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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第4章 弔辞を書き換えた男

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第14話 葬儀師への警告

父の墓を開けた翌朝、レクター葬儀社の扉に黒い封筒が差し込まれていた。


ノアがそれを見つけたのは、夜明け前だった。

まだ王都の通りは静かで、パン屋の煙突から細い煙が上がり始めたばかりだった。


封筒には差出人がない。


だが、封蝋には英雄管理局の紋章が押されていた。


ノアは迷わず封を切った。


中に入っていたのは、一枚の写真だった。


父の葬儀写真。


三か月前、簡易葬の時に撮られたものだ。

棺の傍らに立つノア。まだ黒い喪章をつけ、顔色も悪い。棺の中の父の顔は布で半分隠れている。


ノアはその写真を見て、指が冷たくなるのを感じた。


写真の裏には、短い文字があった。


棺を二度開ける葬儀師は、三度目には自分が入る。


さらにもう一枚、紙が入っていた。


次に弔われるのは、お前だ。


ノアはしばらく、その紙を見つめていた。


恐怖はあった。


当然だ。


死を扱う者でも、自分の死が怖くないわけではない。

むしろ葬儀師は、死がどれほど取り返しのつかないものかを知っている。


自分が死ねば、父の記録も、カイルの真実も、リナの死因も、アルトの手紙も、すべてまた閉じられるかもしれない。


ノアは封筒を机に置いた。


ミレイが起きてきて、それを見るなり顔をしかめた。


「最悪。やっぱり見張られてたんだ」


「父の墓を開けたことも、知られています」


「そりゃそうでしょ。裏庭にまで目があるんじゃない?」


グリムも奥から出てきた。写真を見ると、眉一つ動かさずに言った。


「分かりやすい脅しだな」


「慣れているんですか」


「戦場では、もっと雑だった」


ミレイが呆れたようにグリムを見た。


「比較対象が悪すぎる」


ノアは封筒を台帳の横へ置いた。


そこには、これまでの葬儀記録が並んでいる。


勇者カイル。

聖女候補リナ。

魔法使いアルト。

父イザーク。


死者の記録が増えるたび、王国の嘘が近づいてくる。


ノアは作業室の壁に掛けられた父の白手袋を見上げた。


父は、どこまで知っていたのだろう。

名前を奪われた英雄とは誰だったのか。

なぜオルガンは弔辞を書き換えたのか。

なぜ英雄管理局は、一葬儀師である父を殺す必要があったのか。


答えはまだ遠い。


だが、脅しが来たということは、近づいている証拠でもある。


「ノア」


ミレイが真剣な声で言った。


「しばらく葬儀社を閉める? 少なくとも、英雄管理局関係の仕事は断った方がいい」


「断れば、どうなりますか」


「命は延びるかも」


「死者の記録は止まります」


「生きてなきゃ記録も残せない」


その通りだった。


ノアは、自分が危険に鈍くなっていることを自覚していた。

死者のため、父のため、真実のため。

そう言えば、いくらでも無茶ができてしまう。


だが、自分が死ねば終わりだ。


それでも。


次の棺が届いた時、自分は扉を閉ざせるだろうか。


ノアが答えられずにいると、玄関の鈴が鳴った。


三人は同時に扉を見た。


ミレイが小さく呟く。


「早すぎない?」


グリムが扉の横に立つ。


ノアは深く息を吸い、扉を開けた。


そこに立っていたのは、見知らぬ老女だった。


黒い服を着て、両手で小さな木箱を抱えている。英雄管理局の使者ではない。聖務庁の者でもない。


老女はノアの顔を見ると、ほっとしたように言った。


「ここが、レクター葬儀社ですか」


「はい」


「イザークさんの息子さん?」


「そうです」


老女は木箱を差し出した。


「これを、あなたに渡すよう頼まれていました」


「誰に」


「あなたのお父様に」


ノアは息を止めた。


「父に?」


「ええ。もし自分に何かあって、あなたが三つの嘘の棺を開けたら渡してほしい、と」


三つの嘘の棺。


ノアの背筋が冷えた。


勇者カイル。

聖女候補リナ。

魔法使いアルト。


たしかに、三つだ。


父は予想していたのか。

自分の死後、ノアが三つの嘘の棺を開けることを。


ノアは木箱を受け取った。


軽い。


蓋には、小さな紋章が刻まれていた。


円の中に、折れた剣と鐘。


昨夜、グリムが土に描いたものと同じ。

初代勇者団の古い印。


老女は言った。


「イザークさんは、こうも言っていました。箱を開ける前に、必ず葬儀師としてではなく、息子として考えろ、と」


