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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第5章 死ななかった勇者

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第17話 勇者を降りる権利

ユージンの母は、寝込んでいると言われていた。


それでもノアは、彼女に会う必要があると感じた。

ユージンが強く拒んだため、最初は諦めようとした。だが、エリシアが静かに言った。


「死んだことにするなら、なおさら、ご家族の心も棺に入れることになります」


その言葉に、ユージンは何も言えなくなった。


クロフト家は、村の端にある古い農家だった。


母親のマリアは、寝台に横になっていた。髪は白く、顔には深い疲労が刻まれている。だが、ノアたちを見る目ははっきりしていた。


「王都の葬儀屋さんですか」


「はい。レクター葬儀社のノアです」


「ユージンの葬儀をしてくださるとか」


ノアは少し迷い、頷いた。


「その件で、お話を伺いに来ました」


マリアは枕元の小箱を開けた。中には、幼いユージンが使っていた木の笛や、古い手紙が入っている。


「この子は、勇者向きじゃありませんでした」


彼女は穏やかに言った。


「小さい頃から、虫も殺せない子で。畑のねずみを逃がして、父親に怒られて。泣きながら風車の下に隠れていました」


ユージンは部屋の外にいた。扉の陰で、母の声を聞いている。


「でも、王都の役人が来て、あの子には素質があると言った。村はお祭り騒ぎでした。勇者の母になったと、私は皆に祝われました」


マリアの声が少し震える。


「私も、嬉しかったのです」


それが彼女の痛みだった。


息子が連れていかれる悲しみより先に、誇らしさを感じてしまったこと。


「王都へ行く朝、ユージンは泣いていました。でも私は言いました。あなたは選ばれたのよ、しっかりしなさい、と」


マリアは目を閉じる。


「本当は、行きたくないなら行かなくていいと言うべきでした」


エリシアが俯く。


ノアは尋ねた。


「ユージン様が、もし生きていたら」


マリアの目が開いた。


その視線は、まっすぐノアに向いた。


「生きているのですか」


部屋の空気が止まった。


ノアは答えなかった。


だが、母親にはそれで十分だったのかもしれない。


マリアの目から涙が一筋流れた。


「そう」


彼女は微笑んだ。


「生きているのね」


扉の外で、かすかな物音がした。


ユージンが泣いているのだと、ノアには分かった。


マリアは声を震わせながら続けた。


「葬儀屋さん。あの子が帰れないなら、帰らなくていいのです。私たちに会えないなら、それでもいい。ただ、生きているなら」


彼女は胸元を押さえた。


「生きているなら、それだけでいい」


ノアは何も言えなかった。


死者を弔う葬儀師は、遺族の悲しみを何度も見てきた。

だが、生きている息子を死んだことにしなければ守れない母の悲しみは、初めてだった。


部屋を出ると、ユージンが壁にもたれていた。


顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「母さん、怒ってたか」


「生きていてくれれば、それでいいと」


ユージンはしゃがみ込んだ。


「俺、何なんだろうな」


誰も答えなかった。


「勇者でもない。息子にも戻れない。死んだことにされたのに、死ぬ勇気もない」


ノアは彼の前に膝をついた。


「勇者をやめることは、死ぬことではありません」


ユージンは顔を上げる。


「でも、勇者ユージンは死んだことになってる」


「なら、勇者ユージンを弔いましょう」


「俺を?」


「あなた自身ではありません」


ノアは静かに言った。


「あなたを縛っていた役割をです。勇者という名前を、棺に入れます」


エリシアが目を見開いた。


「生前葬……いえ、役割の葬儀」


「そんなこと、できるのか」


ユージンが呟く。


「葬儀は、死者だけのものではありません」


ノアは父の言葉を思い出していた。


人は何度も何かを失う。

そのたびに、心の中で小さな葬儀をする。

それに名前と形を与えるのも、葬儀師の仕事だ。


「勇者ユージンは、王国の記録では死にます。ですが、あなたは生きる」


「別人として?」


「はい」


「名前も捨てて?」


「必要なら」


「逃げ続けて?」


「生きるためなら、逃げてもいいと思います」


ユージンは信じられないものを見るようにノアを見た。


「勇者が逃げてもいいのか」


ノアは答えた。


「勇者である前に、人間です」


その言葉を聞いた瞬間、ユージンの顔が歪んだ。


彼は声を出して泣いた。


子どものように。

勇者ではなく、農家の三男として。


その夜、ノアたちは風車の下の小屋に集まった。


村人には知られないよう、明かりは小さくした。参列者はノア、エリシア、ユージン、そして遠くから見守るグリムだけ。


ミレイは王都で偽の遺灰を調べている。


小屋の中央には、小さな木箱が置かれた。


中に入れるものは、ユージンが自分で選んだ。


勇者の徽章。

折れた訓練用の短剣。

王都から届いた任命状。

そして、聖務庁でもらった祈り布。


「これ、エリシアさんがくれたやつだ」


ユージンは気まずそうに言った。


エリシアは少し悲しそうに微笑んだ。


「覚えています。あなたが、家に帰れるか聞いた日ですね」


「ごめん。祈ってくれたのに、逃げた」


「謝らないでください」


エリシアは首を振った。


「あなたを送り出す言葉しか言えなかった私の方こそ、謝らなければなりません」


ユージンは木箱の中に祈り布を入れた。


「これで終わりにしたい」


ノアは頷いた。


「では、始めます」


棺ではない。

遺体もない。

死者もいない。


それでも、それは確かに葬儀だった。


ノアは木箱の前に立つ。


「勇者ユージン・クロフト」


ユージンが肩を震わせる。


「あなたは、王国に選ばれ、多くの期待を背負いました。人々はあなたを英雄と呼びました。あなたもまた、その名に応えようとしました」


小屋の外で、風車がゆっくり回っている。


「けれど、あなたは人を殺すことに耐えられませんでした。敵と呼ばれた者にも顔があり、声があり、守りたいものがあると知ってしまったからです」


ユージンは目を閉じた。


「その弱さを、私は罪とは呼びません」


エリシアが息を呑む。


「逃げたことを、私は恥とは呼びません。生きたいと願ったことを、裏切りとは呼びません」


ノアは木箱に手を添えた。


「本日ここに、勇者ユージンという役割を弔います」


ユージンの膝が震える。


「あなたはもう、勇者でなくていい」


その言葉が小屋の中に落ちた。


ユージンは両手で顔を覆った。


「生きていいのか」


「はい」


「誰も救えなかったのに」


「それでも」


「逃げたのに」


「それでも」


「勇者じゃないのに」


ノアは答えた。


「勇者でなくても、人は生きていいのです」


エリシアが静かに祈った。


「この方が背負わされた名を、どうかここに置いていけますように。これからの道が、逃亡ではなく、生きるための旅になりますように」


ユージンは木箱の蓋を閉じた。


その音は、小さな棺を閉じる音に似ていた。


だが、そこに絶望はなかった。


終わらせるための音だった。

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