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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第6章 英雄になれなかった子どもたち

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第19話 記録にない少年

その少年には、名前がなかった。


少なくとも、王国の書類上では。


レクター葬儀社に運ばれてきた棺は、勇者のものでも聖女のものでもなかった。英雄管理局の馬車ではなく、王都警備隊の荷馬車だった。棺というより、簡素な木箱に近い。


運んできた警備隊員は、面倒そうに書類を差し出した。


「身元不明の少年だ。年は十二、三。王都北区の裏路地で倒れていた。引き取り手なし。裏墓地送りで頼む」


ノアは書類を受け取った。


「死因は」


「衰弱死。たぶんな」


「たぶん?」


警備隊員は肩をすくめた。


「医師がそう書いた。孤児なんて、だいたいそんなもんだろう」


その言い方に、ノアは眉を動かした。


だが、警備隊員は気にした様子もなく続ける。


「最近、裏路地に子どもが多くてな。いちいち身元なんて調べてられない。葬ってやるだけ親切だ」


葬ってやる。


その言葉は、死者を送る言葉ではなかった。

片づける側の言葉だった。


ノアは書類を閉じ、棺に向かって一礼した。


「お預かりします」


警備隊員が去ると、作業室には小さな棺だけが残った。


グリムが棺を見下ろす。


「子どもの棺は、嫌いだ」


低い声だった。


ノアは頷いた。


「はい」


死者に年齢の差はない。

そう思いたい。


だが、子どもの棺には、どうしても別の重さがある。これから使うはずだった時間、伸びるはずだった背丈、呼ばれるはずだった名前。すべてが小さな箱の中で途切れている。


ノアは白手袋をはめ、蓋を開けた。


中に眠っていたのは、痩せた少年だった。


髪は短く刈られ、頬はこけている。服は粗末だが、ただの路上生活者にしては妙に整っていた。襟元には、何かを剥がしたような跡がある。


ノアは一礼する。


「お帰りなさいませ」


名を呼べないことが、胸に引っかかった。


名前のない死者を迎える時、ノアはいつも少しだけ躊躇する。

誰に帰ってきたと言えばいいのか分からないからだ。


少年の手を清めようとして、ノアは指先を止めた。


手のひらに、硬い皮ができている。


剣だこだった。


農具や荷運びでできるものではない。木剣を何度も握り、打ち込みを繰り返した者の手だ。しかも、年齢にしては古い。


「グリムさん」


ノアが呼ぶと、グリムが近づいた。


「この手を見てください」


グリムは少年の手を見て、顔をしかめた。


「剣を握っていたな」


「かなり長く?」


「少なくとも一年以上。遊びじゃない」


ノアは少年の腕を確認した。


細い。だが、筋肉のつき方が不自然だった。栄養不足の体に、無理やり訓練だけを重ねたような硬さがある。肩には古い打撲痕。背中には細い傷。膝には、何度も転んだ跡。


「孤児の衰弱死ではありませんね」


「訓練で壊れた体だ」


グリムの声は冷たかった。


ミレイを呼ぶと、彼女は少年の遺体を見るなり、いつもの軽口を言わなかった。


「子どもか」


「死因を見てほしい」


「見る」


彼女は短く答え、検査を始めた。


水晶板をかざし、首元、手首、胸、腹部を確認する。少年の体には、治癒魔法の痕跡がいくつもあった。小さな怪我を繰り返し、そのたびに簡易的に治された跡。


だが、最後の怪我は治されていない。


肋骨にひび。

内臓への損傷。

極度の疲労。

栄養不足。


ミレイは低く言った。


「衰弱死だけど、ただの衰弱じゃない。訓練か試験で限界まで追い込まれて、怪我をして、そのまま放置された」


「殺されたのですか」


「直接手を下されたかは分からない。でも、死ぬまで追い込まれた」


ノアは少年の襟元を見た。


何かを剥がした跡。


「ここに徽章があったのかもしれません」


ミレイが覗き込む。


「焼き切った跡だね。布ごと外したんじゃなく、徽章だけを魔術で消した」


「どこの徽章か分かりますか」


「痕跡だけじゃ無理。でも、子ども、剣だこ、訓練痕、治癒魔法、徽章を消された……嫌な組み合わせだね」


グリムが重く言った。


「勇者候補だ」


ノアは顔を上げた。


「勇者候補?」


「正式な勇者になる前の子どもたちだ。王国は、才能のある孤児や地方の子どもを集めて訓練する。聖剣に選ばれたと発表される前に、何人も試される」


「そんな制度があるのですか」


「昔から噂はあった」


グリムは少年の手を見た。


「だが、表には出ない。勇者は神に選ばれることになっているからな。人が選別しているとは言えない」


ノアはユージンの村を思い出した。


役人が来て、検査をして、ユージンを連れていった。

村は聖剣を見ていない。


英雄は、選ばれるのではなく作られる。


その可能性が、少年の小さな手の中にあった。


「身元を調べます」


ミレイがすぐに言った。


「また?」


「名前のないまま、裏墓地へ送れません」


「でも、警備隊の書類には身元不明って」


「書類が知らないだけです」


グリムは黙って頷いた。


ノアは少年の衣服を丁寧に確認した。内側の縫い目、靴の底、袖口。どこかに名前や記号が残っていないか探す。


すると、靴の中敷きの裏に、小さな数字が書かれていた。


七三。


名前ではない。


番号だった。


ノアの胸が冷える。


少年は、名ではなく番号で管理されていたのか。


その時、作業室の扉が叩かれた。


入ってきたのはエリシアだった。ノアが呼んだわけではない。彼女は最近、聖務庁での祈祷を制限され、時折レクター葬儀社へ手伝いに来ていた。


「ノアさん。聖務庁の記録室で、先日のリナの治療所記録を探していたのですが……」


そこで彼女は棺の中の少年を見た。


言葉が止まる。


「子ども……?」


「身元不明の少年です。ですが、勇者候補だった可能性があります」


エリシアの顔色が変わった。


「勇者候補」


「何か知っていますか」


彼女はすぐには答えなかった。


「私の兄ルシアンも、かつて勇者候補として選ばれたと聞いています」


ノアは息を呑んだ。


エリシアの兄。


行方不明になった勇者候補。

聖務庁では魔王に殺されたとされていた兄。


「兄は、王都北区の施設に送られました。正式名称は、王立養護院。でも、聖務庁では別の名前で呼ばれていました」


「何と?」


エリシアは小さく答えた。


「選定院」


その言葉を聞いた瞬間、作業室の空気が重くなった。


選定院。


英雄になる子どもを選ぶ場所。


ノアは少年の番号を見た。


七三。


この子は、選ばれなかったのか。

それとも、選ばれる前に壊されたのか。


「その施設へ行きましょう」


エリシアは震える声で言った。


「兄のことも、そこに何か残っているかもしれません」


ノアは少年の棺に目を向けた。


名前のない少年。

番号だけを残された子。

勇者になれなかった子ども。


彼の死は、次の扉を開こうとしている。


そしてその扉の向こうには、エリシアの兄の名前も消えているのかもしれなかった。

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