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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第4章 弔辞を書き換えた男

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第12話 英雄管理局長オルガン

オルガン・レイスは、葬儀社の応接室に入ると、壁に掛けられた古い葬儀写真を見上げた。


そこには、若い頃の父が写っている。

まだ髪に白いものが少なく、背筋が伸び、目だけは晩年と同じように静かだった。


「イザークは、よい葬儀師だった」


オルガンは懐かしむように言った。


「死者に対して、驚くほど誠実だった」


ノアは向かいの椅子に座った。


「父をご存じだったのですね」


「もちろん。勇者葬儀を任せられる葬儀師は多くない。遺体を整える技術だけでは足りない。沈黙を守る能力が必要だからだ」


沈黙を守る能力。


ノアはその言葉を心の中で繰り返した。


「葬儀師に必要なのは、死者を弔う能力です」


「それも必要だ」


オルガンは否定しなかった。


「だが、勇者葬儀にはもう一つ役割がある。民衆が受け入れられる形で死を整えることだ」


「死を整える?」


「死は、そのままでは醜い。恐怖、不満、疑念、怒りを生む。特に勇者の死はそうだ。希望の象徴が無残に死ねば、民衆は次の災厄に立ち向かえなくなる」


「だから、死因を書き換えるのですか」


ノアの声は低くなった。


オルガンは微笑まなかった。怒りもしなかった。ただ、事実を述べるように答えた。


「必要な場合は」


その一言で、応接室の空気が重くなる。


ノアは机の下で拳を握った。


「勇者カイルの死因も、必要だったのですか」


「彼は英雄として弔われた」


「背中から刺されていた」


「それを民衆に知らせれば、何が起きる?」


オルガンの声は静かだった。


「勇者が味方に殺されたと知れば、民衆は聖騎士団を疑う。王国を疑う。次に勇者が選ばれても、誰も信じない。魔王領との戦争は長引き、より多くの命が失われる」


「だから、一人の死を嘘で覆う」


「一人ではない。王国全体を守るためだ」


ノアは息を呑む。


オルガンの言葉には、迷いがなかった。

自分が悪を行っているとは思っていない。

むしろ、責務を果たしていると信じている。


「聖女候補リナもですか。彼女は呪いではなく、治癒魔法の使いすぎで死にました」


「それを公表すれば、聖女候補たちは戦場へ行かなくなる」


「行かせるべきではなかった」


「では、負傷兵は誰が救う?」


ノアは言葉に詰まる。


「魔法使いアルトは、裏切り者ではありませんでした」


オルガンの目が、わずかに動いた。


「どこまで知った?」


「葬儀師として知るべきことを」


「ならば、知ったことの重さも理解しているはずだ」


オルガンは少し身を乗り出した。


「真実は万能ではない。君が信じているほど優しくもない。勇者カイルの死因を公表すれば、彼が守ろうとした魔王領の子どもたちも、彼に協力した仲間も追及される。アルトの名誉を回復すれば、生き残った者たちが危険にさらされる」


ノアは何も言えなかった。


それは、第3章でノア自身が直面した葛藤だった。


オルガンは、それを分かっている。

分かったうえで、死者の真実を管理している。


「君の父も同じところで迷った」


父の話に戻った。


ノアは顔を上げる。


「父は、何を葬ったのですか」


「名前を失った男だ」


「誰です」


オルガンは答えない。


「父の台帳が切り取られていました。弔辞は塗り潰されていました。父の死因確認には英雄管理局付き医師の名があります」


「調べたのか」


「父の死を、初めて疑いました」


「疑わない方が幸せだった」


ノアの胸に怒りが込み上げた。


「父は本当に病死だったのですか」


オルガンは沈黙した。


その沈黙が、答えに近かった。


「局長」


ノアは机の上に手を置いた。


「父は殺されたのですか」


オルガンは窓の外を見た。


王都の空は曇っている。遠くで鐘楼の鐘が鳴った。


「死者の死因をすべて知ることが、弔いになるとは限らない」


「それは答えではありません」


「答えだよ」


オルガンはノアに視線を戻した。


「イザークは優秀だった。だからこそ、越えてはならない線を越えた。彼は死者のために、国の土台を揺るがそうとした」


「父が何を知ったのですか」


「君はまだ知らなくていい」


「僕は父の息子です」


「だから言っている」


その声には、初めてわずかな感情が混じった。


怒りではない。哀れみに近いものだった。


「イザークは、君を巻き込みたくなかった」


ノアは言葉を失う。


父が、自分を守ろうとしていた?


それならなぜ、あの紙片が今届いたのか。

誰が届けたのか。

父は本当に何も残さなかったのか。


オルガンは立ち上がった。


「ノア・レクター。これ以上、古い葬儀を調べるな」


「命令ですか」


「忠告だ」


「英雄管理局の?」


「君の父を知る者としての」


オルガンは扉へ向かう。


「君は葬儀師だ。死者を送ることに専念しなさい。棺を開ける仕事はしてもいい。だが、棺の下にある国の土台まで掘り返すな」


ノアは立ち上がった。


「父は、死者に誠実すぎたと言いましたね」


オルガンが足を止める。


「はい。父はそういう人でした。だから僕は、父を誇りに思います」


オルガンは振り返らなかった。


「その誠実さが、君を殺す」


扉が閉まる。


ノアはしばらく、動けなかった。


応接室には、父の写真だけが残っている。


死者に誠実すぎた葬儀師。


それは、父への評価であり、警告であり、判決のようでもあった。


奥からミレイが出てきた。


「聞いてた」


「でしょうね」


「最悪だね、あの人」


「そうでしょうか」


ミレイが眉をひそめる。


ノアは椅子に座り直した。


「彼は、嘘を楽しんでいるわけではありません。国を守るために必要だと、本気で思っています」


「だから最悪なんだよ」


ミレイは吐き捨てるように言った。


「自分が正しいと思ってる人間は、誰かの死体を踏んでることに気づかない」


ノアは父の写真を見た。


オルガンは父の死を否定しなかった。

だが、認めもしなかった。


それでも十分だった。


父は、ただ病で倒れたのではない。

少なくとも、英雄管理局が何かを知っている。


ノアは父の弔辞下書きを机に置いた。


黒く塗り潰された箇所。

名前を奪われた英雄。

局長。

記録だけは残せ。


「ミレイ」


「何」


「父の遺体を、あなたは見ましたか」


ミレイの顔がこわばった。


「……見てない」


「なぜ」


「見せてもらえなかった」


ノアは息を止めた。


「英雄管理局付きの医師が確認したあと、もう納棺されてた。私が呼ばれた時には、棺は閉じられてた」


「僕は」


声がかすれた。


「僕も、父の遺体をちゃんと見ていません」


葬儀師なのに。


父を送ったはずなのに。


あの時の記憶は曖昧だった。急な死。葬儀の準備。弔問客。英雄管理局からの事務的な説明。父の顔には布がかけられていた。死化粧もほとんど必要ないと言われた。


疲れて眠っているようだった。


そう思い込んだ。


思い込まされたのかもしれない。


ノアはゆっくり立ち上がった。


「父の墓へ行きます」


ミレイはすぐに首を振った。


「今から?」


「はい」


「まさか、掘り返す気?」


ノアは答えなかった。


ミレイは頭を抱える。


「本当にお父さんそっくりになってきた」

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