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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第4章 弔辞を書き換えた男

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第11話 父の遺した弔辞

父の字は、死んだあとも静かだった。


夜のレクター葬儀社で、ノアは机の上に置いた紙片を見つめていた。

外では雨が細く降っている。作業室のランプの火が揺れるたび、古い紙の影もわずかに動いた。


名前を奪われた英雄を葬る時、弔辞を書き換えてはならない。

ただし、記録だけは残せ。

いつか、誰かが棺を開ける日のために。


その文字は、確かに父のものだった。


ノアの父、イザーク・レクター。

王都の外れで葬儀社を営んでいた、寡黙で頑固な葬儀師。

死者に対してだけは、王侯貴族にも平民にも罪人にも、同じ礼を尽くす人だった。


三か月前、父は心臓発作で死んだ。


そう記録されている。


ノアも、最初は信じようとした。

父は若くはなかった。無理もしていた。勇者の葬儀は体力も精神も削る。突然倒れても、不思議ではないのだと。


だが、勇者カイルの死を見た。

聖女候補リナの死を見た。

魔法使いアルトの手紙を読んだ。


記録は、死者を守るものではなかった。

時に、死者を閉じ込める棺になる。


ノアは紙片をそっと持ち上げた。


裏には、何も書かれていない。封筒にも差出人はなかった。誰かが夜のうちに、作業室の扉の下から差し入れたものだ。


父の言葉を持っていた誰かがいる。


そして、その誰かは今、ノアに何かを伝えようとしている。


「眠れなかった?」


声がして振り向くと、ミレイが裏口から入ってきた。手には紙袋を抱えている。朝食らしい硬いパンと、湯気の立つ薬草茶の瓶が見えた。


「顔、ひどいよ。死者より青い」


「死者に失礼です」


「じゃあ、死者より生気がない」


ミレイは机の上の紙片に目を留めた。軽い表情が消える。


「それが、昨日の?」


ノアは頷いた。


「父の字です」


「誰が持ってたんだろうね」


「分かりません」


ミレイは紙片を覗き込み、眉を寄せた。


「名前を奪われた英雄……」


「アルト様のことかと思いました。でも、父がこの言葉を書いたのは、もっと前です」


「お父さんが最後に担当した葬儀?」


ノアは黙って立ち上がった。


作業室の奥には、父の使っていた書庫がある。壁一面に葬儀台帳が並び、年月順に整理されているはずだった。


ノアは一冊ずつ確認した。


一般葬儀。

戦死者葬儀。

勇者葬儀。

聖務庁関係者。

身元不明者。

裏墓地埋葬者。


父の筆跡はどの台帳にも几帳面に残っていた。


死者の名。

年齢。

身元。

公式死因。

確認事項。

葬儀形式。

弔辞の有無。

遺族への引き渡し記録。


だが、父が死ぬ直前の月だけ、不自然な空白があった。


「ここです」


ノアは台帳を開いた。


父が亡くなる五日前。

日付の欄だけがあり、その下のページが切り取られている。


刃物で丁寧に切られていた。


破ったのではない。

誰かが、記録を消すために切り取った。


ミレイが息を呑んだ。


「一ページ丸ごと?」


「いえ」


ノアは次のページをめくった。


切り取られた跡は、二枚分ある。つまり四ページ。ひとつの葬儀記録としては長い。


父は、通常の葬儀記録よりも多くのことを書いたのだろう。

だから、誰かがそれを消した。


「お父さんが自分で?」


ミレイが尋ねる。


ノアは首を振った。


「父は記録を切り取りません。どんな危険な内容でも、別紙に写して隠すことはあっても、台帳そのものは傷つけない人でした」


「じゃあ、誰かが書庫に入った」


「父の死後か、死ぬ前か」


