三十話 可愛かったらよかった
____こんな時、蹲って「助けて」と震えた声で助けを呼べるような令嬢だったら、どれだけよかったのだろうか。
でも残念ながら、私にはそんな可愛げはない。昔から身体能力が高かったのはそうだけれど……。アルフレッド様の婚約者になったその日から、兵士に無理を言って鍛えてもらっていたんだもの。
それも、結婚するまでの間、毎日……。
だって、武術の家系でありながら、戦場を駆け巡ることになるであろう夫のことを思うと……私も強くありたいと、思ってしまったから。
まぁ、まさかそれがこんなところ役に立つなんて、ちっとも思っていなかったけれど。
「なにボサッとしてやがる!」
そう言って殴りかかってくる男の拳を避けて、腹に思いっきり拳を叩き込む。それから、もう片方の手に持っていたナイフで四人目の男の剣を受けながら、顔面に蹴りを入れる。
ここまでは、想定内だった。問題はここからよ。
「……ねぇ、ベックさん。あなたは戦わないのかしら?」
「…………いんや、なんもできねぇお嬢ちゃんだと思ってたから、面白くて観戦していただけだ。安心しろよ、すぐに天国に連れて行ってやる」
「地獄の間違いじゃあなくて?」
一対一。けれど、このベックと言っていた男は、さっきまでの部下とは比べ物にならないほど強いはず。そうじゃなければ、シャルロット様が雇うはずがない。
それに……私を鍛えてくれた兵士たちの体格に、よく似ているもの。
「……かかってきなさいよ」
私の声を合図に、ベックが後ろ手で隠し持っていたらしい……斧を、振りかざした。
____待って、流石にそれは聞いていないわ!!
私の今の武器はナイフのみ。対して相手は重そうな斧。
いくら私に武術の心得があったとして、こんなナイフで受けきれるわけがない。
「っ……!!」
私は即座に小屋の扉を蹴って破り、逃走を選んだ。
全速力で走る。なのに、ベックは斧を持ったまま私に迫ってきた。
……あんなに体格がいいのに、足も速いっていうの……!?
徐々に間隔が迫くなっていることに焦りながら、私はとにかく走った。けれど、このままじゃ追いつかれる。
「っ、やだ、助けて! 助けてください!!」
必死に叫ぶけれど、こんな森の中で助けなんて来るはずもないことくらいわかっている。あぁ、こんな時、小説のヒーローみたいに……ピンチになったヒロインを助けてくれる王子様が、私にもいたらよかったのに。
結局私は、ヒロインにもヒーローにも、なれないまま終わるの?
そんなことを考えていたせいか、それとも無意識に足が震えていたのか。私は、足元の石に気付かず躓いて、その場に倒れこんでしまった。
ベックが笑いながら駆け寄ってくる。どんどん距離が近付く。
____あ、私、ここで死ぬのね。
そう悟った私は、咄嗟に目を瞑る。
最期の瞬間、私の脳裏に浮かんだのは____
「大丈夫ですか、ミレイユ!!」
ガキン!と、鉄同士が力強くぶつかった音が響く。
私はゆっくりと目を開けた。
「……え? リュシアン……様……?」
____ほかでもない、リュシアン様の姿だった。




