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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第4章 弔辞を書き換えた男

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第13話 消された葬儀記録

父の墓は、レクター葬儀社の裏庭にあった。


大きな墓ではない。

白い石の墓標に、名前と生没年だけが刻まれている。


イザーク・レクター。

死者を迎え、死者を送った者。


それはノアが選んだ言葉だった。


あの日、何を書けばいいか分からず、悩みに悩んで刻んだ。父が誰だったのか、ひとことで表すならそれしかないと思った。


だが今、その下に眠る父の死因すら、自分は知らない。


夜の裏庭に、ランタンの明かりが揺れる。


ミレイとグリムも来ていた。グリムは何も言わず、古い掘り道具を持っている。


「本当にやるの?」


ミレイが小声で聞いた。


ノアは墓標の前に膝をついた。


「父さん、失礼します」


死者を掘り返すことは、葬儀師にとって最も重い行為の一つだ。

安らぎを乱す。

眠りを妨げる。

それでも、死因に嘘があるなら、棺を開けなければならない時がある。


ノアは墓標に深く頭を下げた。


「あなたの死を、嘘のままにはしません」


グリムが土を掘り始めた。


重い音が夜に響く。

湿った土の匂い。石に当たる金属音。ノアは黙って手伝った。爪の間に土が入り、葬儀服の袖が汚れる。


やがて、棺の蓋が見えた。


父の棺。


ノア自身が選んだものだ。黒檀ではなく、父が好んだ落ち着いた栗材。余計な装飾はなく、蓋の内側にだけ小さく家紋が彫ってある。


グリムが蓋に手をかける。


「開けるぞ」


ノアは頷いた。


棺の蓋が軋む。


三か月前の防腐処理が残っているため、遺体は完全には崩れていなかった。ミレイが施したものではない。英雄管理局付き医師の処理だ。


父は、棺の中で眠っていた。


顔は、記憶よりも少し痩せて見えた。

布に包まれた胸元。

きちんと組まれた手。


ノアはしばらく動けなかった。


父を再び見ることになるとは、思っていなかった。


葬儀師である前に、息子だった。


「ノア」


ミレイが静かに言った。


「無理なら、私が見る」


「見ます」


ノアは白手袋をはめた。


父の胸元の布を解く。


心臓発作。


公式死因はそうだった。


だが、胸に外傷はない。顔色だけでは分からない。ノアは首元、手首、爪、耳の後ろを確認する。父の皮膚には、薄い防腐香油の匂いが残っていた。


ミレイが水晶板をかざす。


「魔術反応がある」


ノアは顔を上げる。


「防腐魔術ではなく?」


「違う。もっと細い。神経系に作用するやつ。毒か、拘束魔術か……」


ミレイは父の首筋に指を当てた。


「ここ」


耳の下、髪に隠れる位置に、小さな針跡があった。


ノアの呼吸が止まる。


「これは」


「薬針だね。心臓発作を起こす毒か、心停止を偽装する薬。三か月経ってるから断定は難しいけど」


ミレイの声は震えていた。


「病死じゃない」


ノアは棺の縁を掴んだ。


視界が揺れる。


分かっていたはずだった。

疑っていたはずだった。

それでも、実際に父の遺体が答えを示す瞬間、胸の奥で何かが崩れた。


父は殺された。


死者に誠実すぎた葬儀師は、口を塞がれた。


「父さん……」


声が掠れる。


怒りより先に、悔しさが来た。


なぜ自分は、あの時ちゃんと見なかったのか。

なぜ父の死を、書類のまま受け入れたのか。

なぜ葬儀師でありながら、一番近い死者の声を聞かなかったのか。


グリムが低く言った。


「自分を責めるな」


ノアは顔を上げる。


グリムは父の棺を見ていた。その目には、いつもの無表情とは違う影がある。


「イザークは、お前に見せないようにされた。英雄管理局はそういうことをする」


「知っていたのですか」


ノアの声が硬くなる。


グリムはすぐには答えなかった。


「全部は知らない」


「何を知っていたのですか」


ミレイが二人を見比べる。


グリムは深く息を吐いた。


「イザークが最後に葬った棺を、作ったのは俺だ」


ノアは目を見開いた。


「父の消された葬儀の?」


「ああ」


「なぜ黙っていたんですか」


「言えば、お前が掘り返すからだ」


「今、掘り返しました」


「だから言う」


グリムは墓標の横に腰を下ろした。


「その死者の名は、俺も知らない。棺を作る時、名前を聞かされなかった。ただ、イザークは言った。『名前を呼べない男を葬る』と」


名前を呼べない男。


父の弔辞と同じだ。


「どんな人でしたか」


「遺体は見ていない。棺だけ作った。だが、サイズは大柄な男だった。勇者用の規格に近い」


「勇者?」


「ただし、王国の紋章は入れるなと言われた。代わりに、棺の内側に古い紋章を彫った」


「古い紋章?」


グリムは土に指で形を描いた。


円の中に、折れた剣と鐘。


ノアはその紋章に見覚えがなかった。


ミレイが眉を寄せる。


「それ、初代勇者団の古い印じゃない?」


「初代勇者団?」


ノアが聞くと、ミレイは頷いた。


「今の勇者制度が整う前、王国には最初の魔王討伐隊がいたって話。歴史書では、初代勇者たちは全員、魔王との最終決戦で名誉の戦死をしたことになってる」


「なってる、ということは」


「まあ、歴史書ってだいたい怪しいし」


ノアは父の棺を見た。


父が葬った、名前を呼べない男。

勇者用に近い棺。

初代勇者団の古い紋章。

局長が関わり、記録は消された。


「その棺は、どこに」


グリムは首を振った。


「分からない。葬儀のあと、英雄管理局が墓を封じた。場所も知らされていない」


「父は、何か言っていましたか」


グリムはしばらく黙った。


「弔辞を書き換えられた、と言っていた」


「誰に」


「局長に」


オルガン。


ノアの胸に、冷たい怒りが宿る。


「イザークは、王国が用意した弔辞を読まなかった。自分の言葉で送ろうとした。だが、葬儀の直前に局長が来て、弔辞を差し替えた」


「父は従ったのですか」


「表向きは」


グリムはノアを見る。


「だが、イザークは記録を残した。だから殺された」


ノアは父の棺に視線を戻した。


父の首筋の小さな針跡。


こんな小さな傷で、人は死ぬ。

そして記録には、心臓発作と書かれる。


ノアは拳を握った。


「父の記録を取り戻します」


「相手は英雄管理局だ」


「分かっています」


「局長は、お前を警告した」


「分かっています」


「次は警告で済まない」


ノアは父の遺体へ、もう一度深く頭を下げた。


「それでも、父の死をこのままにはできません」


ミレイがため息をついた。


「だと思った」


彼女は父の首筋から小さな試料を取り、瓶に入れた。


「詳しく調べる。毒の種類が分かれば、英雄管理局付き医師の処方記録と照合できるかもしれない」


「お願いします」


グリムは棺の蓋を静かに戻した。


「イザークは、お前を巻き込みたくなかった」


「そうでしょうね」


「それでも、記録を残した」


「はい」


「なら、お前に託したのかもしれない」


ノアは墓標を見た。


死者を迎え、死者を送った者。


父は、自分自身の死を迎えることはできなかった。

息子であるノアも、父を正しく送れなかった。


だが、まだ記録は残せる。


ノアは父の墓に土を戻した。


一掴みずつ、丁寧に。


まるで二度目の葬儀を行うように。

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