ノアは棚の下段を確認した。父は重要な葬儀の弔辞下書きを、台帳とは別に保管していた。箱のラベルには、葬儀の種類ごとに細かい分類がある。


勇者。

聖女。

戦死者。

罪人。

身元不明。

未分類。


ノアは「未分類」の箱を開けた。


古い紙の匂いが立ち上る。


中には、使われなかった弔辞の下書きがいくつも入っていた。病死した貴族のためのもの、事故で亡くなった双子のためのもの、身元不明者に向けた短い祈り。


その奥に、一枚だけ質の違う紙があった。


黒い封蝋の跡。

王国の正式な羊皮紙。

だが、宛名は削られている。


ノアはそれを開いた。


父の筆跡だった。


あなたの名は、王国の記録から消されるでしょう。

あなたの功績は、別の誰かのものになるでしょう。

あなたの死は、病死でも戦死でもなく、都合の悪い沈黙として処理されるでしょう。


それでも、私はあなたを葬る。

名前を呼べなくても、あなたがここに帰ってきたことだけは、私が覚えている。


ノアの指先が震えた。


「父さん……」


ミレイは横から紙を覗き込み、低く呟いた。


「これ、弔辞だね。でも、誰宛てか分からない」


ノアは続きを読んだ。


あなたは英雄ではなかった。

少なくとも、王国が望む形の英雄ではなかった。

あなたは命令に背き、物語に背き、記録に背いた。

だから名を奪われた。


だが、死者の名を奪う権利は、王にも局長にもない。


局長。


その言葉に、ノアは目を止めた。


英雄管理局の局長。

オルガン・レイス。


今の局長も、オルガンだ。

父の死の時点でも、すでに彼は英雄管理局を率いていたはずだ。


ノアは紙をめくった。


しかし、次の部分は黒く塗り潰されていた。誰かがあとからインクで覆ったのだ。父の文字は読めない。


最後の一文だけが残っていた。


弔辞は書き換えられても、死者は書き換えられない。


ノアは息を吐いた。


その瞬間、胸の奥に冷たい感覚が走る。


勇者カイルの時と同じ。

死に嘘がある時の違和感。


父の残した弔辞そのものが、何かを訴えているようだった。


「この死者は、誰だったのでしょう」


ミレイは考え込む。


「名前を奪われた英雄。命令に背いた。記録に背いた。局長が関わってる。お父さんが最後に葬った」


「台帳は切り取られ、弔辞は塗り潰された」


「これ、ただの病死の話じゃないね」


ノアは父の弔辞を両手で持った。


死者に向けた言葉なのに、まるで父自身の遺書のようだった。


父は、この死者を弔った。

その記録を残そうとした。

そして、死んだ。


心臓発作として処理された。


「父の死因記録を見ます」


ノアは別の棚から、家族葬の台帳を取り出した。


イザーク・レクター。

享年五十六。

死因、急性心不全。

遺体確認、英雄管理局付き医師マルクス・ヘイル。

葬儀、レクター葬儀社にて簡易葬。


ノアは眉を寄せた。


「英雄管理局付き医師……?」


ミレイが台帳を覗き込む。


「なんで葬儀師の病死を、英雄管理局の医師が確認してるの?」


「分かりません。父は英雄管理局の職員ではありません」


「でも、勇者葬儀には関わってた」


ノアは台帳を閉じた。


父の死にも、英雄管理局がいた。


今まで見ようとしなかっただけだ。


葬儀師である自分が、父の死を一番調べていなかった。

父の死だけは、病死だと信じたかったのかもしれない。

それが一番、耐えやすかったから。


その時、玄関の鈴が鳴った。


こんな朝早くに、葬儀依頼だろうか。


ノアが応接室へ出ると、扉の向こうに灰色の外套を着た男が立っていた。


雨は降っていないのに、彼の靴には水滴一つついていない。


灰色の髪を後ろで束ねた、静かな目の男。


英雄管理局局長。


オルガン・レイスだった。


「ノア・レクター」


彼は穏やかに言った。


「君の父の話をしに来た」

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