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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第5章 死ななかった勇者

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第16話 逃げた英雄

クロフト村は、王都から馬車で半日ほど東にあった。


麦畑が広がる、小さな農村だった。

遠くには古びた風車が一基、ゆっくりと羽を回している。王都の鐘楼とは違う、のどかで乾いた音が風に混じっていた。


ノアとエリシアは、村の入口で馬車を降りた。


本当はエリシアを連れてくるつもりはなかった。彼女は第3章以降、聖務庁から目をつけられている。だが、彼女はユージンの名を聞くと、自分も行くと言った。


「ユージン様の出立前、聖務庁で祈りました」


馬車の中で、エリシアはそう話した。


「彼は、カイル様とは違って明るい方でした。田舎の母に手紙を書くんだと、何度も言っていました。でも……」


「でも?」


「祈りの最後に、小さく聞いたのです。『勇者に選ばれたら、もう家には帰れないんですか』と」


その問いを、ノアは忘れられなかった。


勇者に選ばれることは、名誉だとされている。家族は誇り、村は祝福し、王国は讃える。


だが、選ばれた本人が最初に思うのは、家へ帰れなくなる恐怖かもしれない。


村人たちは、よそ者の二人を警戒した。


「ユージンの葬儀?」


畑仕事をしていた老人は、ノアの言葉を聞くと顔を曇らせた。


「王都でやるんだろう。俺たちには関係ねえ」


「ご家族に話を聞きたいのです」


「やめとけ。母親は寝込んでる。父親は王国の役人を恨んでる。兄弟は、ユージンの名を出すと怒る」


「なぜですか」


老人は周囲を見回し、声を落とした。


「勇者になんて選ばれなきゃよかったんだよ。あいつは、畑を継ぐでもなく、剣がうまいでもなく、ただ少し魔力が強かっただけだ。それを王都の連中が連れていった」


エリシアが唇を結ぶ。


「聖剣に選ばれたのでは」


老人は苦笑した。


「そう言われてる。だが、聖剣なんて俺たちは見てねえ。役人が来て、検査をして、ユージンを連れていった。村は祝えと言われた。逆らえるか?」


ノアは胸の奥が冷えるのを感じた。


勇者候補の孤児院。

国家による選別。

英雄制度。


第6章で向かうはずの闇が、ここでも薄く顔を出していた。


「風車の下に、何かありますか」


ノアが尋ねると、老人の顔色が変わった。


「誰に聞いた」


「棺の中に、印がありました」


老人はしばらく黙り、やがて諦めたように息を吐いた。


「あそこは、ユージンが子どもの頃によく隠れてた場所だ。怒られると風車の下の小屋に逃げる。母親が迎えに行くまで、絶対出てこなかった」


「今も?」


老人は答えなかった。


その沈黙が、答えだった。


ノアとエリシアは風車へ向かった。


麦畑の中を通る細い道。風が吹くたび、穂が波のように揺れる。王都の重い石畳とは違い、土の匂いが近い。


風車の下には、半ば朽ちた小屋があった。


扉は閉まっている。

だが、内側から何かを動かした跡がある。


ノアは扉の前で立ち止まった。


「ユージン・クロフト様」


返事はない。


「レクター葬儀社のノアです。あなたの葬儀を任されています」


中で、物音がした。


エリシアが息を呑む。


ノアは続けた。


「棺は空でした。遺灰も偽物でした。あなたが生きているなら、話を聞かせてください」


長い沈黙。


やがて、扉の向こうからかすれた声がした。


「帰れ」


若い男の声だった。


「俺は死んだことになってる。それでいい」


「よくありません」


ノアは静かに言った。


「棺に入っていない人を、死者として弔うことはできません」


扉が乱暴に開いた。


中にいたのは、痩せた青年だった。


乱れた茶色の髪。伸びた無精髭。汚れた農夫服。腰に剣はない。かつて勇者と呼ばれた面影は、ほとんどなかった。


だが、目だけはひどく怯えていた。


「弔えばいいだろ!」


青年は叫んだ。


「灰でも、空箱でも、何でもいい。勇者ユージンは死んだ。そうしてくれ。俺はもう、あれじゃない」


「あれ?」


「勇者だよ!」


彼は胸を押さえた。


「俺は勇者なんかじゃない。ただの農家の三男だ。畑仕事も下手で、兄貴たちより力もなくて、でも少し魔力があったから連れていかれた。剣を持たされて、魔王を倒せと言われて、みんなが期待して……」


声が震える。


「俺は、魔王が怖くて逃げたんじゃない」


エリシアが一歩近づいた。


「では、なぜ」


ユージンは彼女を見た。聖務庁の徽章に気づいたのか、一瞬身構える。


「殺すのが怖かった」


その声は、風車の軋む音に混じりそうなほど小さかった。


「魔王軍だって言われた。敵だって言われた。人間じゃないから斬れって。でも、前線で見たのは、逃げる母親とか、子どもを抱えた兵士とか、怪我した仲間を引きずる魔族だった。俺たちと同じだった」


ノアはカイルの守り人形を思い出した。


魔王領の子どもたち。


ユージンの目には涙が浮かんでいた。


「俺が剣を振ると、誰かが死ぬ。勇者だから正しいって、みんな言う。でも、斬った相手の顔が夜に出てくる。助けてくれって言うんだ」


彼は膝をついた。


「俺は、勇者をやめたかった。でも、やめる場所がなかった。逃げたら裏切り者。帰ったら村に迷惑がかかる。死んだら英雄になれる。だから、死んだことにしてもらった」


ノアは静かに尋ねた。


「英雄管理局が?」


ユージンは頷いた。


「任務失敗を隠したかったんだろう。俺も死んだことにしてほしかった。利害が合った」


「ご家族には」


「言ってない。言えない」


彼は顔を歪める。


「母さんは、俺が勇者になったことを泣いて喜んだ。村の誇りだって。今さら、逃げて帰ってきたなんて言えるか」


エリシアが悲しそうに言った。


「でも、お母様はあなたが生きていると知ったら」


「喜ぶ?」


ユージンは笑った。乾いた、壊れた笑いだった。


「そのあとどうなる? 英雄管理局が来る。村が疑われる。俺を匿ったって、父さんも母さんも兄貴たちも罰を受ける。だったら、俺は死んだままでいい」


ノアは何も言えなかった。


空の棺の理由は、単純だった。


ユージンは生きている。

だが、生きていることを許されていない。


王国にとっては、逃げた勇者より、死んだ勇者の方が扱いやすい。

本人にとっても、帰れない生より、死んだことにされた名前の方が楽だった。


「ノアさん」


エリシアが小さく呼んだ。


彼女の顔には、迷いがあった。

ユージンを救いたい。だが、どう救えばいいか分からない。


ノアも同じだった。


葬儀師の仕事は、死者を送ること。

だが、目の前にいるのは、生きているのに死者として扱われようとしている人間だ。


「ユージン様」


ノアは言った。


「あなたは、本当に死にたいのですか」


ユージンは黙った。


「勇者として死にたいのではなく、あなた自身が死にたいのですか」


長い沈黙。


風車が軋む。


ユージンは唇を震わせた。


「……生きたいよ」


その声は、泣いている子どものようだった。


「でも、どうやって生きればいいか分からないんだ」


ノアは、空の棺を思い出した。


死んでいない者を弔うことはできない。


だが、死んだことにしなければ生きられない名があるなら。


弔うべきは、人ではなく役割なのかもしれない。


勇者ユージンという、彼を縛る名前を。

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