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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第3章 棺の中の手紙

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第9話 封印された手紙

封印を解くのに、ミレイは半日かけた。


「雑に開けたら、手紙ごと灰になる封印だったよ」


夕方、作業室のランプに火が入る頃、ミレイはようやく椅子に背を預けた。額には薄く汗が浮かんでいる。


「死後に読ませたいくせに、簡単には読ませない。面倒な魔法使いだね」


「簡単に読まれたくなかったのでしょう」


ノアは封筒を受け取った。


青い封印石は砕け、油紙の表面には細かな魔法陣が浮かび上がっている。中には、折り畳まれた数枚の便箋が入っていた。


表書きには、こうある。


これを見つけた葬儀師へ。


ノアは息を止めた。


「葬儀師宛て?」


ミレイが覗き込む。


グリムも壁際で腕を組んだまま、わずかに視線を向けた。


ノアは便箋を開いた。


整った文字だった。震えも乱れもない。死の直前に書かれたものとは思えないほど、冷静な筆跡。


葬儀師殿。


まず、私の遺体を人として扱ってくれたことに礼を言う。

もしあなたがこの手紙を読んでいるなら、私は裏切り者として処理され、まともな葬儀を与えられていないだろう。


ノアはゆっくり読み進めた。


私は勇者パーティーを裏切ってはいない。

だが、王国の記録にはそう残る。

それでよい。


ミレイが眉をひそめる。


「それでよい?」


ノアは続けた。


北方任務の途中、私はパーティー内に英雄管理局の密偵がいることに気づいた。

密偵の役目は、勇者が王国に都合の悪い真実を知った時、報告し、必要なら処分することだった。


勇者カイルは、魔王領の子どもたちを逃がそうとした。

彼は命令に背いた。

その時から、彼は英雄ではなく危険因子になった。


ノアの指が止まった。


カイル。


第1章の勇者カイル。


アルトは、カイルの真実を知っていた。


手紙は続く。


カイルを刺した者の名を、私は知っている。

だが、ここには書かない。

書けば、この手紙を読んだ者も、カイルの生き残った仲間も殺される。


私は、罪をかぶることにした。


ノアは便箋を握りしめそうになり、慌てて力を抜いた。


私は魔王側に通じた裏切り者として振る舞った。

そうすれば、カイルが命令に背いた事実も、残った仲間たちが魔王領の子どもを逃がした事実も、すべて私一人の謀反として処理できる。


仲間たちは生き残る。

カイルは英雄として弔われる。

王国は真相を隠せる。

私は裏切り者になる。


これが、私にできる最も被害の少ない選択だった。


ミレイが小さく息を吐いた。


「……馬鹿だね」


その声は、いつもの軽さを失っていた。


ノアは続きを読む。


ただし、一つだけ頼みがある。


私を英雄にしないでほしい。

真実を暴き、私の名誉を回復しようとしないでほしい。

それは、生きている仲間たちを危険にさらす。


もし葬儀をしてもらえるなら、裏切り者でも英雄でもなく、一人の魔法使いとして弔ってほしい。

誰かを守るために、嘘を選んだ愚かな男として。


便箋の最後には、別の名前が記されていた。


生き残った仲間の名を、ここに記す。

彼らに罪はない。

どうか、巻き込まないでくれ。


その下に、三つの名前があった。


一つは、ノアも知っている名だった。


エリシア・ヴェイン。


ノアは目を見開いた。


「エリシアさん?」


ミレイが声を上げる。


「どうして聖女見習いの名前が?」


グリムが壁から離れた。


「ヴェイン……アルトと同じ姓だな」


ノアは手紙の最初に戻る。


アルト・ヴェイン。

エリシア・ヴェイン。


今まで気づかなかった。


