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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第3章 棺の中の手紙

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第10話 真実を明かせない葬儀

アルトの葬儀に、鐘は鳴らなかった。


場所は、王都の外れにある裏墓地だった。

王国に認められた英雄や貴族が眠る白い墓地ではない。罪人、身元不明者、引き取り手のない者たちが埋葬される、湿った土の匂いがする場所だ。


空は低く曇っていた。


参列者は、ノア、ミレイ、グリムの三人だけ。

聖務庁の祈り手も、英雄管理局の役人も来なかった。


来ないはずだった。


だが墓地の入口に、白い外套の人影が立っていた。


エリシアだった。


ノアは息を呑んだ。


「どうして」


彼女は少し息を切らしていた。急いで来たのだろう。聖務庁の目を盗んだのか、外套の下に聖衣は着ていない。


「今日、アルト・ヴェインという人が埋葬されると聞きました」


「誰からですか」


「聖務庁の記録室で、名前を見ました。処分者名簿に」


彼女は棺を見た。


「同じ姓だったので、気になって」


ノアは手紙の存在を思い出す。


エリシアの名。

巻き込まないでくれという、死者の願い。


「エリシアさん」


「はい」


「アルト様をご存じですか」


彼女は首を振った。


「直接は。けれど、ヴェインは私の母方の姓です。親族かもしれません」


親族。


まだ深い関係とは限らない。


ノアは少し安堵し、同時に苦しくなった。


手紙には、彼女を巻き込むなとあった。

ならば今、この場で何も言わない方がいい。


「この葬儀は、王国から最低限の埋葬だけを許されたものです」


「裏切り者だから、ですか」


「そう記録されています」


「本当に、そうなのですか」


ノアは答えられなかった。


エリシアは、ノアの沈黙を見つめた。


「また、記録と違うのですね」


「……今は、言えません」


その言葉は、嘘ではない。

だが真実でもなかった。


エリシアは少し傷ついた顔をしたが、問い詰めなかった。


「では、祈ってもいいですか」


「彼は、王国では裏切り者とされています」


「死者です」


彼女は静かに言った。


「それだけで、祈る理由になります」


ノアは頷いた。


小さな葬儀が始まった。


棺は粗末だったが、グリムが昨夜のうちに補強し、蓋には小さな青い石を埋め込んでいた。アルトの割れたペンダントから外した欠片だった。


ミレイは、遺体に簡素な死化粧を施した。処刑痕を隠しすぎず、しかし苦しみだけが残らないように。アルトの口元には、生前の穏やかさが戻っていた。


ノアは棺の前に立った。


手には、自分で書いた弔辞。


だが、そこにアルトの真実はすべて書かれていない。


勇者パーティーを裏切っていないこと。

カイルの死を知っていたこと。

仲間を守るために罪をかぶったこと。

エリシアの名を手紙に残したこと。


何一つ、声に出せない。


ノアは息を吸った。


「アルト・ヴェイン様」


風が墓地の草を揺らす。


「あなたの旅は、ここで終わります。王国の記録には、あなたの名がどのように残るのか、私は知っています」


エリシアが顔を上げた。


「けれど、記録に残る言葉だけが、人のすべてではありません」


ノアは棺を見る。


「あなたは、誰にも知られない選択をしました。その選択が正しかったのか、私には分かりません。誰かを傷つけたのかもしれない。誰かを救ったのかもしれない」


グリムが目を伏せる。


ミレイは黙って聞いている。


「それでも、あなたが最後まで何かを守ろうとしたことだけは、この棺が知っています」


ノアの喉が詰まった。


本当は、言いたかった。


彼は裏切り者ではない。

彼は仲間を守った。

彼は王国の嘘を一人で背負った。


けれど、それを言えば、アルトが守ろうとした人々が危険にさらされる。


真実を明かさない葬儀。


それは、これまでで一番苦しい弔いだった。


「どうか、もう一人で背負わずに眠ってください」


ノアは弔辞を閉じた。


「お帰りなさいませ、アルト様」


エリシアが祈りを捧げた。


聖務庁の正式な祈祷文ではなかった。短く、静かな祈りだった。


「名をどう記されようとも、この方の魂が、偽りではなく安らぎのもとへ帰れますように」


その言葉に、ノアは目を閉じた。


