10、おまけの話
新婚さんいらっしゃ~い
「見てみて、腐ちゃん!」
泥だらけの何かを掲げて走り込んできたのは、僕の最愛の番ユリオだった。
夏の陽射しを受けて、淡い黄色の髪と瞳は今、金色にすら見える。
この竜の里へと来てからは、かつて頑なに完璧令嬢を目指していた頃と全く違う、彼本来の朗らかで柔らかな表情をみせるようになった。
「山の芋ですね。どうしたんですか?」
「リリィディアたんの、ママンから貰った!」
その言葉に、思わず苦笑する。
「リリィディアは今、あなたの事だと思いましたが?」
僕の言葉に、ユリオの頬が赤く染まる。可愛い。
「…外では言ってないよ」
ぷいっと横を向く姿があまりにも愛らしくて、思わず腕の中に引き寄せた。
「わっ。駄目だよ。俺、泥だらけだし。それに、これ持ってる…うっ」
構わず、懸命に話を続けて甘い雰囲気を無かった事にしようとする、朱い唇を塞ぐことにした。
「腐ちゃんのケダモノ! エロ星人!」
僕が脱がせた服を掻き寄せながら、真っ赤な顔をしたユリオが悪態を吐く。
「違うでしょ? 僕はユリオの最愛の番でしょ?」
僕はまだまだ蜜月続けててもいいんだよ? と目を眇めていうと、すでに赤かった頬を更に赤く染めてユリオが脱兎のごとくキッチンへと走って逃げた。
「腐ちゃんの変態!!」
変態で結構。
世界すら超えて、転生するほどの時まで超え、ようやくこの手に捕まえた相手に対して、手に入れた実感を堪能することができる最高の行為に耽溺することについて、なんら恥じるところはないのである。
むしろ、もっと堪能させろといいたい。
ただ、泣かせたい訳ではないし手加減することに異議はない。啼かせたいとは思っているが。
まぁ同じ住処の中で、お互いの気配を感じながら、別の事をする。これはこれでオツな物ではある。
「腐ちゃん、きてー!」
呼ばれてきてみれば、そのテーブルには食事の用意がされていた。
「じゃーん! 凄いでしょ! 俺が作ったんだぜ」
自慢げに両手を広げて指し示される。
「トロロご飯?」
麦飯、わかめと生姜のスープ、縞綱麻のお浸し、そして摩り下ろした山の芋が大きな器にたっぷりと盛りつけられている。
「そう! 麦飯炊いたの初めてだったんだけど、ままんに教わって頑張ってみた!」
なるほど。キッチンから聞こえてきた音はこれの準備をしていたのか。
どうみても器の上で直接おろし金を使ったその盛りつけ具合に笑みが出る。
真ん中に置かれたトロロの入った大皿。きっと、彼の日本の家ではこうして家族で食卓を囲んで取り分けて食べていたのだろう。
豪華でも手の込んだメニューでもないけれど、好きになった人が作ってくれた食事を共にすることが出来る幸せに胸が温かくなる。
「おいしそうだ。ありがとう、ユリオ」
そう礼を言って席に着くと、目の前の番がとても嬉しそうに笑うので、思わずぐいっと引き寄せて先に唇を御馳走になっておく。
「…違うでしょ!」
身体が離れた途端、「もうっ」と言ってちょっと拗ねられた。確かにせっかく作ってくれたご飯が冷めるのはよくない。
「あぁ、いただこう」
どんぶりに注がれた麦飯に、自分でトロロを掛けようとしたところをトロロの入った器を取り上げられた。
にこにこと、どんぶりにトロロを山盛りにしていく姿が可愛いのでそのまま観察することにする。
彼が器を置いた所で自分もよそおうと手を伸ばした。すると、
「ハイ!」
元気よく、両手で持たれたどんぶりが目の前に差し出される。
まだホカホカしている炊き立ての麦飯の湯気の向こうに見える、彼の満面の笑み。
しばらく惚けて見ていると、こてん、とその首が傾げられた。
その愛らしい様子に、思わずぐびっと喉の奥が鳴る。
「受け取って? んで、そっちのどんぶり渡して?」
言われるままに、ぎこちなく言われた通りに、自分の前に差し出されたトロロの掛けられたどんぶりを両手で受け取り、置かれていた麦飯入りどんぶりを渡す。
