二十九話 嫉妬
思いもよらなかった幼稚な理由に、私は思わず呆気に取られてしまった。
いえ、それよりも……。
「……私とあなたは、一回しかあったことがないはずだけれど?」
『会ったのは、でしょ? 私はね、会う前からずーっと、ずっとあなたが嫌いだったの。だってそうでしょ? アルフレッドったら、聖女の私がそばにいるのに、いつもあなたの話ばっかりなんだもの』
「…………まさか、それだけの理由で?」
『……はぁ?』
私が呆然としながらそう訊ねると、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。怒りを滲ませた声で、私に反論してきた。
『それだけの理由? ふざけないでよ、私がどれだけアルフレッドを好きだったか、あんたにわかるわけ?』
「知るわけがないでしょう。あなたと私は一回しか会ったことがないのだし」
『っ、あぁもう、ムカつくムカつく!! その澄ました態度も、アルフレッドの隣にいて当然って顔してたあんたも、公爵夫人になったあんたも全部嫌い!!!』
「……そんなに怒ったら、お腹の子に障るわよ」
身重にも関わらず、声を荒げて興奮している彼女に……ほんの少しの親切心と皮肉を込めてそう伝えてやる。
すると、思いもよらない衝撃的な言葉が返ってきた。
『……お腹の子? あぁ、あんたも信じてたんだ! あっはは、あんなの、嘘に決まってるでしょ!!』
「…………は?」
____一瞬にして、頭が真っ白になる。
嘘だった? 私はずっと、アルフレッド様が孕ませたのだと、信じていたのに。
そんなくだらない嘘で、私は捨てられたの?
「…………しんじ、られない……」
『じゃあ勝手に疑ってれば? 何と言おうと、私のお腹は空っぽだもの。まぁ、一夜を共に過ごしたのは本当だけどね』
「……あぁ、そう」
……なら、結局不貞はされていたということね。それなら、いっそよかったかもしれない。
だって、そのことさえも嘘だったら……私たちは、この女の掌の上で転がされただけ、ということになっていたもの。けれど不貞されていたのなら、どちらにせよアルフレッド様を許すことはできないわ。流されたアルフレッド様も悪いもの。
どちらにせよ、この女がけしかけたことには変わりないのでしょうけれど。
少しだけ、冷静になる。元夫の不貞が確実になって冷静になるなんて、おかしな話だけれど。
深呼吸をしていると、ペンダントから間延びした女の声が響いた。
『ねぇ、そろそろお話は終わりでいい? どうせ助けが来るまでの時間稼ぎだったんでしょうけど……』
「……なんのことかしらね」
『とぼけちゃって。まぁいいや。私はあなたがズタズタになって、絶望してくれればそれでいいの。だからばいばーい、あとはよろしくね、盗賊さんたち』
「ちょっと!」
プツン、とペンダントの光が失われて、接続が切れた。
……なんて自分勝手な聖女なのかしら。
いいえ、今は、それよりも……自分の身を案じた方が良さそうね。
恐る恐る周りを見渡すと、ニタニタとした笑みで男たちが近付いてくるのがわかる。……これは、殺されるんじゃない。多分だけれど……私を、襲おうとしている。
「っ、あなたたち、私に手を出したら……どうなるか、わかっているの?」
「はぁ? お前みてぇなお嬢ちゃんに、何ができるって言うんだよ!」
男の一人が、頭に青筋をピキピキと浮かべながら、ナイフを振りかざしてきた。けれど、そのナイフは私の身体を狙うものではなく……服を破るためのものだ。
ビリ、と服に大きく線が入る。その直後、男が服をはだけさせるために私の目の前でしゃがんだ____瞬間、勢いよく頭突きをする。
「っ、ってぇな! なにすんだ!!」
私はそんな男の怒号を無視して、男が落としたナイフを口で拾ってから背後に捨てて、後ろ手でナイフを掴む。そのまま手首のロープをブチブチと一瞬で切ってから、即座に足の拘束も解いてやった。
「……は、はぁ!?」
動揺する男たちを横目に、私はゆらり……と立ち上がる。
敵は……一人、二人、三人、四人……。いや、もう一人隠れているわね。でも、このくらいなら何とかなりそう。だって……さっさとこんな埃っぽい小屋、脱出したいもの。
「っ、このっ……!!」
正気に戻ったらしい男が、素手で私に殴りかかってくる。私はその拳を掴んでから、思いきり顎を蹴り上げてやった。
それと同時に、背後からナイフで刺そうとしてきた男に肘鉄を食らわせる。
「う、っぐっ……!!」
残るは、あと三人。




