通説を逆手に取る形で。


 当時の主流説は、博愛の精神こそが人間性の証明である、というものだった。


 黒曜石ジジイは言った。


 ならば、先住民は人間である。


 なぜなら、彼らは外部者であるネルソンが勝手に爆死するのを止めたからだ。


 敵意だけで動くなら、止める必要はない。


 排他性だけで動くなら、むしろ放置すればよい。


 自分たちに届くはずのない大岩を、湿地へ投げようとした外部者。


 彼らにとって直接の脅威ではない行動。


 それを、武器を捨ててまで止めた。


 これは、ネルソンの命を守ろうとする行動である。


 外部者の命を守る行動。


 すなわち、彼らは博愛の概念を有している。


 対話の方法はまだ見つかっていない。


 しかし、人間性は共有されている。


 ガルダの先住民は、我々と同じ人間である。


 俺はその要約を読んで、背筋がぞわっとした。


 強い。


 論文のパンチが重い。


 山でいうなら、いきなり稜線の横っ腹から新ルートを開けてきた感じだ。しかも足場がネルソンの観察記録と爆発現象の実証で固められている。


 黒曜石ジジイ、名前通り切れ味がある。


 だが、同時に思った。


 キャリアとか惜しくなかったのか。


 当時の空気を考えれば、とんでもない殴り込みだ。

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