「最初から麦飯入りのどんぶりをふたつとも俺の前に置いとけばよかったのか」
そう照れ笑いしているのは、確かに僕の番で。
目の前のどんぶりには、麦飯と山盛りのトロロが盛られている。
どんぶり飯に、山盛りのトロロ汁だ。
どうみても、色気も何もない。
それなのに、番が作って、よそってくれただけで。
「いただきます! うめぇ!!」
僕の心情に全く気が付いていない番は、さっそくそのトロロご飯をかっ込んでいるようだった。
「すっげ旨いよ、これ! ままんに明日御礼いわなくちゃなー」
非常に呑気なその様子に、思わず目を眇める。愛しいと思ったことは何度もあるが、毎回、より愛しいと思う気持ちが高まっていくのはどういうことなのか。
愛しいと思う気持ちに天井はないものなのだろうか。不思議で仕方がない。
「それにしてもさー。ホント、凄いよなー」
彼が凄いと褒めるのは大抵リリィディアの父と母の話なので、今回もきっとそれだろうと少しだけ面白くないと思いながらも、表情に出さないように気を付けて、そっと、番がよそってくれたどんぶりの中身を口へと運ぶ。
「美味しい」
「だろー?」
僕のその言葉を待っていたとばかりに彼が喜んだ。
「ほんとにさー、なんかさー。結婚てすごいよなー。俺ひとり暮らしだったら山の芋とか貰ってもどうしていいか判んないし『いりません』って断ってたもん」
おもわず、発言したのが本当に自分の番なのかと目を見張る。
「なのにさぁ。この俺が、自分でご飯炊いてー、お浸しとかスープとか作ってー。んで、『ツルツル滑って逃げる』とか文句言いながら山の芋擦ってさぁ」
へらりと笑う、気の抜けたその顔が眩しい。
「そんなの、自分の為だけだったら絶対にやんねぇし。でもさ、こうしてさ、俺が作ったご飯をさ、一緒に食べるとさ」
そこで、一旦言葉を切って、目を合わせて笑い掛けられる。
「なんかこー、ひとりで食べるより、もっとずっとオイシイんだよなー」
にしし、と照れたように笑われて。
「本当に、本当にそうだね」
ここで襲って食卓を台無しにしたら本気で泣かせることになるので、ぐっと我慢して同意だけしてみせれば、「だろー?」と邪気のない笑顔で彼が笑うので、僕の心情について全く斟酌しようとしない彼に、つい少しだけ意地悪を言うことにする。
「おかあさまも期待してくれているんだね。夜も頑張ろうね?」
その言葉の意味はやっぱり判っていないようだ。
「山の芋は古来より人間の精力がつく食べ物とされている。つまりは義理の息子である僕に向けてのメッセージ。『孫の顔を早く見せろ』ということでしょう?」
僕のその言葉に、彼が狼狽えだしたので追撃を掛ける。
「明日辺りには、おとうさまから鰻が届くかもしれないね?」
子ができなくても僕は構わない。
でも、彼そっくりの愛らしいミニユリオが出来るのは大歓迎だ。
「う…鰻とか持ってこられても、捌けねえし」
意味がようやく分かった彼が視線を彷徨わせながら、当り障りのなさそうな拒否権を発動させる。
が、モチロン僕にはそれを追撃する用意がある。
「大丈夫だよ。僕ができるよ。頑張って作るから、一緒に食べようね」
視線を合わせてにっこりと笑う。
さきほど自分が言った言葉が、頭の中で渦巻いているのだろう。視線をウロウロと彷徨わせている。可愛い。
「た…たのしみに、してる」
俯きながらそう囁くような声で呟く。そのうなじが赤く染まっている。
届けてくれるのを夢見て待ってなんかいられない。
今夜のうちに家を抜け出して、鰻を取る仕掛けを設置しに行こう。
僕はそう決めた。
普通の? ご夫婦話になったったw
というか、私、こんなアクロバティックなお話にしてまで
カム様の恋を成就させたかったんや、と愕然としたw
リリィディアはん(ただし病んでる)に思われるようになって良かったね!(笑
お付き合いありがとうございましたv




