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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第5章 死ななかった勇者

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第18話 生きている者への弔辞

王都に戻ったノアは、英雄管理局へ報告書を提出した。


勇者ユージン・クロフトの葬儀について。

遺灰確認済み。

簡易葬実施可能。

棺の状態に問題なし。


嘘だった。


ノアは自分の書いた報告書を見つめながら、胸の奥に鈍い痛みを覚えた。


カイルの死因を書き換えた王国。

リナを呪いで死んだことにした聖務庁。

アルトを裏切り者にした英雄管理局。


自分も今、嘘を書いている。


だが、この嘘はユージンを生かすためのものだった。


それでも、嘘は嘘だ。


ノアは報告書の控えを台帳とは別に保管した。公的な記録には書けない。だが、本当の記録は残す。


勇者ユージン・クロフト。

公式記録、魔王の炎により焼死。

実際には生存。

本人の希望により、勇者としての名を弔う。

以後、別名で生存予定。

家族には直接告げず。ただし母マリアは察知。


最後の一文に迷った。


ノアは羽ペンを置き、しばらく考えた。


そして書いた。


彼は死ななかった。

勇者を降りて、生きることを選んだ。


三日後、王国管理墓地で簡易葬が行われた。


参列者は少なかった。

英雄管理局の役人が二人。村から送られてきた花束一つ。ノアとエリシア。遠くに、顔を隠した農夫の姿があった。


ユージン本人ではない。

彼の兄だった。


母は来られない。父も来ない。村は、公式には勇者の死を受け入れるしかなかった。


棺の中には、偽の灰がある。


ノアはその前に立った。


今回は、弔辞を短くするよう命じられていた。

地方勇者の簡易葬。

あまり目立たせるな。

王国はそう言った。


ノアは用意された弔辞を見た。


勇者ユージン・クロフトは、魔王の炎にその身を焼かれながらも、最後まで王国への忠誠を失わず、勇敢に戦い抜いた。


違う。


彼は最後まで戦えなかった。

忠誠よりも、人を殺す恐怖に押し潰された。

魔王の炎で焼かれたのではなく、王国の期待で焼かれた。


だが、それをこの場では言えない。


言えば、彼の生存が危うくなる。


ノアは弔辞を折り畳んだ。


英雄管理局の役人が眉を動かす。


ノアは静かに語り始めた。


「ユージン・クロフト様。あなたは、遠い東の村から王都へ来ました。慣れない剣を持ち、重すぎる名を背負い、多くの期待の中を歩きました」


役人の一人が顔を上げる。


「あなたの旅路は、ここで終わります」


それは、勇者ユージンへの言葉だった。


生きている青年ではなく、王国が作った勇者という名前への弔辞。


「どうか、あなたが背負った重荷が、ここに下ろされますように」


遠くで、ユージンの兄が帽子を握りしめる。


「どうか、残された者たちが、あなたの名を誇りだけではなく、悲しみとともに抱けますように」


エリシアが目を伏せる。


「そして、もしどこかで新しい朝を迎える魂があるなら」


ノアは一瞬だけ言葉を止めた。


英雄管理局の役人がこちらを見ている。


ノアは続けた。


「その魂が、今度こそ自分の足で歩けますように」


それが、限界だった。


でも、ユージンには届くだろうか。


届かなくてもいい。

彼は生きている。

生きていれば、いつか自分で受け取れる。


葬儀は静かに終わった。


棺が埋められる。


偽の灰が土の中へ入っていく。

そこにユージンはいない。


だが、勇者ユージンという役割は、確かにそこへ埋められた。


式のあと、ノアは管理墓地の外でエリシアと並んで歩いた。


「嘘の葬儀でしたね」


エリシアがぽつりと言った。


ノアは頷く。


「はい」


「でも、悪い葬儀ではありませんでした」


「そうでしょうか」


「少なくとも、ユージン様を死なせるための葬儀ではなく、生かすための葬儀でした」


その言葉に、ノアは少しだけ救われた気がした。


だが、完全には救われない。


嘘は嘘だ。


たとえ誰かを守るためでも、記録を偽る痛みは消えない。


その時、墓地の門の近くに一人の男が立っていることに気づいた。


灰色の外套。

静かな目。


オルガン・レイスだった。


ノアは足を止める。


オルガンは、二人に近づいてきた。


「よい葬儀だった」


「見ていたのですか」


「葬儀は、いつも見ている」


それは比喩ではないように聞こえた。


オルガンはユージンの墓の方へ視線を向けた。


「君は、嘘を書いたな」


ノアの背筋が冷える。


「何のことでしょう」


「ユージン・クロフトは生きている」


エリシアの顔が強張った。


ノアは沈黙した。


オルガンは穏やかに続けた。


「安心しなさい。今のところ、彼を追うつもりはない。逃亡勇者の処理は、死者にするのが最も穏便だ。本人も、家族も、王国も、それで救われる」


「救われる?」


ノアの声に怒りが滲む。


「彼は、勇者を降りる場所がなかっただけです」


「だから、君が葬った」


オルガンはノアを見た。


「興味深い葬儀だった。死んでいない者を、死者としてではなく、役割として送った」


「見ていたのですか」


「言っただろう。葬儀は、いつも見ている」


ノアは拳を握った。


「あなたは、知っていて偽の灰を用意した」


「当然だ」


「彼が壊れるまで勇者でいさせたのも、王国です」


「勇者は必要だ」


「壊れても?」


「壊れない者だけを勇者にすることはできない」


オルガンの声は冷たくも熱くもなかった。


「世界は、誰かに重荷を背負わせなければ保てない。君はその重荷を下ろす葬儀をした。ならば理解したはずだ。人は時に、嘘によってしか生きられない」


ノアは返せなかった。


ユージンを守るために、自分も嘘を書いた。


オルガンと同じことをしたのか。


その疑問が、胸に刺さる。


オルガンは、ノアの迷いを見透かしたように言った。


「君は私を憎む。だが、今日の君は私に近かった」


「違います」


ノアは即座に言った。


「本当に?」


「僕は、ユージン様を物語に閉じ込めるために嘘を書いたのではありません。物語から出すために書きました」


オルガンの目がわずかに細くなる。


「では、その違いを忘れないことだ」


彼は静かに去っていった。


エリシアが小さく息を吐く。


「怖い人です」


「はい」


「でも、全部間違っているわけではないのが、もっと怖いです」


ノアはユージンの墓を振り返った。


そこには、勇者ユージン・クロフトの名が刻まれるだろう。

彼は死んだことになる。

王国の記録では、永遠に。


だが、どこか遠くで、一人の青年が新しい名を名乗り、畑を耕し、朝を迎えるかもしれない。


それが嘘の上に成り立つ生だとしても。


ノアは思う。


葬儀師は、死者の真実をすべて暴く者ではない。

生者を守るために、言葉を選ばなければならない時もある。


だが、だからこそ記録だけは残す。


いつか、誰かが棺を開ける日のために。


その夜、レクター葬儀社に戻ったノアは、ユージンの台帳を閉じる前に、最後の一行を書き加えた。


勇者は死ななかった。

ただ、勇者であることを弔われた。


ノアはペンを置いた。


作業室は静かだった。


死者のいない葬儀。

生きている者への弔辞。

空の棺。


それでも、今日確かに何かが終わり、何かが始まった。


ユージンは、もう勇者ではない。


だが、ようやく生きることができる。

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