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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第5章 死ななかった勇者

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第15話 空の棺

その棺は、あまりにも軽かった。


王都の朝は晴れていた。昨夜まで降っていた雨が嘘のように、石畳の上には薄い光が差している。レクター葬儀社の前に停まった馬車も、これまでのような黒でも白でもなかった。


灰色の馬車。


英雄管理局の紋章はある。

だが、勇者カイルの時のような厳粛さも、聖女候補リナの時のような祈りの飾りもない。


荷台に置かれていたのは、小さな棺だった。


「勇者ユージン・クロフト」


英雄管理局の使者は、書類を読み上げた。


「東方魔王討伐任務中、魔王の炎により肉体を焼失。回収された遺灰のみを納棺。三日後、王国管理墓地にて簡易葬を行う」


ノアは書類を受け取った。


「勇者なのに、国葬ではないのですか」


使者は表情を変えなかった。


「ユージンは地方選出の勇者だ。王都で大規模な国葬を行うほどの功績はない」


勇者に、格がある。


その言い方が、ノアには引っかかった。


「ご遺族は」


「地方の農家だ。王都までは来られない。葬儀社が遺灰を整え、管理墓地へ送ればいい」


「遺体確認は」


「遺灰しかないと言ったはずだ」


使者の声が少し硬くなる。


「今回は、余計な確認をする必要はない。棺の中身はすでに英雄管理局が確認済みだ」


余計な確認。


その言葉を聞いた瞬間、ノアは胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。


勇者カイルの時もそうだった。

調べるなと言われた。

死因は確定していると言われた。


確定している死ほど、なぜか調べられることを恐れる。


使者が去ると、グリムが棺を抱えた。


いつもなら無言で作業室へ運ぶ彼が、珍しく棺を持ち上げたまま眉を動かした。


「軽すぎる」


「遺灰だけなら、軽いでしょう」


「骨壺一つ分もない」


ノアは棺を見た。


外見は通常の棺と変わらない。だが、中に入っているものが遺灰だけなら、この大きさは不要だ。見た目だけを整えるために作られた棺。


死者がそこにいるように見せるための箱。


作業室に運び入れ、蓋を開ける。


中には白い布が敷かれていた。


その中央に、銀の小箱が一つ。


小箱には、勇者ユージン・クロフトの名が刻まれている。


ノアは棺に向かって一礼した。


「お帰りなさいませ、ユージン様」


そう言ってから、自分の声にわずかな違和感を覚えた。


帰ってきた。


本当に?


棺の中には体がない。顔もない。手もない。傷も、表情も、死に際の痕跡もない。小さな箱に入った灰だけだ。


それでも葬儀はできる。


遺体が戻らない葬儀は珍しくない。戦場では、剣一本、髪の一房、服の切れ端だけで送ることもある。


だが、この棺は違った。


遺体が戻らなかった悲しみではなく、最初から遺体を見せる気がない冷たさがある。


ノアは銀の小箱を開けた。


中には、灰が入っていた。


少ない。


指先で触れずとも分かる。人一人を焼いた量ではない。骨片もほとんど混じっていない。灰は妙にさらさらとしていて、色も均一すぎた。


「ミレイを呼びます」


ノアが言うと、グリムはすでに裏口へ向かっていた。


ほどなくして、ミレイがやって来た。


「今度は何? 棺が喋った?」


「軽すぎる遺灰です」


「それ、嫌な言い方だね」


ミレイは銀の小箱を覗き込み、すぐに顔をしかめた。


「これ、人間じゃないよ」


「分かるんですか」


「全部じゃないけど、少なくとも人骨の灰じゃない。木灰と獣骨の粉を混ぜて、それっぽくしたものだと思う」


ノアは息を止めた。


「では、ユージン様の遺灰ではない」


「うん。勇者様はこの箱の中にいない」


作業室が静まり返る。


ユージン・クロフト。

魔王の炎で肉体を焼失。

回収された遺灰のみを納棺。


公式記録は、最初から嘘だった。


「死んでいない可能性は?」


ノアが尋ねると、ミレイは肩をすくめた。


「遺体も本物の灰もないなら、死んでる証拠がないってだけ。生きてる証拠もない」


「英雄管理局は、なぜ偽の遺灰を用意したのでしょう」


「死んだことにしたいからでしょ」


グリムが低く言った。


ノアは棺の中の白布をめくった。


何もない。


空の棺。


だが、底の板に小さな傷があった。爪で引っかいたような線ではない。印のようにも見える。


ノアは身をかがめる。


底板の隅に、薄く文字が刻まれていた。


東の畑。

風車の下。


「誰かが書いた?」


ミレイが覗き込む。


「棺を作った職人か、運んだ人間か。あるいは、この棺に入るはずだった人か」


ノアは文字を指でなぞった。


東の畑。

風車の下。


それは、場所を示しているように見えた。


「ユージン様の故郷は」


ノアは書類を確認した。


東方クロフト村。

麦作農家の三男。

二年前、聖剣に選ばれ勇者となる。


東。


風車のある村。


「行くの?」


ミレイが聞いた。


「葬儀まで三日あります」


「最近、その三日で事件に首を突っ込むのが恒例になってない?」


「葬儀の前に、棺が空である理由を知る必要があります」


グリムは黙って棺を見ていた。


「死んだことにされた勇者か」


「知っているんですか」


「戦場では、時々いる」


グリムは短く答えた。


「逃げた者。消された者。帰れなくなった者」


ノアは銀の小箱の蓋を閉じた。


もしユージンが死んでいないなら。


王国は、なぜ彼を葬ろうとしているのか。


逃亡したからか。

失敗したからか。

それとも、知られてはならない何かを知ったからか。


ノアは空の棺に向かって一礼した。


「ユージン様。あなたがどこにいるのか、確かめに行きます」


死者を迎えるための葬儀師が、生者を探しに行く。


それは奇妙なことだった。


だが、空の棺は確かに何かを訴えていた。


ここにはいない。


ならば、本当の勇者はどこにいるのか。

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