エリシアは兄が行方不明だと言っていた。だが、アルトと彼女の関係はまだ分からない。同じ姓でも、親戚かもしれない。あるいは偶然かもしれない。


しかし手紙には、彼女を巻き込むなとある。


ノアは便箋を置いた。


「エリシアさんを呼びます」


グリムが低く言った。


「呼ばない方がいい」


「なぜです」


「この手紙が本物なら、彼女はもう巻き込まれている。呼べば、さらに深く巻き込む」


ミレイも頷く。


「英雄管理局が見てるかもしれない。聖務庁も。前回の祈りで、彼女は目をつけられたはずだよ」


ノアは黙った。


手紙には、はっきり書かれている。


真実を暴くな。

名誉を回復しようとするな。

生きている仲間を巻き込むな。


死者からの願いだった。


だが同時に、アルトは葬儀師へ手紙を残した。

見つけてほしかった。

読んでほしかった。

自分が本当は何をしたのか、誰か一人には知ってほしかった。


では、葬儀師はどうすればいい。


死者の願いを守るのか。

死者の名誉を守るのか。

生者の安全を守るのか。


その三つが、同じ方向を向いていない。


ノアは棺の中のアルトを見た。


穏やかな顔。


裏切り者として運ばれてきた男。

本当は誰も裏切っていなかった男。

むしろ仲間を守るために、裏切り者の名を選んだ男。


「アルト様は、どうして葬儀師に宛てたのでしょう」


ミレイは少し考えた。


「裁いてほしかったんじゃない?」


「裁く?」


「王国でも、聖務庁でも、仲間でもない。葬儀師なら、死者を肩書きで見ないと思ったんじゃないかな」


グリムがぼそりと言った。


「弔ってほしかったんだろう」


ノアはその言葉を胸の中で受け止めた。


弔う。


それは、真実を大声で叫ぶこととは違う。

罪を暴くこととも、名誉を回復することとも違う。


死者がどんな人生を終えたのか、その重さを引き受けて、送ること。


ノアは手紙を畳んだ。


「葬儀をします」


「参列者はいないよ」


ミレイが言う。


「裏切り者でも、参列者がいなくても、葬儀はできます」


「英雄管理局は最低限の埋葬だけって言ってた」


「最低限に、祈りを一つ足します」


グリムが小さく笑ったような気がした。


「お前の父親も、そういう面倒なことを言う男だった」


ノアはアルトの遺体へ向き直る。


「ただし、手紙の内容は公表しません」


言葉にした瞬間、胸が痛んだ。


アルトは裏切り者ではない。

それを知っているのに、世間には告げない。


それは嘘に加担することではないのか。


ノアの迷いを見透かしたように、グリムが言った。


「全部を暴けば、全部が救われるわけじゃない」


ノアは顔を上げる。


グリムはアルトの棺を見ていた。


「戦場では、正しいことを言ったやつから死ぬことがある。死んだやつのために正しいことを言って、生きてるやつを殺すこともある」


それは、元冒険者としての言葉だった。


ノアは手紙を胸に当てた。


死者の真実を守ること。

生者の命を守ること。


その二つがぶつかった時、葬儀師は何を選ぶべきなのか。


答えはまだ分からない。


ただ、明日の葬儀で、アルトを裏切り者としてだけ送ることはできなかった。


その夜、ノアは一人で弔辞を書いた。


英雄ではない。

裏切り者でもない。

誰かを守るために嘘を選んだ、一人の魔法使い。


だが、そのまま書けば危険が及ぶ。


言葉を選ぶ。


言いすぎず、隠しすぎず。

死者を傷つけず、生者を巻き込まず。

それでいて、アルトの人生が完全に消えないように。


羽ペンの先が、何度も止まった。


カイルの時は、一文だけ真実を混ぜた。

リナの時は、エリシアが祈りを変えた。


だがアルトの場合、真実そのものが刃だった。


ノアは灯りの下で、弔辞の最初の一行を書いた。


アルト・ヴェイン。

あなたは、誰にも知られない選択をしました。


それが、彼を送るための精一杯の言葉だった。

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