「どういう意味ですか」


「私には分かりません。ただ、あの方はとても悲しそうでした」


老女はそれだけ告げると、足早に去っていった。


ノアは木箱を作業室へ運んだ。


ミレイとグリムが見守る中、蓋を開ける。


中には、三つのものが入っていた。


一つ目は、古い鍵。

二つ目は、黒く塗り潰されていない弔辞の写し。

三つ目は、父からノアへの手紙。


ノアは震える手で、まず弔辞の写しを開いた。


そこには、父の消された弔辞の全文が残っていた。


あなたの名は、王国の記録から消されるでしょう。

あなたの功績は、別の誰かのものになるでしょう。

あなたの死は、都合の悪い沈黙として処理されるでしょう。


それでも、私はあなたを葬る。

名前を呼べなくても、あなたがここに帰ってきたことだけは、私が覚えている。


あなたは、初代勇者団最後の生存者。

王国が最初に作った英雄であり、王国が最初に消した証人。


ノアの呼吸が止まった。


初代勇者団最後の生存者。


父が葬ったのは、歴史上すでに死んだことになっている人物だった。


ノアは続きを読もうとした。


だが、グリムが低く言った。


「待て」


「なぜです」


「その先を読んだら、戻れない」


ノアは父の手紙を見た。


箱を開ける前に、葬儀師としてではなく、息子として考えろ。


ノアは目を閉じた。


自分は今、何のためにこの弔辞を読もうとしているのか。

父の仇を取るためか。

王国を暴くためか。

死者の名を取り戻すためか。

それとも、父が何を守ろうとしたのかを知りたいだけなのか。


答えは、一つではなかった。


ノアは父の手紙を先に開いた。


ノアへ。


お前がこの箱を開けているなら、私はもうそばにいないのだろう。

そしてお前は、私が望んだよりもずっと早く、王国の棺に手をかけているのだろう。


私はお前に、ただ穏やかな葬儀師でいてほしかった。

死者を迎え、死者を送り、名もなき人々の最期に寄り添う仕事を続けてほしかった。


だが、死者は時に、残された者を選ぶ。


もしお前が進むなら、忘れるな。

復讐のために棺を開けるな。

怒りのために弔辞を読むな。

死者の言葉を、生者を傷つける刃にするな。


それでも、記録だけは残せ。

嘘に埋められた死者が、いつか本当の名で呼ばれる日のために。


ノアは手紙を胸に押し当てた。


父の声が聞こえる気がした。


厳しく、静かで、不器用な声。


ミレイは何も言わなかった。

グリムも目を伏せている。


ノアは、しばらくその場に立っていた。


外では朝の光が差し始めている。

黒い封筒の脅しと、父の手紙。

死をちらつかせる王国の言葉と、死者のために残された父の言葉。


どちらも、ノアに選択を迫っていた。


逃げるか。

進むか。


ノアは弔辞の写しを丁寧に畳んだ。


「読みます」


ミレイが目を伏せる。


グリムは何も言わない。


ノアは続きに目を落とした。


初代勇者団最後の生存者。

王国が最初に作った英雄であり、王国が最初に消した証人。

あなたの遺言は、まだ棺の中にある。

私はその棺を閉じる。

だが、いつか開ける者が現れるなら、その者に託す。


ノアは古い鍵を見た。


鍵には、小さく文字が刻まれている。


鐘楼地下納骨堂。


王都の中心、勇者カイルの国葬が行われた鐘楼広場。

その地下に、父が葬った初代勇者団最後の生存者の棺がある。


ノアは鍵を握った。


手の中で、冷たい金属が重く沈む。


「父さん」


小さく呟く。


「僕は、復讐のためには行きません」


誰に言い聞かせているのか、自分でも分からなかった。


「でも、死者の言葉をこのまま閉じたままにはしません」


ミレイが苦笑した。


「結局行くんだ」


「はい」


「死ぬかもしれないよ」


「分かっています」


「分かってないと思うけど、分かった顔してるね」


グリムが鍵を見た。


「鐘楼地下納骨堂は、英雄管理局の管理区域だ。普通には入れない」


「普通ではなく入ります」


「父親譲りだな」


それは呆れた言葉だったが、少しだけ優しさが混じっていた。


その時、作業室の窓の外で、鐘楼の鐘が鳴った。


朝の鐘。


だがノアには、それが棺の中から鳴る音のように聞こえた。


名前を奪われた英雄。

初代勇者団最後の生存者。

父が命をかけて記録を残した死者。


第4章の終わりに、ノアはようやく知った。


父が弔辞を書き換えられた相手は、過去の英雄ではない。

王国が最初に消した証人だったのだ。


そしてその棺は、まだ王都の地下で眠っている。

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