偽りではなく。


彼女は何も知らない。

けれど、なぜか届いてしまう。


棺が土へ下ろされる。


土が一掴みずつかけられていく。湿った音が、静かな墓地に響く。


葬儀が終わると、エリシアはノアの隣に立った。


「ノアさん」


「はい」


「あなたは、何かを隠していますね」


ノアはすぐには答えなかった。


「はい」


「それは、私に関係がありますか」


手紙の文字が脳裏に浮かぶ。


エリシア・ヴェイン。


どうか、巻き込まないでくれ。


「分かりません」


ノアは、そう答えるしかなかった。


エリシアは少しだけ悲しそうに笑った。


「分かりました。今は、聞きません」


「すみません」


「でも、いつか話してください。死者のためだけではなく、生きている私にも知る権利があるなら」


ノアは頷いた。


「その時が来たら、必ず」


エリシアは墓に向かって一礼し、去っていった。


白い外套が曇り空の下で小さくなっていく。


ミレイがぽつりと言った。


「優しい嘘って、あると思う?」


ノアは答えられなかった。


グリムが土のついた手を払う。


「優しいかどうかは、生きてるやつが決めることじゃない」


「じゃあ、誰が決めるの」


「死んだやつだ」


ミレイは肩をすくめた。


「それ、一番聞けない相手じゃん」


「だから面倒なんだ」


ノアはアルトの墓を見た。


墓標には、名前だけが刻まれている。


アルト・ヴェイン。


裏切り者とも、英雄とも書かれていない。


それが、今できる精一杯だった。


その夜、ノアはレクター葬儀社に戻り、台帳を開いた。


アルト・ヴェイン。

公式記録、勇者パーティーを裏切り、逃亡を図ったため処分。


確認事項。

処刑魔術痕。

拘束痕。

棺底部の封印手紙。

勇者カイル事件との関連。

生存者保護のため、内容非公開。


最後の一文を書くまでに、時間がかかった。


彼は、裏切り者ではなかった。


ノアは羽ペンを置いた。


書いてしまえば簡単な一文だ。

だが、その一文を公にできない。


台帳の中だけに残る真実。


それは、死者を救ったことになるのだろうか。

それとも、王国の嘘に小さく加担しただけなのだろうか。


机の上には、三つの記録が並んでいる。


勇者カイル。

聖女候補リナ。

魔法使いアルト。


三人とも、王国の物語とは違う死を抱えていた。


カイルは、背中から死んでいた。

リナは、祈り続けさせられて死んだ。

アルトは、裏切り者ではなかった。


ノアはランプの火を弱めた。


その時、作業室の扉が小さく軋んだ。


風かと思った。


だが、扉の隙間から一通の封筒が差し込まれていた。


ノアは立ち上がり、封筒を拾う。


差出人はない。


中には、古い紙片が一枚。


そこには、父の筆跡でこう書かれていた。


名前を奪われた英雄を葬る時、弔辞を書き換えてはならない。

ただし、記録だけは残せ。

いつか、誰かが棺を開ける日のために。


ノアの手が震えた。


父の筆跡。


間違いない。


なぜ今、これが届いたのか。


誰が持っていたのか。


そして、名前を奪われた英雄とは誰なのか。


ノアは父の台帳が並ぶ棚を見た。


勇者カイルの棺。

聖女リナの棺。

魔法使いアルトの棺。


そして今、父の残した言葉。


すべてが、一つの場所へ向かっている気がした。


ノアは紙片を台帳に挟んだ。


真実を明かせない葬儀がある。

それでも、記録だけは残さなければならない。


死者の名が奪われても。

弔辞が書き換えられても。

墓標に嘘が刻まれても。


いつか誰かが棺を開ける日のために。


ノアは作業室の灯りを消す前に、アルトの手紙をもう一度見た。


どうか、巻き込まないでくれ。


死者の願いは重い。


だが、守るだけでは終わらない。


いつか、エリシアにも話す日が来る。

アルトがなぜ彼女の名を残したのか。

彼が何を守ろうとしたのか。


今はまだ、その時ではない。


ノアは手紙を封筒に戻し、台帳の奥へしまった。


そして、誰もいない作業台へ向かって一礼する。


「おやすみなさい、アルト様」


外では、雨が降り始めていた。


また雨だ。


王都の雨は、死者にやさしくない。


けれど今夜の雨音は、どこか手紙を読む音に似ていた。


誰にも届かないはずだった言葉が、棺の底から、ようやく一人の葬儀師の手に届いた音に。

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